怨恨サルタント

平中なごん

怨恨サルタント

「………………」


 穏やかな春の風が吹く学校からの帰り道、薄墨色ブレザーの制服に包まれた身を可能な限り縮こまらせ、童顔・おさげ頭の依山美子よりやまみこは、ただでさえ幼く見えるその小柄な外見をさらに小さくして歩いていた。


 顔を俯けながらもその瞳はきょろきょろと周囲を見回し、何かに怯えるような色を浮かべている。


(……うわあ、今日もいっぱいいるよう……)


 普通・・の人から見れば特になんの変哲もない、サラリーマンや買い物の主婦らが行き交う歩道の景色をチラチラと眺め、美子は眉根を「へ」の字にして心の中で呟く。


 なぜ、ありふれた昼下がりの街の景色に美子が怯えているのか? それは、他の人々の目には見えていないもの・・・・・・・が、彼女だけには見えるからだ。


 美子の震える茶色の瞳には、歩道橋の上に立つ蒼い顔の中年男性や、幼子の手を引く防空頭巾にモンペ姿の若い女性、白いワンピースを着て、通りかかる男の顔を端からまじまじと覗き込む髪の長い女性らの姿が半透明に映っている。


 ……そう。美子には霊が見えるのだ。それも、くっきりはっきり100%の高確率で。


(……絡まれたりしたらやだなあ……ぜったい目合わせないようにしなきゃ……)


「……ハァ……せっかく高校入学したってのに、これ・・だけは相変わらずかあ……」


 生きていない・・・・・・者達に興味を惹かれぬよう注意しながら、美子はガックリ肩を落として大きく溜息を吐く。


 そして、この霊感体質のためにこうむってきた、自身の辛いこども時代を無意識にも思い出していた。


 生まれつき、天賦の才とでも言えるほどに霊感が強く、生きている人間同様に霊達が見えていた彼女は、当然のことながら幼少期より苦労を強いられてきた。


 例えば、保育園では――



「みんな~、このこ、おともだちのオキクちゃんっていうの。あたしたちもまぜて~!」


「オキク? だれもいないじゃん。へんなやつ~」


「ミコちゃんってへんなの~。みんな、あっちいってあそぼ~」



 赤い和服を着たオカッパ頭の見えない・・・・友達の手を引いて遊びに参加しようとしたところ、おかしな子だと思われて、みんなから仲間外れにされた。


 また、母親に手を引かれてスーパーへ買い物に出かけた時も――。



「ママ~あのおじいちゃん、もうすぐいなくなっちゃうよ」


「ちょ、ちょっと! 変なこと言わないでよもう! ああ、どうもすみません。この子、ドラマか何かの見すぎみたいで……」



 レジで後に並んだ老人の死を直感的に悟り、なんの気なしにそのことを母親に教えてあげると、老人にはスゴイ形相で睨まれるし、慌てふためく母親からは後でこっぴどく叱られた。


 さらに小学校に行くようになってからも――



「ねえねえ、美子ちゃん知ってる? この階の女子トイレに〝トイレの花子さん〟が出るんだって~!」


「うん、もちろん知ってるよ(なんで今さら? いつも行くと話しかけられない?)」



 クラスの女子達の間でもちきりになっていた学校の怪談も、美子にとっては文字通りのリアル・・・そのものであり、キラキラした目て話しかけられても受け答えに齟齬のあることが多かった。


 無論、中学に上がっても状況は変わらず――



「美子ちゃん美子ちゃん! この前の遠足の写真見た!? 山田くんの肩に手がのってるように見えない!? あれ、ぜったい心霊写真だよ!」


「そ、そうかもね……(いや、手どころか、ずっと山田くんの背中に女の人おぶさってるし……)」



 心霊写真にキャッキャッと騒ぐクラスメイトの傍ら、当の山田くんの方へ目を向ければ、もっとスゴイものが見えてたりして返答に困った。


 さすがにこの頃には美子も、「霊が見える」とか言ってると〝霊感少女に憧れる中二病なイタイ子〟だと思われることを悟り、その霊視能力についてはひた隠しに隠して学校生活を送っていたが、それでも見えるものに変わりはなく、そんな偽りの自分を演じることがますます彼女の負担となった。


