超高校生日記

めんへらペンギン

第1話 変な奴。


春の強い風を自転車で切りながら、私は初めての通学路を行く。今日は高校の入学式だ。


浮かれてはいないが、かといって平常心でもない。たくさんの未知のものとの遭遇に身構えているのだ。それほど心は踊っていない。なんてひねくれたことを考えながら、校門をくぐる。


自転車を置いて校舎の方へ向かうと、クラスの発表が行われている。私の名前は朝日舞。自分の名前を見つけた後、同じクラスに興味深い名前を見つける。遊佐大輝。恋愛感情は全く持っていないのだが、彼がいるのはうれしい。暇つぶしの相手ができた。


彼とは小学校から一緒の学校にいるが、唯一同じクラスになった中学2年の時にしかまともに話したことがない。何かの委員が一緒で、その時話しただけだ。どこか遠くを見ているように話していて、それでもいつも彼の言うことには一理あるような気がしていた。ただ格好をつけて言っているわけではない。なんとなくそんな気がしていた。友達にはいないタイプなので、少し気になっているのだ。


退屈な入学式を終え、心のステップが収まったところで、教室に向かう。なんでも事務的なホームルームをして、今日は終わるらしい。


入学したての頃は、たいてい名前順に席につくものだ。クラス発表でも一番上に書かれていた私は、当然右の一番前に座る。遊佐という恵まれた苗字を持ったあいつは、左の窓際で妄想にふけっているようだ。


退屈なホームルームのあと、とりあえず担任は大丈夫そうだと思いながら、隣の席の明るそうな子に話しかける。連絡先くらいは交換しておこう。こういう明るい子を押さえておけば、たぶんなるようになる。案の定話しているうちに4人くらいの塊が形成されて、無事初日の仕事を終えた。ふと見るとまだ物思いにふけっている遊佐がいたので、話しかけにいってみる。これも初日の仕事だろう。


「遊佐、久しぶり。同じクラスだから、今年はよろしくね」

「ん、朝日か。いたんだね。そっか。よろしく」

「なんか考えてたの?ぼんやり外なんか見て」

「んー、さっきの校長の話」

「え、あんなのテンプレなんだからスルーすればいいじゃん。真面目に聞いて真面目に考えてたの?」

「うん。高校は価値観を形成するのに大事な時期だっていうから。いろんなものを真面目に聞かずにスルーしてたら偏った価値観になるでしょ」

「えー、そうかなぁ。考えるの疲れるしなぁ」

「疲れるって言っても、勝手にいろいろポンポン頭の中に浮かんでくるでしょ?それをぼんやり考えてただけだよ。途中で校庭広いなとか思いながらさ」

「私はそんなにポンポン出てこないな。これはいらないなって思ったら、いらないもん」

「ま、人それぞれなんじゃない?別に強要しようとは思わないよ」


やっぱり、なんか変な奴。



入学から数日、とりあえず確保した友達と通り一遍の自己紹介をしたり、カラオケに行ったり、私はそれなりに明るい学生生活を始めていた。そして最近1日1回は会話をしている遊佐の席までわざわざ出向き、今日も会話をしている。


