28話-3、スッと溶けるステーキ

「んっ……!」


 口の中にステーキを入れた途端、変な声が出ちゃった……。確か、ステーキって何回も噛まないと飲み込めないハズなのに、このステーキはスッって溶けていっちゃった。

 香住かすみと一緒に食べたステーキと、同じ物じゃないのかしら? 味も肉汁も段違いにおいしい。なんて言えばいいんだろう?

 もっと上品で柔らかく、あっという間に無くなっちゃう。でも、ステーキの味はガツンときた。肉肉しくて脂も大量に出てくるけど、まったくしつこくなく、サラッとしててゴクンと飲み込めちゃうわっ。


 あと、ご飯がものすごく欲しくなってくる。と思ったけど、無意識の内にご飯を頬張ってた。頭の中で思うより、行動の方が早く出ちゃうなんて……。それほどおいしいって事なのね。

 香住は、このステーキをどう思ってるのかしら。ご飯を頬張りつつ香住を横目で見てみると、表情がとろっとろにとろけていた。しかも、頬が若干赤く染まってる気がする。


「香住さん、メリーさん、ステーキの味はどうですか?」


 清美きよみが感想を聞いてきたから、ベッドの方に顔を向けて、大きくうなずいた。


「とってもおいひいっ!」

「ステーキが、ステーキが口の中で溶けました……。ものすごく美味しいです!」


「口に合ったみたいでよかった~。おかわりは沢山あるので、遠慮しないでじゃんじゃん食べてくださいね」


「おかわり……」

「お、おかわり……」


 清美のおかわりと言う誘惑に、私と香住が同時に声を漏らす。正直に言うと、おかわりはいっぱいしたい。

 だけどやっぱり厚かましいし、一回おかわりをしたら歯止めが利かなくなりそうな気がする。


 香住も悩んでる顔をしてるわね。汗を数滴垂らしてるし、相当我慢してそうだわっ。やっぱり、おかわりはしない方がいいわね。もっと食べたいけど我慢しよっと。

 フォークでステーキを刺して、ゆっくりと味わおうとすると、気になった事があったのか、香住が清美に向かって「すみません、清美さん」と声をかけた。


「なんでしょう?」


「あの、このステーキは、いったいおいくら万円するん、でしょうか……?」


「え~と……。確か五万円ぐらいだったかな?」


「ごっ……!?」


 ステーキの値段を聞いた瞬間、香住の体が石のように固まっちゃった。千円までなら知ってるけど、それ以上は知らないわね。

 マンション勧誘の電話で、相手がごひゃくまんえんとか言ってた事があったけど、どっちが高いのかしら? ひゃくが付く方が高そうな気がするけど、ちょっと聞いてみようかしらね。


「香住っ。ごまんえんだと、ポップコーンはいくつ買えるのかしら?」


「……えと。百六十個ぐらいは、買えるかと思います……」


「そんなにっ!? じゃあこのステーキは、ものすごく高いのね……」


 ポップコーンが百六十個も買えるなんて……。じゃあこのステーキは、ポップコーン百六十個分のおいしさが詰まってるに違いない。もっと味わって食べないと!

 でも、なんでこんなに高いのかしら? 同じステーキでも、違う何かがあるのかしらね? じゃないと、ここまで差がつくワケがないし……。う〜ん、考えてもわからないわっ。


 ステーキの他にも、ブロッコリーとニンジン、ポテトフライがあるからそっちも食べないと。ブロッコリーとニンジンは、とっても甘い。だけど、違いはそれぐらいしか感じられないわね。

 ポテトフライは、ジャガイモのおいしさが強いかもしれない。塩も私が知ってる物より、粒がだいぶ粗い。かなりしょっぱいけれども、イヤには感じないし、むしろもっと食べたくなってくる。


 ご飯もそう。普通だったらこれ単品だと食べづらいのに、このご飯は風味がとても豊かで、どんどん食べ進めたくなる深い甘みがあるわっ。

 お味噌汁は、流石に違いがわからないわね。でも、心があったまるような落ち着く味がする。自然とため息が漏れちゃう。「ほうっ……」てね。


 この気分は悪くない。何回でも味わいたくなるような、優しい気持ちになれるわっ。……ご飯とお味噌汁なら、おかわりしちゃってもいいわよね?

 ……やめておこう。絶対にステーキも食べたくなっちゃう。ポップコーン百六十個分のお金がかかるんだもの。香住も我慢してるし、私も我慢しよう。


「……あっ、全部食べ終わっちゃった」


 気をつけて食べてたつもりなのに、いつの間にかお皿の中が空っぽになっちゃってる。香住の皿を見てみると、同じく空っぽになってた。たぶん、同時に食べ終わったのね。

 時計に目を移して時間を確認してみたら、食べ始めてから十五分もかかってないじゃないの。頭ではそう思ってたけど、体が勝手に食べるスピードを早めていたのかもしれない。


「二人共、食べるのが早いですねぇ。おかわりはどうします?」


「あっ、いえっ! 全然大丈夫です、これでお腹いっぱいになりました!」

「わ、私もっ! とってもおいしかった―――」


 そう嘘をつこうとしたと、私と香住のお腹が、一緒になってグゥ~って鳴っちゃった……。香住の顔がトマトより赤くなってる。たぶん、私の顔も同じぐらい赤くなってそうだわっ……。


「はっは~ん、全然足りてないようですねぇ~。それじゃあ、今おかわりを用意させますね」


「だ、大丈夫ですって! おかわりなんて、とんでもないです!」

「そうよ! 私達、これでお腹いっぱいになったもん」


 私達がおかわりを必死になって断ろうとするも、清美は無邪気な笑みを送ってきて、手をヒラヒラと横に振った。


「遠慮しなくたっていいんですよ? 高野たかの-! 二人におかわりを持ってきてー!」


「高野、さん?」


 清美がいきなり新しい人の名前を呼んだせいか、香住が目をキョトンとさせて言葉を返す。


「ああ、さっきの執事の名前ですよ。私が子供の頃からお世話になってるんですよねー」


「そうなんですね。あの執事様、高野さんって……、て違う! あの、清美さん! おかわりは大丈夫ですって!」

「本当よ! これ以上は食べられないんだからっ」


「ふっふーん。二人共、嘘をつくのが下手ですよ? しかも、もう遅いです。私が指示を出しちゃったから、五分ぐらいしたらおかわりが来ちゃいますからねー」


 清美がイジワルにかつ楽し気に言って、子供みたいなワンパクそうでいる笑顔になった。おかわりが来ちゃうなら、食べるしかないじゃない。

 とても高いステーキだもの。ここに運ばれてきてから断るなんて、そっちの方が迷惑がかかっちゃうわっ。……もう一回あのステーキが食べられるんだ、嬉しいなぁ。

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