 そして、他人ひとの迷惑省みず寄って来る霊達に邪魔されながらの過酷な受験戦争をなんとか潜り抜け、期待を胸に始まった女子高生としての新生活……。


「うーん…………ダメだ。やっぱり見える」


 ゴシゴシと目を擦ってから改めて周囲を見回してみるが、やはり目の錯覚や幻などではなく、半透明な人々ははっきりバッチリくっきりと見えていた。


 青春真っ只中な無敵のJKだし、生活環境が変われば、この困った体質もなんとかなるのではないかと淡い期待を抱いていたのであるが……残念ながら、そんな都合のよい奇蹟は起きなかったようだ。


「ハァ……誰かに相談しようにも、入学早々、イタイ子と思われて友達できないの嫌だしなあ……」


 美子は再び大きな溜息を吐いて、八方塞がりなこの状況を誰に言うとでもなく嘆く。


「あたしの人生、ずっとこのままなのかな? ってか、大学生になってイケメン男子との合コンとか行っても、面子の中に顔の朽ちた人とか混ざってたら恋愛どころじゃなくなるだろうし、就職しても行く先々に霊がいて仕事にならないだろうし……あたしはこの先、どうやって生きていけばいいのお~っ!」


 続いて、自らの行く末を想像して絶望し、思わず公道の真ん中で叫んでしまう美子だったが。


「…………ん?」


 彼女の視界に、何か違和感を覚えるものが映った。


 それは、歩道の脇に立つスーツ姿の若い男だったが、他の人々がまるで無反応に行き過ぎる中、彼だけは近くにいる血塗れの中年男性の方を向いて、どうにもその存在に気づいている様子なのだ。


 その血塗れ男性は顔が潰れ、手足もあらぬ方向へと曲がっており、無論、生きている人間ではないであろう。


「もしかして……見えてるの?」


 驚いた顔で呟く美子だが、いや、よくよく覗うとそれどころか、彼はその血塗れの霊に向かって何やら話しかけているではないか!


「話してる!? …………間違いない。あたしと同じ人間だ……」


 その手のテレビ番組などではよく目にするが、実際には滅多に遭遇することのない自らと同じ種類の人間に、美子は大きな驚きを覚えるとともに強い興味を抱く。


 遠目ながらに観察すると、一見、サラリーマンのようなストライプのダークスーツ姿ではあるものの、それをなんともだらしなく着崩し、白シャツに締めた黒いネクタイもゆるゆるに緩んでいる。


 長い前髪を後に撫でつけて整えてはいるが、なんというか……どうにもカタギの仕事をしているようには見えず、チンピラ感満載な人物だ。


「でも、こんな他人ひとの目もあるのに何話してんだろ?」


 通り過ぎざま、不審な眼差しを向けてゆく通行人達など気にする様子もなく、そのチンピラな風体の男は血塗れの霊と普通に会話を続けている……他人の目を気にする美子にはとてもじゃないができない芸当だ。


 ますます男に興味をそそられた美子は、こっそりと距離を詰め、街路樹の影に隠れてしばらく様子を覗うことにした。


 まあ、そんな彼女の挙動不審さにも、通行人達のイタイ視線が注がれることになっていたりもするのだが。


「――言われた通り、ちゃんと親分の夢枕に立って〝この道をこの時間に通るといいことある〟って神のお告げ・・・してきたんだろうな? ……よし。それじゃ、ターゲットが来るまでここで待機だ」


 耳をそばだててみると、そんな意味不明なことを男は口にし、それに血塗れの霊はうんうんと頷いている。


「いつも通りなら、だいたいこの時間にヤツはこの道を通ってバイト先の飲食店へ行く。ダメならまた明日以降だが、うまくいけばカチ合うはずだ。そしたら仕掛けるぞ。いいな?」


 なんの話かぜんぜんわからないが、続けてそう伝えてからは一転黙り込み、男も血塗れの霊も交通量の多い車道の方を眺めながら何かを待っているようだ。


 そして、待つこと数分後。


「…………おっ! 来たぞ! うまいこと真後につけてる。今だ! 行けっ!」


 向こうから黒塗りの高級車と、その後につけた走り屋・・・風の車高が低い白いセダンがゆっくりとしたスピードでやって来た。


 すると、叫ぶ男の指示に血塗れの霊は音もなく車道へと歩み出て、黒塗りの車の前へ立ち塞がる。


 キキィィィィィィーッ!


