第26話 一家に一人セコム執事さん
「お、落ち着いて。ヴァレッドさん」
僕の右手は彼の手によって強引に押さえつけられている。
「こ、これは、まもなく壁ドンの気配!?」
由宇さんはとりあえず黙って。
ヴァレッドは突然話しかけてきたと思ったら何なんだいきなり。こっちに協力してくれるって話では絶対ないよね。
「お前」
ん?
「俺に何をしたんだ」
「何って」
「おかしいだろ。今まであれだけ親しくしていた奴らが、嘘みたいに俺を避けるなんて」
「それは」
それは僕のスキルのせいだ。
スキル『独占』、これのせいで、僕が独占したヴァレッドに他のみんなが近づかなくなったんだ。
「お前が俺に親しくしてきた日をきっかけにおかしくなったんだぞ」
「し、知りませんわ」
でも今、これを解除するわけにはいかない。解除したらきっと、また元の通りに、公平にテストが受けられない状態になってしまうから。
「嘘だ!」
ぎりっと手首が締め付けられる。痛い。
でも振りほどこうにも振りほどけない。本来の僕ならこの程度の力、たぶん振りほどけるのに。これが男女の力の差か。力では全然勝てる感じがしない。ああもどかしい。
「は、離して!」
「嫌だね」
くそっ、このままじゃ逃げられない。まさかヘイトを溜めたヴァレッドが乱入してくるなんて。これもゲーム演出の一部なのか? こんな時、どうしたらいいの、由宇さ……え、何? 手をパーにして『頑張って』……って見捨てるの。嘘でしょ。
誰か、誰か助けて――
「失礼します」
「あ、フェルミー」
「大変申し訳ございませんが、その辺で一度冷静になっていただけないでしょうか」
フェルミーが僕を掴んでいたヴァレッドの手を押さえこんでいた。一気に手元が楽になる。
「あ、ありがとう」
た、助かった。持つべきものはやはり頼りになる執事だなぁ。
「フェルミん、さっすがー」
……由宇さんは本当にただ見ているだけだったな。
「女性に手をあげるなどヴァレッド様らしくないと思いますが」
「ちっ」
わあ、すっごい露骨な舌打ち。これじゃ学園の王子様じゃなくて、完全なる負け犬、やられキャラだな。
「貴方様の周りに起きた奇妙な状況も、お嬢様は知らないと言っております。ですよね?」
「えっ? ええ、そうですわ」
本当は全て僕のせいなんだけど、それを言っちゃ話がまとまらないからね。
フェルミーの後ろから警戒してこっそり相手の顔を覗いた。
「……分かったよ。今日のところはそういう事にしておいてやる」
「……」
今日のところは? そういって引き下がる悪役にロクな奴はいないんだぞ。
「ご理解いただきありがとうございます。それではお嬢様」
「は、はい?」
「私は少し彼を見送ってまいりますので」
「あ、ああそう。いってらっしゃい」
「それでは」
二人は一緒に並んで門の向こう側へと消えていった。これは一応、安全性を配慮して僕から彼を遠ざけてくれたってことなのかな?
「いやぁ頼りになるねぇ」
「そうですね」
「こういう時、好感度が上がってイベントスチルが発動したりするよね」
「なんですかそれは」
何はともあれ、こういう時、守ってくれる人がいるのは本当に助かるな。フェルミーがいれば、物理的な恐怖にさらされる心配はないだろう。執事付きの令嬢で、よかった。
「でも」
「ん、どしたの?」
「さすがにちょっと可哀想だったから、今回の騒動が終わったら戻してあげてもいいかもね、ヴァレッド」
本来の性格に難があるとはいえ、学園の王子様があんな風になってしまうのは、同性としても気の毒なものがある。
それを聞いて由宇さんはまたニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。
「そうだね。やっぱりトゥルーエンドはあった方がいい」
いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけどね。
オタクの友人のせいで悪役令嬢になった僕 椿谷あずる @zorugeru
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