ロゼット

詩一

第1話 追想、車両にて

 なあ、ハル。

 アンタはどうしてアタシを呼んだんだ。

 走り出した車両には人もまばらで、アタシは一人でシートに座って、流れていくホームを見つめていた。

 次第に光は遠のき、それからはただ断続的に、外灯からの光がちらちらとのぞくだけ。引っ掛けるような、つっかけるような演奏をするジャズドラマーのリズムで、光と闇が交互に見えた。

 そこから外の様子はうかがえない。黒塗りの車窓にはただ、何にも感じてないみたいな風に憮然とした表情で座る自分が映るだけだ。

 暖房の風が自分に吹いてきて、髪がふぁさっとなびいた。先端が目に入ったが、首を振るのも手で払うのも面倒で、アタシはただ目を閉じた。

 レールと車輪の摩擦音が耳に馴染んでいって、世界にはもうこの音しか残されていなんじゃないかって言う気がした。

 溜め息一つ。

 どうやらアタシの声までは、無くなってないらしい。

 良かった。

 良かった?

 いっそ自分の声も存在も何もかも消えちまっていたら、そっちの方が良かったのかもな。

 なあ、ハル。

 そうすりゃアンタも少しは心配してくれるだろう。

 いや、アンタは既にこんなアタシを心配しているかもしれないな。

 でもそういうことなら、どうしてアタシを呼んだんだ。

 アンタは初めっからそのつもりでいて、まったく変更の予定なんかなかったってのなら、くだらないやり取りなんかやめにして、単刀直入にいっそメールや電話で伝えてくれりゃあ良かったんじゃあねえか。

 この馬鹿みたいに寒い空の下、わざわざ電車で出かけて、あの公園まで歩いていくことはなかったんじゃあないか。

 なあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る