第43話 彼らの修羅場はこれから

「タケルさま……」

「タケルくん……」


 傷に障ったらいけないので、気持ちを抑えながら、生鐘と天花は静かな声でタケルを呼びかける。

 惚けてはっきりしてないのか、目の焦点が合ってないが、ゆっくりとタケルは首を振って自分の隣に居る少女たちを確認すると、意識を完全に覚醒させる。


「二人共……。あぁ、心配をかけたみたいだな。悪い」

「いえ、そんな!」

「全然大丈夫だよ!」


 声を大きくしたらいけないと解っておきながら、焦燥した様子のタケルを見て、彼女たちは叫んでしまう。

 そんな二人を見て、僅かに口端を緩めながら、タケルは訊ねた。


「怪我は?」

「ご心配には及びません。弦木家の専属医師が僕達を治療してくれました」

「だがら、タケルくんは自分の体を心配して。あのジンさんと喧嘩したんだから、タケルくんの方が辛いはずだよ」


 普通にそう称する天花の言葉に、タケルは胸の中で可笑しさがこみ上げた。

 喧嘩と呼称するには、あの戦いはタケルにとって苛烈過ぎて、ジンにとっては戯れに過ぎないのだが、彼女にとってはそのようなものなのだろう。

 しかし、笑顔で自分を気遣う彼女たちをタケルは見ると、彼は心痛に顔で歪めた。



「俺が辛いのはどうでもいい。大抵は疲れただけだ。お前らこそ、無理はするな」

「無理は──」


 生鐘が言うよりも先に、タケルが彼女に向かって言った。


「肋骨、二、三本やられてるだろ。喋るのも辛いじゃないか?」

「!?」

「天花も、右腕がかなり痛むだろ。がまんするなよ」

「あっ…・・」


 指摘されて押し黙る二人を見て、タケルは情けなさそうに溜息をした。

 それを見た天花が申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさい。頼りない弟子で」

「んなの誰も言ってない。今のは俺に対しての溜息だ」


 そう言いながら、タケルは再び溜息をした。


「情けないな、俺。意気揚々と助けに行ったら、最後にあのざま。今もお前たちに心配かけてるし、本当にダサい」


 タケルは、そのまま顔を隠すように項垂れた。

 その光景を見て、二人は酷く、胸が辛くなった。

 自分達にとっては誰よりも輝いた人に見えるのに、本人が自分を貶めていることが、ただ悲しかった。

 

 何で、この人は、そんなにも、自分を弱く見ているのだろう?


 いや、解っている。

 誰しもが自分だけで自信を持てる訳でない。自分達もそうだった。

 誰かに言って貰って初めて、自分に勇気を持てる人だっているのだ。

 生鐘は自分の弱さを。

 天花は自分の宝物を。

 目の前の少年が言ってくれたから、ちゃんと向き合う事ができた。

 

 だから、今度は自分が、言ってあげないと。

 

