第4話 結
校庭を爆走する由希。
その背中を響也は窓から眺めていた。
「……ごめん。由希ちゃん、君を傷つけるつもりはなかったんだ。でも、僕はどうしても約束を破れない。……いや、破りたくないんだ」
あの約束を交わしたのは僕が四歳の時、まだ物心ついたばかりの頃だった。
彼女はいつも僕に会うたびに声を掛けてくれた。
そしてある日、いつものように声を掛けてきた彼女はどこで習ったのか、こんなことを口にした。
「きょーや、私のお嫁さんになって」
「お嫁さん? それって大人にならないとなれないんじゃないかな?」
「うん。ママはハタチでなったって言ってた。ハタチってよくわかんないけど、私、きょーやのお嫁さんになりたいの」
彼女はいつもまっすぐで行動力があって素敵だった。
その時の彼女の瞳は本当に澄んでいて奇麗だった。
だから僕は――。
「わかった。じゃあ、
「うわーい。やったー」
彼女は飛び跳ねるように本当に無邪気に喜んだんだ。
だけど急にもじもじしだして。
「きょーや。お願い。この事は誰にも言わないで」
「恥ずかしいのかい?」
彼女は赤らめた頬を隠すように小さく頷いた。
「わかった。絶対誰にも言わないよ。ゆきちゃん」
あの日の事を由希ちゃんは忘れてしまっている。物心つく前だから仕方のないこと。
悲しいことだけど、約束は絶対だ。
あれは物心ついたときに祖母から聞いた言葉。
「響也。これから大切な事を言うからよくお聞き。お前の人生は始まったばかりだ。きっといろんな人との出会いがあるだろう。響也、お前が男なら、交わした約束は絶対に果たさないといけないよ。人と人を繋ぐのは約束。できない約束はしちゃいけないんだ。だけど、出来ると決めたらなら、とことんやるんだよ。それが全力で生きるって事さ」
だから僕は彼女との約束を全身全霊で守って見せる。
二十歳になったら由希ちゃんと結婚することも。
それまで絶対に誰にも言わないことも。
祖母に誓って。
と、新たに決意を胸に抱く響也の背中を、俺は見ていた。
本当にこいつらはどうしようもない。
俺だけが二人の事情を知っている。
物心ついた俺は家の近くの公園でぶらぶらと遊んでいた。
その日はうだるような猛暑日で俺はドーム状の遊具の陰で涼んでいた。
その時、聞いてしまったのだ。
二人のやり取りを。
やがて由希が去っていき、取り残された響也に俺は詰め寄った。
秘密にしたかった響也は俺に、絶対誰にも言わないように誓わせた。
俺は「ああわかった」とすんなりと引き下がった。
響也に嘘をついた。
だってこんな面白い話を黙っておく手はないだろう?
軽快な足取りで家路についた俺は、しかし、ばっちゃんに言われたんだ。
『あんたは口が軽い大人になっちゃあいけないよ。口の軽い奴は誰からも信用されない寂しい人間になっちまう。つらいことがあったら誰かに愚痴をこぼせばいい。悲しいことがあったら、誰かに受け止めてもらえばいい。だけどね、口が軽い奴にはつらい時、そばにいてくれるそんな誰かがいないのさ』
今でも思い出すと胸に染む。
あの頃の俺は浅はかだった。
だけど今はそうじゃない。
碇助は口がかたい。
そうみんなに言わせる程には。
そんな俺でさえも二人の様子を見ているとやきもきしてつい口にしたくなる。
お前ら婚約してんだからとっとと付き合っちまえと。
だけど言わない。
そうばっちゃんに誓ったから。
鳴無響也は義理がたい 和五夢 @wagomu
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