依頼
「浮かない顔してどうしましたか、ファースト様?」
ルミネットが椅子に座っている長官に言う。彼はため息をついて答える。
「…スペンサー管轄第4リブリ海底研究所から、緊急救難信号が届いてね。」
「う~ん…確か、そこにはお姉様たちがいたような…。」
「ああ、そうだ…。”Queen”達がそこにいる。」
ルミネットは不気味に微笑む。
「その様子を見ると…お姉様たちが問題を起こしたんですよね?全く…お姉様たちはお茶目なんですから…。」
「…何がお茶目だ。面倒なことだ。…結局こうなってしまうのか。赤髪君には再三、警告しておいたのだがな。」
ルミネットが机の前に立つ。
「…始末するんですか?でしたら、私が直々にお姉様たちをぶち殺し…。」
言葉を遮るように長官が言う。
「いや、君には私と来てもらいたいところがある。この仕事は…ノメリアに任せる。」
「…っ!…そうですか…残念です。」
笑顔を取り繕うルミネットだが、眉間には皺が寄っていた。長官は電話を手に取る。
「…私だ。」
「誰かと思えば、長官殿でしたか~…。」
「…緊急事態だ、ノメリア。」
「の割には落ち着いた口調だな。要件は?」
「極秘の案件だ。すぐに私の元に来い…要件はそこで話す。」
「了解しましたよ…長官殿。」
彼は電話を切る。そして、ルミネットの方を見て答える。
「というわけだ…。君は自室で休んでいろ。」
ルミネットは顔をしかめる。
「私にも聞かせないということですか?」
「別に大した話じゃない。気にするな。」
「…そうですか。フフ…貴方様なりの優しさってやつですか?」
「まあな。」
スペンサータワーの前にタクシーが一台止まる。
「あんがとさん。」
そう言ってノメリアは運転手に料金とチップをいくらか渡して降りる。髪をかき上げながら彼はタワーを見上げる。
「相変わらずでけえタワーだな…。野郎は最上階だったな。」
彼は受付を通り、エレベーターへと乗り込む。
「しかし…極秘の緊急案件ってなんだ…?そういう口調でもなかったが…。まあ、いいか。俺は与えられた任務をこなすだけだしな。」
そうしているうちに、エレベーターは最上階へと着く。彼は長い廊下を歩いていき、長官の待つ部屋へと入る。
「失礼しますよ、長官殿。」
「…ノックぐらいしろ。」
「細かいことはいいじゃないですか。緊急の案件なんですよね?」
ノメリアは真っすぐに来客用のソファーへと歩いていき、まるで自分の部屋でもあるかのようにくつろぎ始める。
「全く…この私の前で。君とルミネットぐらいだぞ?」
「いいじゃあないですか?俺と長官殿との仲ですし…そういえば、あの野郎はいないんですか?」
「まあな。別にいいだろう?」
「そうですね…。で、次の任務は何でしょうか?」
彼はテーブルの上に用意してあるウェルカムフルーツを頬張りながら聞く。
「海底研究所にいる”Queen”達を始末してきてほしい。」
「”Queen”…何ですか、それは?」
「“母”の遺伝子を導入して作られた見た目14歳程度の少女たちだ。暴走してしまってね。」
「“母”…?」
「私が赤髪蔵馬に作らせた実験体だ。」
(赤髪蔵馬…久しく聞く名前だな。)
「全部で6体いる…。兵器として作ったわけではないから、戦闘能力はそれほど高くはない。君なら楽に始末できるだろう。」
「ふ~ん…何のためにそんな少女を作ったんですか?」
「ああ、そうだ。一応彼女らはルミネットと同族だ。油断はするなよ。それと、彼女らに関する資料もすべて処分してほしい。」
(…普通に流したな、この野郎。)
ノメリアは大きく、長官に聞こえるように溜息をつく。
「はぁ~…。この俺に14の少女を殺せっていうんですか?」
「年齢など関係ないよ、ノメリア?これまで、私の命令でどれだけの人間を殺してきたか、覚えているかね?」
彼は一瞬だけ、長官から目をそらす。
「気が乗りませんな~…長官殿。」
「乗る乗らないは関係ない。」
「しかし、仮にも“同族”を始末する必要はないんじゃないか?」
「…“Queen“はよもや用無しだ。この計画にとって彼女らは十分に役目を果たした。…結果、彼女らは不適合者というものだったが。あの男が生かしてほしいと懇願したものだったから、条件付きで生かしていたが…。」