 自然と、そんな感情が二人に芽生える。

 少女たちは、先程の少年の兄が言ったことを思い出していた。

 こんな些細なことでは、今まで彼が自分達にくれた物とは釣り合わないだろう。

 だけど、それでこの人が少しでも楽になれるように、願いを言葉にすると決意する。

 自然に、生鐘は天花を、天花は生鐘を見ていた。

 そして、示し合せる様に互いに微笑んで、頷く。

 もしも一人だったら、できなかったかもしれない。

 自分は怖がりで、弱くて、一人できることなんて限られているけど。

 今は二人。

 彼女は競い合う好敵手ライバルで。でも、友達で。今は仲間だ。

 覚悟を決めると、心臓の音が自分以外にも聴こえるのでないかと疑うくらい、高鳴る。

 体が震えた。顔が火照る。


「タケルさま。僕は──」

「タケルくん。私は──」


 それでも、近くにいる好敵手、友人、仲間に負けないように、想いを伝えた。


『──貴方のことが好きです』


 訊けば誰もが解る、熱情が籠った愛の告白だった。

 二人の少女に同時に想いを伝えられたタケルは、驚愕しながら顔を上げた。

 急に驚かせて悪いとは思いながらも、彼女たちは溢れて来る想いを、言葉に変える。


「好き。大好き。ずっと言いたかった。私はタケルくんが大好きだよ」

「大好きです。愛しています。幼い頃からずっと、貴方だけを見てきました」

「他の人なんか見えなかった。タケルくんしか欲しくなかった。傍にいることが幸せだった」

「貴方にとって小さなことでも、僕にとってはどれも宝物だった。些細なことが嬉しかった」


 声に出して、気持ちが高まる。

 想いがより明確になる。

 ああ、そうか…………。

 自分で思っていた以上に、この人に恋をしているのだ。


「今日は、タケルさまが助けに来てくれて、本当に嬉しかったです」

「どんなヒーローよりも、カッコよかった。タケルくんが情けないて思ってる一面も、きっと私にとってはどれも素敵なものだよ」

「タケルさまが自分をどんなに嫌いであっても、僕はそんな貴方が堪らなく愛しいです」

「だから、タケルくんが何を嫌いになって、何を好きなっても、私はずっと大好きだよ」

『どんなことがあっても、貴方だけが大好きです』


 静寂が、流れる。

 少女たちは顔を真っ赤にして、ずっとタケルを見つめていた。

 二人が自分を見る潤んだ瞳が、とても眩しくて、どんな宝石よりも綺麗で、思わずタケルは手の平で顔を覆った。


「まさか、二人同時に告白されるとは、思わなかった」


 恥じらうタケルを見て、少女たちの顔が少しだけ綻ぶ。


「うん、ごめんね」

「でも、こうもしなければタケルさまは自分を責めたままでたし、僕もこの期に伝えられて良かったと思っています」

「そうだね。私もそう思うよ」


 照れ隠しで苦笑する天花と生鐘だったが、瞳から不安は消えていない。

 そんな二人を見て、タケルも自分の答えを正直に伝えなければならぬと覚悟を決めた。

 