 瞬間、タイヤの軋むものすごい耳障りな音が周囲に響き渡り、黒塗りは急ブレーキをかけて霊の直前で止まった。


 それに合わせ、後方の走り屋仕様もあわや接触というところで辛うじて停止する。


 おそらくは、突然、飛び出して来た血塗れの霊の姿を見て、驚いた黒塗りの運転手が慌ててブレーキペダルを踏んだのであろう……これは美子が経験則上得た知識であるが、普段は霊感の強い人にしか見えない霊達も、ここぞと思う時には意図した相手に自分の姿を見せることができるらしい。


「おい! 何やってんじゃコラっ!」


 と、そんなことを考えながら呆然と二台の方を美子が眺めていると、バダン! と乱暴にドアを開け、走り屋仕様のセダンから出て来た男が黒塗りの高級車へ詰め寄った。


 派手なスカジャンを着て、茶色の短い髪をツンツンに立てた、20そこそこのいかにもな典型的ヤンキーである。

 

「さっきからチンタラ走ってるわ、今度は急ブレーキか!? 車の運転知らんのか!? このボケぇっ!」


 詰め寄ったそのヤンキーは、運転席のスモークガラス越しに見えない相手をものすごい剣幕でまくし立てる。


「血塗れの男が突然飛び出して来たような気が……いや、ただの気のせいか……」


 と、スモークガラスがゆっくりと静かに下がり、運転席からはそんな唖然と呟く感じながらも、やけにドスの利いた声が返って来る。


「…………え?」


 下りたスモークガラスの向こうにヤンキーが見たものは、坊主頭に古い切傷のある、ガタイのいい黒服の大男だった。


「えろうすまんなあ。うちの若いもんは運転の仕方もよう知らんで」


 思いもよらぬ運転手にヤンキーが顔面蒼白となる中、バタバタと運転席以外の三つのドアが開き、同じく黒服の男達が三人、次々と路上に現れる。


 今、口を開いた貫禄あるボスらしき男を筆頭に、皆、その血走った眼が座っていて、一目でその筋・・・の方々であるとわかる一団だ。


「なんや兄ちゃん、わしらに話があるようやな。ここじゃ世間様にご迷惑やし、ちょっとうちらの事務所でも行って話そか」


「えっ? ……い、いや、俺は別に……ひっ! あ、あの! な、何しやが…じゃなかった。何するんすか!・」


 顎で指示するボスに応え、他の二人は凄むようにヤンキーの傍へ近づくと、怯える彼の両脇を固めて再び車の中へ戻ろうとする。


「す、スンマセン! な、なんも話ないっすから、どうか、どうか許して…ああっ!」


「うるせえっ! とっとと入りやがれこのガキがっ!」


 そして、泣きそうな顔で謝るヤンキーを強引に押し込めると、そのまま車を出してどこかへ行ってしまった。


 大変迷惑なことにもご自慢の走り屋仕様車は公道に置きっ放しであるが、今の彼はそんな愛車の心配よりも、自分の身の心配で頭がいっぱいであろう。


「ハハッ…相手はよく見てケンカ売らねえとな。うっかりコンクリ詰めにでもされちまわねえことを陰ながらお祈りするぜ。なんせ、もっと生き地獄・・・・を味わってもわねえと困るからよ……さっ、あとは怖いお兄さん達に任せるとして、俺の仕事はここまでだ。約束通り教えてもらおうか?」


