第3話 転



 そうか――、これは罰なんだ。




 私の中で膨らんでいたのはもはや純愛とは言えない。汚く醜い下衆な下心。


 だから、そんな罪深い私には彼に告白する権利すらない。



 そういうことでしょ……神様。




 そして魔法が解けるように時間の流れは元に戻った。




 おかしい――。


 痛みもない。

 私は頭を打ち付けたはず。


 もしかして死んじゃったのかな、私。



 そう思えたのは、光に包み込まれるような温かさが私を支えているような気がしたからだ。



「由希ちゃん。大丈夫? 怪我はないかい?」


 聞き間違うはずもない。

 彼の声を辿るように私は目を開いた。


「鳴無君……。どうして……」

「どうしてって、君がこけるのが見えたからさ。何とか間に合ってよかった」


 あの状態からどうやったら間に合うの⁉


 どうやら鳴無君の反射神経は私の予想を遥かに超えていたみたいで。



 そして私は改めて現状を認識する。


 鳴無君は片膝をつき、まるで眠り姫にキスをする王子のような体勢で私をやさしく支えてくれていた。



 ドキンッ。


 と心臓が跳ねた。


 全力疾走をしたそれとは違う胸の高鳴り。


 思わず言葉を失って、鳴無君の柔和な瞳に吸い込まれて……。



 ――いや、だめだ。ちゃんと伝えないとだめだ。



 それが歪に膨れ上がった物であっても、口に出さないと何も伝わらないじゃない!

 


「あ、あのね。鳴無君……」

「なんだい? 由希ちゃん」


 今も私の事を由希ちゃんと呼んでくれてる。

 約束したもんね。小さい時、下の名前で呼びあうって。


 私は結局恥ずかしくって、下の名前で呼べなくなっちゃったけど。



 はあ、やっぱりこの気持ちはもう抑えられないよ。



「私、鳴無君の事が好きなの! 婚約とかどうでもいいなんてそんな事やっぱり言えないよ。……だからお願い! 婚約を破棄して私を受け入れてっ!」



 時が止まったような沈黙。



 たった五秒にも満たない時間が、私にはとても長く感じられた。

 胸の奥が切なくて苦しくて、でもすがすがしい。


 この気持ちはいったい何だろう……。


 

 私は奇跡を信じたかった。

 

 それが私にだけ訪れるなんて、どう考えたってそんな虫のいい話はないことくらいバカな私にだってわかってる。


 でも信じたかった。私の人生でたった一度きりの奇跡を。

 私の神様はまだ死んでないって――。





「ごめん、由希ちゃん。約束を破るなんてことは僕にはできないよ」





 神は死んだ。

 はっきりとそう聞こえた。


 ああ、私の恋は終わったのかな。


 『わかった。ありがとう』の一言くらい返してあげるのがせめてもの礼儀なのかもしれない。


 でもそんな冷静さを保つ事は私にはできなくて――。



「うえええーん! 響也の……バカァッ!」



 気が付くと彼を突き飛ばして私は教室を出ていた。


 走って走って、靴を履き替えるのも忘れて、ただ、逃げるように走っていた。

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