「なら、俺も返事するよ」

「……うん、解った」

「……お願いします」


 少女たちはそろって息を飲む。

 タケルは一度、緊張を解す様に大きく深呼吸をした後で、琥珀の双眸を二人に向けた。

 そして、タケルは、自分も胸中を告白する。


「悪い。お前たちの気持ちには気づいてはいたが、それに応えられない」

『…………っ』


 はっきりとした言葉を聞いて、二人の胸に痛みが駆け巡る。

 苦しい。切ない。刀で斬られたよりも、ずっと痛かった。

 どんな武術よりも強力な言葉に、彼女たちは大きく揺さぶられる。

 想いが遂げられない可能性は、覚悟していたはずだった。

 しかし、実際に拒絶されると、想像以上に堪える。


「うっ……」


 耐え切れず、嗚咽を漏らしたのは天花だった。


「ごめ……泣いたら、タケルくんに迷惑なのに、わたし、ひぅ……」


 天花は涙が溢れてくる瞳を止められず、隠す様に顔を両手で覆った。

 隣にいる生鐘は、無表情。

 無論だが、彼女もショックを受けなかった訳でない。

 しかし、彼女は嘆くよりも先に疑問が芽生えたのだ。


「応えられない、というのは、他に好きな女性がいるということですか?」


 自分達の想いに応えられない理由を彼女は知りたかった。

 崩れかけそうな心を何とか保ち、静かに問いかける。


「いや、そんな奴なんていない。二人の気持ちにどちらも応えられないのは、俺が悪いんだ」

「それは、どういうことでしょうか?」


 生鐘は益々疑問を募らせる。

 別の意中の相手がいないのは解った。

 だが、それがどうしてタケル自身が悪いに繋がるのか理解できない。

 先程まで泣いていた天花も、そこで妙であると察し、覆い隠した顔を上げて、潤んだ赤い瞳をタケルに向けていた。


「さっきも言ったけど、俺はお前たちの気持ちは薄々察していた」


 そんな二人の視線を受け、タケルは更なる己の想いを吐露する。

 タケルが自分達の思いに察していた事には、特に不思議と感じていなかった。

 天花も生鐘も別にひた隠しにしていた訳でもない。仮に自分達が告白する前に、タケルの方から問われていれば、きっと誤魔化しもせずに想いを正直に告げていただろう。

 けして偽りたくない、大切な恋心である。


「自惚れかも、とも考えたけどな。けど、本当にお前たちが俺を好きなのかは別にして、俺自身もお前たち二人のことを考えみたんだ」


 二人の感情に気づいていたタケルは、自分も彼女たちのことについて考え始めた。

 己が彼女たちをどう思っているのか。

 どちらがより大切なのか。

 長い時間、考えた。何度も考えた。その度に、タケルはいつも同じ結論に辿りつく。


「結論から言うと、俺はどっちも大切だ。どっちかなんて選べないくらい両方大切なんだ」


 悩み抜いた末、タケルが出した答えとは、優柔不断を言われても不思議でないものだった。


「とりあえずどっちか片方だけなんて選べない。選ばないといけないなら、両方選ばない」


 二兎追う者は一兎も得ず、という言葉があるが、タケルにとっては追った兎がどちらも必要だった。

 自分のために尽くしてくれ、怖がりながら強さを手にした生鐘を尊く想う。

 大切なものを守る為に傷つき、真っ直ぐな瞳で相手を見る天花も尊く思う。

 片方を犠牲にし、もう片方を手に入れること選択ができるほど、どっちも小さくなかった。


「それで嫌われて、お前たちの両方が離れてくことになっても、それはしかないな」


 この答えが、彼女たちの想いを裏切る結果になったとしても、仕方ない。

 むしろ、こんな男に愛想尽きた方が、彼女たちの為になるだろう。

 幻滅されることはタケルも怖かったが、彼女たちが不幸せになるよりはずっといい。


「……それが、タケルくんの正直な気持ち?」

「ああ」


 天花の確認に、タケルはしっかりと頷く。

 自分の気持ちは言い切った。

 なんてはっきりとしない気持ちだと、タケルは己を恥じている。

 しかし、これが自分の答えなのだ。

 あと彼女たちが嫌気をさしても、当然の報い。


「そっか。そうなんだね」

「タケルさまの気持ちは理解しました」


 明るい声が聞こえた。

 タケルの想いとは裏腹に、天花と生鐘はどこかすっきりした顔で微笑みを彼に向けていた。

 何故、そんな顔を自分に見せてくれるだろうか?

 

