28話-4、新しいお友達
「
「あの、
「けぷっ……」
結局あの後。
ポップコーン百六十個分のステーキを三枚も食べた。えっと、百六十足す百六十足す百六十は……、計算ができないわね。とにかく沢山。こんなに食べたのは初めてかもしれないわっ。
「その口振りから察するに、私、やり過ぎちゃいました……?」
清美がやっと気がついてくれたのか、口元をヒクつかせて、そこを指でポリポリと掻く。
「三回目のおかわりの時から、察してくれると、ありがたかったです……」
「けぷっ……。食べ過ぎちゃって、動けないわっ……」
「あっははははは……。ごめんなさい。楽しくて、つい」
苦笑いしてるけど、あまり悪く思ってなさそうね。清美ったら、意外とイジワルな所がある。だけども、それについてはイヤな気持ちにはならない。
でも、なんだか裏がありそう。清美は私が帰ろうとすると、いつも必ず一回は引き留めてくる。今回もそう。三回目のおかわりの時は、露骨に焦ってた。
私達を帰そうとしない。帰ろうとすると、ちょっと寂しそうな表情になる。もしかしたら、清美は一人でいるのがイヤなのかしら?
「動けないなら仕方ないですね~。ここに泊まっていきますか? フッカフカのお布団を用意しますよ?」
「す、すみません。明日は朝から大学に行かないといけないので、帰って色々準備をしないといけないんです」
「あ~、そう、ですか……」
香住が断ったせいか、清美はしゅんとして頭を下げた。やっぱり帰られるのがイヤみたいね。泊まらないかって聞いてきたのが、いい証拠だわっ。
フカフカなお布団が気になるけど、私も一緒に帰らないと。清美と別れるのはちょっと名残惜しいけど、香住と離れるなんて絶対にイヤだもの。
だから、平日の朝から夕方頃までは嫌いだ。香住は大学やバイト。清美は体が弱いから、大体寝てる。子供達も学校でいない。孤独で寂しい時間帯だ。
……と言う事は、清美も孤独でいるのかもしれない。私と境遇や環境はまったく違うけれども、根本的な部分は一緒なのかも。そう考えると、私達を帰らせたくない気持ちが少しだけわかった気がした。
これから、清美の部屋に行く回数を増やそうかしらね。一回電話をして聞いてみればいいのよ。
午前中でも起きてる時があるかもしれない。そうだ、そうしよう。これなら私と清美は、寂しい気持ちにはならないわっ。
「それじゃあ夜になっちゃいましたし、
「い、いいんですか? 歩いて帰れますけど……」
「いえいえ。私がやり過ぎたせいで、動きづらいんですよね? それに夜になっちゃいましたんで、危ないから車で送ってあげますよ」
そう言って清美は微笑んだけど、無理してるような気がする。笑顔がちょっとぎこちない。よく見てみると、ここまでわかるものなのね。まだ一人だった頃に、人間観察をしてたおかげかしら?
そして、清美に呼ばれた高野が部屋に入ってくると、私達の横まで歩いて来て、今日何回もやってきたお辞儀をすると、あの温かみがある笑みを浮かべてくれた。
「
「は、はいっ! 分かりました。それじゃあ清美さん、今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」
「清美っ、ステーキおいしかったわっ! ありがとっ!」
「う、うん……」
清美は元気がないしょぼくれた顔をしてる。手を振ってから高野の後をついていくと、背後から「あのっ!」と清美の大きな声がしてきたから、香住と一緒になって振り向いた。
「また、必ずここに来てくださいね! いつでも待ってますから!」
必死になってる清美をよそに、私は香住の顔を見上げると、香住も丸くしてる目を私に向けてきた。そのまま同時に微笑むと、一緒になって清美の方に顔をやる。
「はい、次の休日になったら必ず来ますね。また一緒にお話ししましょう」
「私もっ。行く前に電話するわね」
私達が新しくここに来る約束をすると、清美の暗くて不安がってた表情が一気に明るくなって、部屋の電気よりも眩しい笑顔になった。
「ありがとうっ! 楽しみに待ってますからね!」
「私もです、楽しみにしてますね。ステーキありがとうございました! それでは」
「バイバイ清美っ」
約束が出来て安心したのか、清美は公園で遊んでる子供みたいな無邪気な顔をして、私達に大きく手を振ってる。私達も手を振り返しながら部屋を後にして、高野の背中を追っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
清美の部屋を出てから二十分ぐらい歩いて、やっと外に出られたわっ。行きもそれぐらい掛かったし、やっぱり清美の家は広すぎるわね。
あの家にずっといたら、足腰が強くなりそうだわっ。ずっと歩いてたら疲れるし、夜はグッスリ眠れそう。私は途中で香住に抱っこされたから、そんなに疲れてはないけども。
真っ暗になってる外に出て裏口を抜けると、そこには、初めてここに来た時には無かった車があった。
……車って言っていいのかしら? 私の知ってる車よりも、二倍も三倍も長い。それに、やたら頑丈そうな見た目をしてるわね。
「べ、ベンツだ……。初めて見た……」
「べんつ? 車じゃなくてトイレなの、これ?」
「いや、それは便器……。あの、恥ずかしいから言わせないでくださいよ……。これは、ベンツと言う名の車です」
「へぇ~。じゃあ、トイレじゃないのね」
トイレと似た名前をしてるわね。間際らしいったらありゃしないわっ。ここに清美がいたら、大笑いしてたかもしれない。
もしかしたら、今度の話のネタにされちゃうかも。香住ったら私の事になると、つい口を滑らせちゃうんだからね。
「相原 香住様。メリー様。こちらからお乗りください」
「は、はいっ!」
高野がやんわりと指示を出すと、香住はやけに甲高い声で返事をして、ベンツの中に入り込んだ。中はとても広いわね。ここで住めるかもしれない。
真ん中にツヤツヤとしたテーブルがあって、その周りにはフカフカそうなソファーがグルリと囲ってる。やっぱ家みたいね。本当に車なのかしら?