 哀れなヤンキーを乗せて走る黒塗りの車を見送った後、例の男は悪どい笑みを浮かべて独り呟くと、血塗れの霊の方を振り向いてまたも何やら話しかけている。


「……よし、了解だ。そんじゃな。もう迷うことなくちゃんと成仏しろよ」


 すると、霊はかぼそい声でそれに答え、すうっ…と空気に溶け込むかのように消えてゆく。


 それがただ姿を隠したのではなく、この世への未練がなくなり、成仏したのだということは美子にも感覚的にわかった。


「……あの人があの霊を成仏させたの!? すごい! もしかして凄腕の霊能者とか!?」


「フゥ……さあて、どこだ? ここら辺かあ? 誰かに拾われてなきゃいいんだけどなあ……」


 なおも街路樹の影に隠れたまま、尊敬の眼差しで美子が見つめる中、男はなぜか道端の植え込みに手を突っ込み、ガサゴソと何かを探し始める。


「…………おっ! あったあった! よかったあ~……なかったらタダ働きだったぜ」


 僅かの後、嬉々とした声を上げて男が取り出したのはサイフだった。二つ折りのもので、長い間そこに放置されていたのか? 泥や雨水でかなり汚れている。


(おサイフ? なんであんな所に……っていうか、どうしてあそこにあるってわかったの?)


 男の予想外の行動に、怪訝な顔で小首を傾げる美子だったが。


「やっぱ現金はあんま入ってねえな。頼みは口座の残金だが……その前に。おい! さっきから何見てんだよ? てめえも俺と同じ見える・・・口か?」


 サイフを手に起き上がった男が不意に美子の方を鋭い眼で睨み、彼女の耳にも届く大声でそう叫んだ。


「…………え? あたし!?」


「そうだよ。そこの童顔おさげのおまえだ! 自分じゃ隠れてるつもりだろうがバレバレなんだよ」


 まさか自分のことではないだろうと、最初はキョトンとしていた美子であるが、ずっと目が合ったままの男に自分の顔を指さして尋ねると、そのベタなドラマの尾行の如く木の影からはみ出てしまっている美子へ、彼は呆れたように眉根を寄せて改めて大きな声を上げた。


「おまえにも今のが見えてたんだろ? しかも驚いてないとこ見るとかなり見慣れてる。ちっちぇ頃からずっと見えてるんだな」


「……あの……えっと……はい……」


 ズバリ自身の霊感体質のことを言い当てられ、驚きを覚えながらも見つかった気まずさの方が勝っている美子は、おそるおそる木の影から歩み出ると、赤い顔を俯かせてぼそりと答える。


「事故死した霊なんて珍しくもねえだろ? いつまでもジロジロと見てんじゃねえよ、ったく失礼なガキだな。ガキはとっとと家帰って宿題でもしてろ」


 そんな美子に男はチンピラな外見通りの悪態を吐き、拾ったサイフを持ってその場から立ち去ろうと歩き出す。


「あ、あの、待ってください!」


 だが、いろいろと聞きたいことのあった美子は、くるりと踵を返した男の猫背を思い切って呼び止める。


「ああん? 俺は行くとこあって忙しいんだ。用があんなら歩きながらにしろ」


「あの! あなたも常に霊が見えちゃう人なんですか!? さっきの血塗れの人はいったい……あれはあなたが成仏させたんですか!?」


 それでも足を止めようとせず、顔半分だけを振り向かせて答える気怠そうな男に、美子は「拾ったおサイフを交番へ届けに行くのかな?」などと思いながら、慌てて後を追いかけると矢継ぎ早に質問を投げかける。


「おいおい、一つづつにしろよ……あいつはな、さっきのDQNドキュン野郎のせいで事故死したのさ。あのDQNは今みたく、煽り運転しちゃあイチャモンつける常習犯のクズだったんだがな。今の霊もこの道の真ん中で車停めさせられた挙句、車外へ引っ張り出されたとこへ後続車が突っ込んで来てアボンよ」


 なんだか自分の悩みをわかってくれそうな人間に予期せず出会い、思わず興奮気味に詰め寄ってしまう美子に対して、男は文句を言いながらも、それでも意外と律儀に答えてくれる。


「だから、DQNが自分の悪行のせいで死ぬよりもヒドイ目に遭う方法をレクチャーしてやって、この世に残したやつのうらみをはらさせたってわけだ。ま、そんで心置きなく成仏できたんだから、俺が成仏させてやったと言えなくもねえな……っと通り過ぎるとこだったぜ」


 追いかける美子の方を振り返ることもなく、そう説明しながら先を急ぐ男だったが、銀行の前にさしかかると不意に方向転換してATMへ直行する。


「えっ……あ、ちょっと、どこへ……?」


「ヤスマエ ヒロミチ……へえ、そんな名前だったのか…って、クライアントの名前知らねえってのも考えもんだな。えっと、暗証番号は…………おし! 合ってたぜ。しかもけっこう入ってんじゃんか。ヤスマエさんよ、無事報酬はいただいた。領収書は……ま、渡しようねえからいいな」