「ちゃんと私達のことを考えてくれたんだ」

「そこまで、真剣に考えてくれるとは、なんだか嬉しいですね」

「うん、うん! 惚れ直しちゃったよねっ!」

「はい。それはもう、とてつもなくですっ!」

「え?」


 不思議な光景が広がっていた。

 タケルの想像とは一八〇度違った和気藹々の空気に、彼は戸惑った。


「え? お前ら、怒らないのか?」

「おや? 何故ですか?」

「タケルくんが真面目に私たちのこと考えてくれたのに、何で怒らないといけないの?」


 タケルの疑問に対して、彼女たちも疑問で返す。

 その答えでタケルは益々、訳が解らなくなった。


「独占したいとか。どっちか選べとか。もっと確り選べとか。優柔不断は嫌いとかないのか?」 

「まぁ、独占したいとか、自分を選んで欲しいなぁは勿論あるけどね」


 天花は認めつつも、嫌な顔は見せない。


「タケルさまがちゃんとお悩みになった答えです」


 天花が言いたかった続きは、彼女と同様の気持ちである生鐘が語る。


「むしろ、妥協で選択しなかった事が僕には好ましい」

「嬉しかったよ。そこまで考えてくれたんだってね」


 確かに論理的にはタケルの決断は優柔不断なのかもしれない。

 それは彼女たちも理解していた。

 けど、自分達のことを真面目に悩んでくれたことが、二人には嬉しかったのだ。

 その場凌ぎでどちらか片方を選ばれるよりはずっといい答えだとも思う。

 また、非難されるかもしれないと解りながらも、彼は正直な思いを口にしてくれた。

 それが、また愛しい。

 愛しい人が、自分をそこまで思っていてくれたなら、恋する乙女ならば嬉しさを感じずにはいられない。

 今、彼女たちは、心から幸せを感じている。


「そうか…………」


 彼女たちの反応を見て、タケルは心の底から安堵した。

 嫌われることを覚悟していたが、その逆な反応を見て、素直に良かったと思う。


「それで、これからどうするんだよ」

「え? 何が?」

「これからの、俺らの付き合い方だよ」

 二人はタケルの言葉を認めたが、結局のところ、何も解決などしていないのは変わりない。

 しかし、タケルの問い掛けを聞いた二人は、特に気にした様子も見せずに答える。


「どうするも、こうするも。それはタケルさまが決めることです」

「私たちはタケルくんが好きで、ずっと一緒にいたいんだよ。タケルくんは?」

「それは、勿論──」


 そのまま言葉を出そうとしたタケルだったが、二人の視線が自分に集中していたことに気づき、熱くなった顔を思わず逸らす。

 だが、言わないわけにはいかないので、タケルはぼっそと言う。


「べ、別にお前たちがよければ、これまで通り仲良くしてほしいとか、そんな感じだ……」


 照れ臭そうに濁したタケルの言葉を聞いて、彼女たちの顔が輝く。


「もう、恥かしそうにするタケルくん、可愛いよ!」

「同感です。嗚呼、照れるお姿。とても初々しい!」

「は、はぁ!? なに言ってんだ! てか、お前たちも言って恥ずかしくないのか!?」


 奇妙な大盛況に、タケルは更に赤くして狼狽する。それが益々彼女たちを気に入らせた。

 もはや、タケルだったら何やってもいいという乙女の心境。

 恋は盲目。恋した方が負けとはまた違った愛の極地である。


「これくらいはいつも通りです」

「ああ、確かに生鐘はそうだな」

「告白したから、これくらいは平気だよ」

「天花も前からそんなんだったよ」


 どっと疲れた気分が、タケルを襲う。

 しかし、戦闘後の疲労とは違って、気恥かしいが、何処か心地よくもある。

 だが、タケルに僅かな緩みを与えず、彼女たちは更なる追撃をしかけてきた。


「あっ、でも、これだけは言っておくね」


 そうやって、天花はビシッとタケルに指先を突きつけた。

 一体これ以上何を言うつもりなのかと、タケルは心の身構えていると彼女は言った。


「私は、まだ諦めないから!」

「え?」

「私はタケルくんに選んでほしい。だから、タケルが私を一番好きになって貰うため頑張るから覚悟してね!」

「あ、天花、お前……」


 恋の宣戦布告。益々、タケルの熱が上がった。


「むぅ…………」

「あっ…………」


 その横で面白くなさそうにしていた生鐘にタケルは気づき、なんと言おうと彼が迷っていると生鐘の方からタケルに向かって次のことを言った。


「先を越されてましたが、僕も同様です」

「え、生鐘?」

「僕も護衛者ガーディアンする傍ら、タケルさまに選ばれるよう励みます。覚悟してくださいね」

「お前もか…………」

「なんですかその反応? 天花さんは良くて僕は駄目なのですか?」

「いや、そういう訳じゃないけど」

「なら、いいです」


 満足気に生鐘が微笑み、タケルは項垂れた。

 覚悟しておかないといけない。精神まで貧弱ならば、この先がきっと大変だろう。


「生鐘ちゃん、負けないよ」

「無論、望むところです」


 タケルの目の前で、バチバチと二人の少女が火花を散らした。

 しかし、熾烈な争いを繰り広げるにしては何処か楽しそうな二人に、少しだけタケルはほっとする。

 この様子ならば自分の為に、陰鬱な展開になる心配はなさそうだ。


「まだ、最終的に、決めるのはタケルくんだけどね」

「……ええ、タケルさまですからね」


 そうやって睨みあっていた二人が、そろってタケルに目を向ける。


「タケルくんが誰かを選ぶまで──」

「いえ、叶うならば、タケルさまが誰かを選んだとしても──」

『──貴方が許してくれる限り、ずっと一緒にいてください!』


 再び息の合った告白に、タケルは目を丸くする。

 彼女たちの満面の笑みを向けられて、敵わないなと彼は思った。

 非力な自分だが、せめて彼女たちの笑顔だけは、必ず、守る。

 

 彼女たち限定でもいい。絶対守る剣になろう。守護者になろう。

 

 そう心で誓いながら、彼は彼女たちの想いに答えた。


「それはこっちの台詞だ。これからもよろしく」


 

■あらすじ■

 ここまで読んでくれてありがとうございます。

 他にも執筆してるエピソードや構成のプロットがあるのですが、今は区切りのいいここまで投稿しました。

 よろしければ、感想などをいただけると励みになります。


 ではでは。

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貧弱な俺が男装幼馴染と美少女弟子に守られる件 貫咲 賢希 @kanzaiki100

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