「友達出来たの?」

「いや、できないけど」

「そんなんで大丈夫?テスト前とか大変じゃない?」

「テストは大丈夫でしょ。授業ちゃんと聞くし。というか、友達いないことの問題、そこ?打算的すぎない?もっと学生生活を謳歌できないとかそういうところじゃなくて?」

「いや、まぁ...そうだね。それは私もおかしいね。なんかあんまり世間的にいう学生生活を謳歌するってのに、正直あんまピンと来てなくて」

「そっか。僕は憧れるけどね」

「そうなの?意外」

「だってさ、知らない世界があるって怖いじゃない。中学校の時も、友達いなかったし。華やかな学生生活を知らないで大人になったら、ほら、価値観が偏るから」

「またその話?ってか遊佐も結局打算的じゃん。むしろそっちのほうがひどいよ。純粋に、友達と遊べたら楽しそうだなー、みたいな気持ち、ないの?」

「そもそも遊んだことないからわからない。朝日は、友達と遊んでて楽しい?」

「うーん、楽しいよ。楽しいけど、なんか、楽しいとは別」

「何言ってるの?」

「表面的には楽しいんだけど、深く楽しくはないっていうかさ。なんか、そんな感じ」

「ふーん。でも、知らないなりにはわかる気がするよ、それ」

「でも、深く楽しいってなんだろね」

「それがわかるのが高校生活なんじゃない?」


帰ってちょっと考えて思った。私も変な奴だ。



部活動の申請届が配られた。悩ましいところだ。小学校の頃はサッカークラブに所属する元気少女だった私には、それなりの運動能力があったので、高校から何を始めてもそれなりにはなるはずだった。中学の時は成り行きでバレーボールをしていたが、特に好きなわけでもない。部活動特有の熱血感というか、努力至上主義というか、なんかそういう感じも特に好きではない。だから適当に選んで熱血部に入ってしまうとちょっと困るし、かといって見学にたくさん行くのも面倒だ。どうしたものか。


「部活決めた?」

「ん、囲碁部かな」

「へぇー、やったことあるの?」

「ネット対戦では結構強いほうだよ」

「まぁ、イメージ通りではあるか」

「朝日は?部活」

「んー、決めてない。部活ってなー、なんだかなー。何か対象を決めて努力したいって、あんまり思えないんだよなー。囲碁だって努力しなきゃ上手くならないでしょ?努力ってしんどいでしょ?どうやってやる気出してるの?」

「そもそもしんどくないかな。囲碁って比較的自分の得意な分野だと思ってるから、楽にできるんだよね」

「へー、そういうもんか。私にはよくわかんないなー、その感覚。運動は得意だけど、きついし」

「得意っていうか、苦にならない分野かな。僕も勉強だいたいできるけど、勉強するのがきつい科目はあるし。できるできないじゃないんだろうね。朝日にとってのそういうものは、実は部活としてはなかったりするのかもね」

「絶妙に嫌味っぽくないのがむかつくね」

「勉強ができるって話?」

「そう」

「僕なりには配慮したほうだよ」

「ん、そうかもね。ありがとう」


私は帰宅部員になりそうだ。



私の唯一の趣味は音楽鑑賞だ。夜になったら部屋を暗くしてヘッドホンを装着する。そうして音楽の世界に浸るのが好きだ。


どうやら世間には2種類の音楽好きがいるようで、曲を聴くタイプと歌詞を聴くタイプだという。私は間違いなく後者で、一曲分、せいぜいが20行くらいの歌詞の中に込められた世界観と、それを表現しようとする歌声に楽しみを見出す。


ところで歌によれば、春は希望に満ちているらしい。さらには春は出会いの季節で、恋の季節らしい。これは大変だ。


「遊佐、春は恋の季節だよ」

「どうしたの?頭でもぶつけた?」

「遊佐は恋したことある?中学の時とか」

「…多分、ある。相手は言わないよ」

「えー?私?」

「断じて違う」

「…もうちょっとさぁ、それっぽいそぶりというかさぁ、なんかさぁ」

「僕がそういうキャラだと思う?」

「断じて違う」

「そうでしょ。朝日は恋したの?」

「私は一応孝仁と付き合ってたからなぁ。とりあえず恋っぽいことはしてたかな」

「孝仁って、川田?へぇ、そうなんだ」

「嘘!?知らなかったの?学年中みんな知ってると思ってた」

「それは自意識過剰だね」

「うるさい」

「川田とのそれは、恋っ「ぽい」ことなの?」

「んー、あっちから告られて、とりあえず顔もいいしOKしとけみたいな。でもそれって恋かな?って今思った」

「そうなると、僕もその人については外面しか知らなかったな。僕友達いないし」

「恋って外面じゃないのかなぁ。わかんないなぁ」

「それは僕もわからないな」

「ところでさ」

「なに?」


「そろそろ私のこと、友達にしてくれないかな」


「…そうだね。僕には友達がいる」

「よろしい」


変な奴が、変な友達になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超高校生日記 めんへらペンギン @saint-kiyoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る