ゴア・ドール
金属を叩いたような鈍い音が響く。
「マジですか!?」
マリオネットの首の内は金属プレートで補強されていたのだ。エリーの振りかざしたナイフはそのプレートに阻まれ、マリオネットの首を落とすことができなかった。
「こいつら…改良されてやがる!」
エリーが怯んでいるすきに、もう一体のマリオネットが彼女めがけてプラズマブレードを振りかざす。ブレードが彼女を両断する寸前に、エリーは身を翻して避けるが、左腕を深く切り裂かれる。
「いったあああああ!!!」
「エリー!!怯むな距離を取れ!!」
血しぶきが上がり、エリーは激痛に左腕を押さえて怯んでしまう。そこに間髪入れずに、もう一体のマリオネットが彼女に切りかかる。
「エリー!!」
「クソがあああああ!!ぶち殺してやるうううう!!」
激高した彼女は後先考えなしに反撃にかかる。
「何やってる、逃げろ!!」
マリオネットのブレードがエリーの肌に触れるその瞬間、彼女の横を白い影が横切る。火花が散り、2体のマリオネットの首が宙へと舞い上がる。
「…え?」
エリーの前には白衣を着た中年の男が立っていた。男の右腕は白衣を突き破っており、青黒で異様なほどに筋肉質であり、その手には日本刀のような刀が握られている。右眼は赤く、その周辺は黒く膨れ上がっている。
「…あ、貴方は…!」
ブレイドは一瞬誰だか分からなかったが、男の顔を見てすぐに気づいた。男は残りのマリオネットの間、そして、ブレイドの横を瞬く間にすり抜け、セキュリティルームの前まで辿り着く。刀を鞘に納めると、男は言う。
「そいつらを押さえておいてくれ…。緊急システムを解除する。いいか?そいつらは合図があるまで殺す…。」
「この傷の報いを受けろー!!!」
男が話し終わる前に、エリーが残りのマリオネットたちに攻撃を仕掛けた。頭に血が上った彼女は首の切断が難しいと知ると、脳天からナイフを差し込んで金属プレートまで切り込んだ後、横に引き裂いて顔の半分を吹き飛ばしていった。
「エ、エリー!?」
残った半部の顔から脳みそを垂らしながら、マリオネットたちは地面へと倒れていく。
「お、思い知ったか…!!クズ共め!!!」
機能停止したマリオネットの体を踏みつけながら、罵声を浴びせる彼女を見て、2人は呆然とする。男ははっと我に返り、顔を押さえる。
「まずいことになった…!」
そして、男は急いでセキュリティルームへと走り込み端末を操作する。
「どういうことですか…?副長官から、死んだと聞かされたんですが。浅羽さん!」
白衣を着た中年の男は、死んだはずのRAS高官、浅羽総一郎であった。彼は端末を操作しながら、それに答える。
「聞きたいことはあるだろうが、それは後だ、ブレイド。かなりまずい状況になった…君のパートナーのお陰でな!」
「…何がまずいんですか?」
そこにエリーが左腕の傷を押さえながら入ってくる。新型として覚醒してから、彼女の傷の治りは非常に早くなっており、切り裂かれた傷は塞がりつつあった。
「知り合いですか…そのバケモノと?」
「…ああ…。」
その時、浅羽が端末を叩く。
「クソ!!間に合わなかったか!!」
彼が怒声を上げた瞬間、けたたましいサイレンが鳴り響く。
「え、何これ?」
「な、何が起きたんですか、浅羽さん!!」
『システム999発動。システム999発動。ゴア・ドールを起動。』
「…ゴア・ドール?」
真っ暗な部屋の中で光が灯る。培養カプセルの中で何かが多数のコードに繋がれ浮いている。注射器のような機械が培養器の中に伸び、その首の後ろに付いている機械に挿入される。
培養器の中で怪しく紅い眼が光る。培養液が排出されていき、強化ガラスが下りる。辺りを見渡してから、それは培養器からゆっくりと出る。背中に繋がれていたコードがブチブチと音を立てて外れていく。そして、それは猛スピードで走りだし、閉じていた扉を突き破って部屋の外へと駆け抜けていった。
「最悪だ…!」
頭を抱える浅羽にブレイドが言う。
「何が起きたんですか、浅羽さん!ゴア・ドールって何なんですか!?」
浅羽は鞘に納めていた刀を抜く。
「…防衛用生体兵器だが、スペックは戦闘に特化させたそれよりも格段に高い。Arti-Dino遺伝子…人工恐竜遺伝子を組み込んでできた兵器だ。」
「人工恐竜遺伝子!?」
「詳しい説明はゴア・ドールを倒した後だ…。もっとも、生き残れるかは分からな…。」
扉の方から黒い影が現れるのを浅羽の右眼が捉える。それは猛スピードでブレイドの方へと向かってくる。
浅羽は思い切り地面をけり上げ、ブレイドを庇いながらに黒い影に向かって刀を振る。しかし、刀の軌道を読んだようにそれは身を躱し、代わりに鋭い鉤爪が彼の左肩を掠める。
「く…!!」
さらに、鞭のようにしなった尾が浅羽の胸辺りに直撃する。
「ぐぶっ!!」
浅羽は後方へと吹き飛ばされる。彼はとっさに攻撃の一部を受け流したおかげで、致命傷には至らなかった。
「浅羽さん!?」
「気を抜くな、死ぬぞ!!」
ブレイドの眼前に鉤爪が迫る。彼はとっさにそれをブレードで防ぐ。あまりの力に体勢を大きく崩した彼に、さらに鉤爪が襲い掛かる。
「しまった…!!」
「させるか!!」
エリーが高速移動で現れ、ナイフで鉤爪を弾く。そして、すかさず拳銃を手に取り発砲する。弾は命中したものの、全て弾かれる。
「きいてない…!」
それは2人から大きく距離を取り、その姿を現す。
「何だ…こいつは…!!」
「これがさっき言ってたゴア・ドールとか言う奴ね?」
体はスリムで深い黒色。恐竜遺伝子を組み込んだというだけあって、指のうち3本には鋭い鉤爪がついており、長く強靭な尾も見受けられる。しかし、恐竜の特徴はそれだけであって、想像していた恐竜人間の様なものではなかった。
「“Gore”とは流血、血糊を意味する。」
浅羽は立ち上がり、刀を構えながら言う。
「血まみれ人形ということか…。」
「こいつが初めて起動されたのは数年前だが…。RASが米国、中東政府にコネを作るために、こいつは防衛用としてではなく戦闘用として起動され、一部のテロ組織の殲滅に使われた。現場の映像、写真は一部の高官のみに公開されたが…悲惨なものだったよ。現場は血と肉片、臓物まみれ。組織員は生きたまま食い殺され、あるいは鉤爪でバラバラにされていた。そして、戦地の真っただ中というのにこいつは傷一つなし…。ああいう死に方だけはしたくないと私は思ったね。」
ゴア・ドールは低く唸る。
「来るぞ…!」
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