捻くれた彼を更生させるのは難しい

bushom森

1ページ目 理想とは


 

 人という生き物は理想というものを常に追い求め続ける。


 それは現代の人々は勿論、昔から根強く考えられてきた、一種の欲求と言える。

 

 古代中国の学者、陶淵明とうえんめいの作品である桃花源記とうかげんきには、理想を表す『桃源郷とうげんきょう』という言葉がある。

 その地へ行こうと、もがいて、足掻あがいたとしても、辿り着くことはできない場所を指すらしい。

 

 他にも理想を表す言葉は古代からたくさんある。『ユートピア』なんていうのもそうだし、『アルカディア』や『エデン』だってそうだ。

 

 しかし、こんなにも理想を表す言葉がある中で、俺は『桃源郷』という言葉が一番しっくりきていた。

 

 この『桃源郷』というのは、暗に理想は結局のところ理想でしかなく、現実とは程遠く、ありえないものだと言っているのだ。


 俺はこの言葉を受け止めているし、理想を追っているやつらを見ると、どうしてそこまでがんばることができるのかといつも思わずにはいられなかった。

 別にそんな人たちを非難しているわけではない。

 

 ただ、分からないのだ。

 

 いじめをしないようにしようと小学生の頃は耳にタコができるほど聞いてきたが、実際にいじめをなくすことなんてできない。

 カーストが高い者は低い者たちをまるで道具のように扱い、いじめられていない者は、次は私の番かもしれないと怯え、嘆く。

 結局はいじめをなくすという理想は到底叶わない。

 

 現実にはたくさんの矛盾が存在するのだ。

 

 俺はそんなたくさんの撞着どうちゃくを肌に感じ、見聞きしてきたからこそ言える。

 

 現実と理想は違う____。


 理想を掲げ、どんなに上へ行こうとしたとしても、上には上がいる。

 

 だから、いつからか一生懸命に頑張ろうと思うことをやめた。

 

 無難に過ごし、何事もない平穏な日常。

 

 誰も得をしない、かといって誰も損もしない、そんな毎日を俺は送っていた。

 

  ☆ ☆ ☆

 

「みんな〜進級おめでとう!二年六組の担任をすることになりました、おかがきさいと言います。担当は英語よ。まぁ去年私が受け持った生徒もちらほらいるみたいだけどね」

 

「うぉーさいちゃーーん!」

 

 岡垣先生は二十代(?)で、たくさんの生徒から、特に男子の生徒から人気のある英語の先生らしい。年齢が生徒たちと近いこともあって、親しみを感じやすいっていうのもあるのかも。

 ただ二十代(?)といったのは正確には誰も分からないからである。どこか聞けない雰囲気というものがあるらしく、その雰囲気にあらがって聞こうものなら放課後の夕日が差し込む、ある教室で岡垣先生にしばかれるという噂があるらしい。めっちゃこわいじゃん。学校の七不思議か何かだろうか。

 

 遅れたが、俺の名前はあし直也なおや。担任の先生を見れば確実に当たりといえるこのクラスに転入することになった。

 

 ではなぜここまで岡垣先生のことを知っていたかというと、校長室で挨拶を済ませた後、道中、同級生と思われる子にいろいろと教えてもらったからである。決してナンパとかそういう類のものではない。……ほんとだからな?

 

「そして、今日から転校生がこの教室でみんなと一緒に授業をうけます!じゃあ芦屋くん、中へ入ってきなさーい」

 

 今まさに俺はこの教室へ入るためにドアに手をかけようとしていた。別に変な期待はしていない。

 アニメなんかでよく描かれる、転校生はかっこよく見える補正なんていうのは大嘘だ。そんなんでかっこよくみえるんだったら、男子の八割は転校するんじゃないだろうか?……まぁモテさせたいだけで息子を転校させたりしないだろうケド。

 

 扉を開ける。大して重さを感じさせず、やかましい音を立てることもなかった。

 

 堂々と教卓の前に行くつもりはない。黒板の端の辺りでいい。

 わざわざ教卓の前まで行ってしまうと、扉から教卓までいき生徒たちの方へ振り向くまでおよそ八秒。俺が今いる場所へと着く時間のおよそ二倍かかる。

 そのわずかだが、四秒の差というものを決してあなどってはいけない。

 二秒も無言の上、目で追われ注目される時間が増えるのだ。そんなの羞恥プレイでしかない!