 そして、またも慌ててその後を追う美子の目の前で、彼は拾ったサイフからキャッシュカードを取り出して差込口へ突っ込み、迷わず暗証番号を押してけっこうな額の札束を引き出してみせる。


「ええっ!? なんで暗証番号知ってるんですか!? ってか、拾ったものなのにそんなことしていいんですか!? ネコババじゃないですか!? …んぐっ!」


「ば、バカっ! 人聞きの悪ぃこと言うんじゃねえよ。これはさっき・・・の報酬だからいいんだよ」


 その予想外の行動に驚き、目を真ん丸くして大声を上げる美子に、男はその口を手で塞ぐと、周囲を気にしながら彼女に小声で言い聞かす。


 幸いATMコーナーに他の客はおらず、美子の失言は聞かれずにすんだようだ。


「このサイフはさっきの霊がはねられた時に吹っ飛ばされたものだ。怨霊ってのはな、怨みは強えくせにそのはらし方ってのをよくわかっちゃいねえ……そこで、その最適な方法を指導してやるのが俺の仕事だ。サイフの在処と暗証番号は、そのレクチャーしてやった礼に教えてもらったんだよ。つまりな、こいつはまっとうに働いて得た俺の金ってことだ」


「なるほどお……って、それじゃあ、かわいそうな霊の弱みにつけ込んでお金巻き上げてるってことじゃないですか! しかも、お経とか唱えて成仏させるんならまだしも、そんな、変なこと吹き込んで怨みはらすよう仕向けるだなんて……凄腕の霊能者かと思ってたのに幻滅です! げ・ん・め・つ!」


 手にした札束をひらひらさせながら、悪どい笑みを浮かべて屁理屈をこねる極悪な男に、美子は一瞬納得させられるも時間差でツッコミを入れて彼を強く非難する。


「ケッ…経なんざで強引に成仏させるのが霊のためか? それこそ生きてるもんのエゴってもんだぜ。やつらがいつまでも彷徨ってんのは、何もありがてえお経とやらで諭されたいからじゃねえ。やつらがいまだに留まってる原因は、この世に怨みを残してるせいなんだからな」


 だが、美子の非難を小バカにするように鼻で笑うと、男は言い淀むことなく彼女に反論する。


「それに、同じ見える・・・性質たちのてめえならわかんだろ? こんないつも霊が見えてたら、まっとうな仕事なんざできねえってことがよ」


「うっ……そ、それは……」


 続く男のその言葉に、美子は思わず口を噤んでしまう。それは、まさに彼女が先程考えていた自身の未来に対する不安そのものだ。


「だからよ、俺はこいつ・・・を仕事にしようと考えたわけだ。生きてるヤツに見せるのは初めてだが……ま、こういうもんだ。もしになりそうな霊見かけたら紹介してくれ。紹介料にフラペチーノの一杯でも奢ってやるぜ」


 そんな美子に、男は不敵に口元を歪めてそう告げると、懐から一枚の名刺を取り出して見せる。


 そこには「怨みコンサルタント 浦見晴太うらみはれた」と書かれていた。


「怨みコンサルタント…………」


 そのいかにも胡散臭い肩書に、美子は「こいつ、やっぱり最低のヤツだ……」と改めて思いながら白い眼を向ける。


 そして、一瞬でも尊敬の眼差しを向けたことを後悔するとともに、「もしかしたら、自分の生きる指針になるのではないか?」と無駄に期待を抱いた時間を返してほしいと心底思う。


「な、なんだよその眼は? なんか、軽蔑してるような思念を感じるぞ?」


「いえ、別に……」


 さすが、霊感あるだけあって気持ちをダイレクトに汲み取る男に、訊かれた美子は言葉とは裏腹に「そのとおりです」と心の中で呟く。


 その後、美子とこの極悪霊視能力者――浦見晴太とは奇妙な腐れ縁に導かれて数々の霊達を成仏させていくこととなるのであるが、それはまた別のお話……。


                          (怨恨サルタント 了)


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怨恨サルタント 平中なごん @HiranakaNagon

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