香住がゆっくりとソファーに腰をおろすと、ベンツが動き出した。車って初めて乗ったけど、まったく揺れないわね。このベンツっていうのがすごいのかしら?
「相原 香住様。メリー様。今日は、清美お嬢様のお相手をしていただきまして、誠にありがとうございました」
「ふぇっ!? あっ、いや! こ、こちらこそです! ステーキまでご馳走していただきまして、本当にありがとうございました!」
香住って、高野と話す時はいつもぎこちない。声がすごく裏返ってるし、少しだけ震えてる気がする。その大きな返事を聞いたのか、ミラー越しから見える高野の顔が少しだけ緩んだ。
「
「は、はい……」
「これからも清美お嬢様と、お友達という形で付き合って頂けると助かります。先ほど申した通り、清美お嬢様は外出をなされた事がございません。ですので、年齢が近い知り合いが一人もいないのです」
話すのを一旦やめた高野が一呼吸置いてから、ミラー越しに映っている私達に目を合わせた。
「ですので、これからも清美お嬢様をよろしくお願い致します。週一とは言いません。月一程度でよろしいので、清美お嬢様の話し相手をして頂けると助かります」
「話し相手、ですか……」
「はい。一応お見舞いに来てくれる方々はございますが、清美お嬢様はどの人にも笑顔を決して見せません。あなた方が初めてかもしれないのです。清美お嬢様が笑っている顔を見れたのは、久方振りでした。これからも清美お嬢様を、どうかよろしくお願い致します」
私が清美と知り合ってから結構経ってるけど、その間にも清美はずっと笑顔でいた。もしかしたら、私だけしかいない時は高野はいなかったのかも。
よくよく考えたら、私は清美を驚かせるために清美の家に侵入したんだったわっ。すっかりと忘れてた。もし清美がその時に高野を呼んでたら、いったいどうなってたのかしらね。
私はもちろん、これからも清美の部屋に行くつもりでいる。香住もさっき清美と約束してたし、確認しなくても大丈夫よね。
念のため香住に聞こうと思ったけど、それはいらなそうだわっ。香住の顔を見てみたら、優しく微笑んでるしね。
「はい、こちらこそ! よろしくお願いします!」
「私もっ。これからも清美といっぱいお喋りするわっ」
今度は声が震えてない香住に追って、私もちゃんと言う。ミラー越しから見えた高野の顔は、温かみのあの笑顔だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
十分ぐらいして、ベンツは香住のアパートの前に着いた。車だと早いわね。歩いて清美の家に行ったら、かなり時間が掛かったもの。
高野が扉を開けてくれて、私を抱っこしてる香住が外に出る。車の中がすごく温かったせいか、夜の外が格段に寒く感じるわっ。
香住もブルッと身震いすると、車の扉を閉めた高野が懐から一枚の小さな紙を取り出して、香住に差し出してきた。
「こちら、私の名刺になります。名刺に記載されている電話番号に電話をして頂ければ、私が車でお出迎えに参ります」
「あっ、いえっ! そんなご迷惑はお掛けできません! 自らの足で歩き、清美さんの家に参りますゆえ!」
香住がまた震えた甲高い声で返事をした。さっきはちゃんと言えてたのに、戻っちゃったわね。
「いえいえ。私は執事ですので、なんなりとお使いください。それでは相原 香住様。メリー様。おやすみなさいませ」
「あ、ありがとうございました! 高野様も、おやすみなさいませっ!」
「おやすみっ、高野っ」
ぎくしゃくしてる香住が深くお辞儀をすると、高野もそれ以上に深いお辞儀をして、ベンツに乗って去っていった。
香住が大きく手を振って見送ると、また身震いしてから急いでアパートの階段を上って、部屋の中に入り込む。
そのままジャンパーを脱がないで暖房とコタツのスイッチを入れると、香住は私を抱っこしたままコタツの中に潜り込んだ。
「さむっ、さむぅ~っ……」
香住の体がかなり震えてる。寒くて力が勝手に入ってるのか、私の体をギュッと強く抱きしめてきた。ちょっと苦しい。
「香住っ、今日は楽しかったかしら?」
「はいっ! とっても楽しかったですし、メリーさんのおかげで私にも新しいお友達ができました! 本当にありがとうございます!」
感想を聞いてみたら、香住は満面の笑みでそう言ってくれた。どうやら喜んでくれたみたいだし、今回は大成功ね。
「よかったっ。次の休みも清美の部屋に行く?」
「はい、もちろんです! 今日だけでは、全然話し足りなかったですからね。今度は清美さんと、何を話そうかなぁ」
もう次の休みの事を考えてる。それほど今日は楽しかったのね。早く
だけど次に会えるのは、まだしばらく先なのよね。だったら
半人前のメリーさん 桜乱捕り @sakurandori
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