 それよりは四秒短縮して早く適当に自己紹介を終わらせてしまった方がいい。

 

「どうも初めまして。芦屋直也と言います。鹿児島から転校してきました。仲良くできればいいなと思います。よろしくお願いします」

 

 当たり障りのないザ☆普通の挨拶。返ってくる拍手もまばらで一般的には転校デビューミスったぁ!ってやつかもしれない。

 しかし、そうした中でも熱い人物というものはいるようで、

 

「やぁ芦屋君、よろしくね」

 

 うん、爽やか系イケメソ。

 髪の色はすこし茶色がかっており、こちら側を不愉快にさせるような髪型でもなく、かといって、いい感じに着崩している。クラスに一人はいるリア充というやつ。

 

 俺が転校してきた学校であるしょうこう高校は特に校則が厳しいわけでもなくある程度奇抜な髪型でも認められるらしい。

 どうでもいいけど、照興高校って、『コウ』が三回も続くから何回言ったか分からなくなるな。

 略称は『ショウコウ』らしいが、どっちの『コウ』の字を当てるか派閥があるらしい。この情報、本当にどうでもよかった。あの人、何故こんなことまで俺に教えたのだろうか?

 

 あの茶髪イケメソが声を発するだけで、女子数名がウットリしていた。と、同時に近くにいたギャル系の女子が目をギラギラと光らせ、縄張りを主張するライオンのように辺りを睨んでいる。

 なるほど、やはりといってはなんだが、このクラスにもカースト制はあるらしい。

 カーストの真ん中ぐらいに入れたらいいなと願いつつ、俺は岡垣先生に指定された席へと向かう。

 

 おい、神よ。どうしてこの茶髪イケメソの隣に俺を配置した。げっ、早速あの女王様にロックオン……。

 俺はホモとかじゃないから、その親の仇でもみるような目で俺を見ないでくれ。いや、見ないでくださいお願いします。

 

「おお、隣だねって言うか、席が空いていたから君がここなのも想像つくか。俺はふくりょうすけ。サッカー部だ。改めてよろしくな」

 

「……お、おう。よろしく」

 

 お前が喋りかけてくればくるほど、女王様の目線がキツくなる。

 少しはその爽やかな笑顔だけではなく、周りに気を配れるよう頼みたいところ。

 

 そして、朝のSHR(ショートホームルーム)は終わり、次の学級の時間で全員の自己紹介をするそうだ。

 いや、先に全員の自己紹介ぐらいしろよ。ボッチとかインキャ、人見知りな人なんかをこの時間どう過ごさせるつもりだろう。ご愁傷様です。

 俺?俺は別にこうだから、ああなって、そうなるから大丈夫だ。

 

「ねぇ君君」

 

 つんつんと少し遠慮気味に肩を突かれた。

 振り返ると、先程俺にこの学校のいろんなことを教えてくれた桃がかった髪の少女が立っていた。

 同じクラスだったことに若干驚きつつも、早く終わらそうと気が滅入っていたからだろう、自己紹介してる時は全然気づかなかった。

 あー、でもヤケに福智以外にもニコニコしてたやついたな。コイツか。


「あたしのこと分かる?さっき校長室前での!あたしあさくらさくら!よろしくねー!」

 

「さっきはどうも。よろしく」

 

すると、彼女は、あははと笑い出し俺に指摘してくる。

 どこに笑う要素があったか全く分からなかったが、ほぼ初対面の人の前で急に笑い出すのはどうかと思うぞ。

 

「やっぱり、アー君面白い!なんかこう相手から一歩引いてる感じ?それでも話聞いてくれるところがいい!」

 

「それの何が面白いんだよ、ただ警戒してるだけのインキャってだけだろ」

 

 それにアー君って、あだ名で呼ぶの早いなこの人。

 パーソナルペナルティないタイプの人なのね。つまり俺の苦手なタイプ。

 

「アー君は自分で自分のことインキャっていうんだ、ウケる」

 

「お前のツボがよく分からないが……」

 

「分からなくていーよ!」

 

 たはーっと笑う朝倉。うん、全然分からないが、この少女、さっき俺に対して、一歩引いてるとか言ったな。

 そんな風に言われたのは初めてだし、そう思わせないように過ごしてきたつもりなんだが。

 

 もしかしたら、彼女は人を見る目があるのかもしれない。たまたまかもしれないが…、ちょっとこの人頭があれっぽいし。

 

「むっ。失礼なこと考えてたでしょアー君」

 

 前言撤回。人を見る目があるのではなく、ただのエスパーのようです。

 なんで考えてること分かるんだよ!

 

 そして、休憩時間も終わり、授業の始まり(授業といってもただのLHR)を告げるチャイムがなった__

 




 

 

 

 

 

 

 

 

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