「彼女らの不祥事でことが変わったというわけか。」
「……彼女たちに一度会ったことがあってな。5年前くらいか…まだ培養液の中で眠っていた時だが。“母”の遺伝子の影響で彼女らの体は、一部変異していたが…美しく、華麗で…まるで人形のようだった。…ただ大人しく、人形のようにしていれば賢く生きれたものを…。」
「…。」
「…ノメリア。」
「ハーイ、ハイハイ…拒否するつもりはありませんよ。気が乗らないのは確かだが。」
「気が乗るようにしてやろうか?」
「…どういう意味で?」
「彼女らを抹殺し、関する資料をすべて処分する。…この簡単な任務を成功させれば、君の知りたがっている過去を…”W - 24”にまつわる思い出話をしてやろう。」
「な…!」
「気が乗ってきただろう、ノメリア?」
しばし呆気に取られていた彼だったが、すぐに気を持ち直す。
「…しかし、何故、”Queen”達は暴走を?」
「それは…。」
ばつが悪そうに長官は続ける。
「赤髪君に一人娘がいたことを覚えているか?」
「ン…あ、ああ。死んじまった娘のことか?それが?」
「私は”Queen”の研究が一通り済んだ後、彼女らを処分するように彼に命令していてね。ま、中々食い下がらなかったが。」
「な~るほど。情が移っちまったってわけか。死んだ娘と重ねちまったんだな、あいつは。あいつらしいっちゃあ、あいつらしいが。」
「予想通りと言えばそうだが。彼には悪いことをしたよ。」
ノメリアが高く笑う。
「ハハハハハ!!長官殿の口からそんなことが出るとはね!!」
「言っておけ…。」
彼は一呼吸置く。
「これはただの想像だが…赤髪君が彼女たちを思っていたように、彼女たちも彼のことを慕っていたはずだ。…赤髪君はずぼらなところがあってな、恐らく、昔の計画書を彼女たちの目に届くようなところに放置していたのだろう。彼女たちを最終的に処分する計画書をな。」
「…はぁ…それを”Queen”が見ちまったってわけか。」
「父と慕っていたものが自分たちを裏切っていたと知ればどうなるか。精神は幼い彼女たちだ、想像に難くはない。」
「…とすると、あいつははもう死んでいるということか。惜しい奴を亡くしたもんだな、ええ?」
「そうだな…。ああ、もう一つ頼みがある。」
「何ですかい?」
「研究所の生き残り…すべてを始末しろ。」
ノメリアは目を丸くする。
「…は?」
長官はノメリアの元へ歩み寄る。
「この件を外に漏らすわけにはいかないのでな。…研究所内には100人程度の人間が務めているが、”Queen”達のお陰で…まあ、君が直接手にかけるのはそんなにいないだろう。」
「お、おう…。安心していいのやら、悪いのやら…。」
「それと…”Queen”達はその先代の研究から再生能力が異常に高いことが分かっている。」
「”Queen”達の先代?」
「人と呼ぶにはかけ離れた肉塊だ。その肉塊にはなぜか、人間と同様の臓器も備わっていてだな…自立した生命活動をしていた。」
ノメリアはあまり興味なさげに聞く。
「ふ~ん…つまり、その肉塊は生きていたと?」
「ああ…そして、その全ては解剖の結果、子宮を持っていた…つまり、少女の成れの果てということだ。」
「…。」
「話が少しそれてしまったが、その肉塊には驚異的な再生能力があった。切り裂こうが、体の一部を欠損させようが傷は跡形もなく再生されてしまう…ある条件を除いてな。」
「それはなんです?」
「内臓だ。彼女らは内臓を完全に再生することはできない。」
ノメリアは鼻で笑う。
「案外、単純な弱点ですね。拍子抜けですよ。」
「そんなものでも、知っているのといないとでは大いに違うのだよ。」
「…それもそうですね、長官殿。」
そう言って彼は席を立ち、ドアの方へと向かう。
「期待してるぞ、ノメリア。詳細は君の端末に送っておく。」
「期待するだけ得ですからね~。」
長官の部屋を出たノメリアの口端は吊り上がり、不気味な笑顔をつくる。
(ついに…俺の記憶が…!俺の過去が分かる…!)
N. E. O. S オルトマン @Oltman_2
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