異世界探偵=IQ50

プロキシマ

第1話 競歩2分


僕には、特技がある。


それはずばり、『推理』することだ。


ここに一冊の推理小説があったとして、

いやないのだが、

僕は最初の1ページ目から殺人事件の犯人を当てることができる。

まさに秒速、食べ物に例えるとチーターより少し速いくらいだ。


登場人物に関する記述を読んだだけですぐに犯人を言い当てることができるし、

実はそのあと真犯人が出てくるような劇的展開でも、多分大丈夫だ。

怪しい人を言い当てればいいのだから、こんなに簡単なことはない。

正解率は驚異の6パーセント、世界のジョブ○スもびっくりだ。


ということで、僕はその能力を最大限生かして、

知らない世界で探偵業を始めることにしたんだ。

どうだい?物語の導入としてはなかなかだろう。


最近は自己紹介が無駄に長いものが多いからね。わざと短く済ませてみたんだ。

そうなんだ。

決して言うことがほかに何も思い浮かばないわけではない。


ピ↓ンポォ↑ン


おっと来客だ。

僕の朝は忙しすぎるので、苦いが我慢して飲んでいるブラックコーヒーに手を付ける暇もない。

ふ、多忙な身は困るぜ。


机から立ち上がりざまに牛乳入りのコーヒーが入ったカップを肘にぶつけてスーツの下腹部をベチョベチョにしてから、玄関へ颯爽と来客者を迎えに行く。

おっと、髪をなびかせて、という表現を入れるのを忘れていたな。僕としたことが。


無いけど。


「ヘイマザー、ハロー・ワールド。コングラチュレーション」

(どちら様ですか?玄関は開いております)


カランカランコロォン、と音を立てて、玄関の扉が開いた。


そこには、およそ20代と思われる小綺麗な服を着た女性が顔をのぞかせているところだった。


『あ、あのぉ…探偵事務所さんとお伺いして来たのですがぁ…?』


「イエス、アイビリーブユー、コングラチュレーション」

(どうぞ、汚いですがお入りください)


『は、はぁ…』


ん?自己紹介はうまくいったはずだが、なぜかその女性は入ってこようとしない。

なぜだろうか。こんなに自己紹介がうまくいったのは2か月半ぶりくらいなのだが。


「オーレディー、カモンベイベーオブユー」

(どうぞ土足のままお入りください)


何か不審な面持ちで玄関の戸を閉めて入ってくる女性を長椅子まで誘導した。

なぜか彼女はつま先立ち歩きでそろそろと入ってきたのだが、理由は聞かないことにしよう。

きっと極度の潔癖症ピュアレルギニストなのだ。


彼女が小汚い赤色のソファに座ったところで、

僕は先に話を切り出した。


「今日はどんなご用で?」

(トゥデイラストナイトヘヴン?)


『その括弧いります?』

女性が聞いた。


「いや、いらないです」

即答した。


『あのぉ…というかここ本当に『探偵事務所トリプルアクセル』で合ってるんですよねぇ?』


僕は顔をしかめた。


確かにうちが探偵事務所トリプルアクセルだが、そんなことは外の看板にも書いてあったはずだ。


ちなみに看板が古くなっていて蛆(うじ)虫が湧いているが、たとえばそれは、古くなったパンにカビができたようなものだ。なのでよく分からないが、ただちに健康に問題はない。


「そうですよ、看板に書いてあったでしょう?」


『た、確かに書いてましたけどぉ…虫が湧いててよく見えなくて』


「そんなのムシすればいいんですよ、ハハハ」


『なんで下腹部が濡れてるんですか?』


「ハ?」


『いや、なんで服が濡れてるのかなぁ…って…』


「コーヒーをこぼしたからです」


『はぁ…』


何を当たり前のことを聞くのだこの女は。

アレか。

これが今流行りの当たり前新体操ってやつか。違うか。古いか。


「確かに、うちが探偵事務所トリプルアクセルですが」


『なんでトリプルアクセルなんですか?』


は?なんで???

なんでってなんで????


「そりゃぁ、ウチがプロ歴2年のスケーターも黙る有能探偵事務所だからですよ」


『なんで三回転半なんですか?』


「カッコいいじゃないですか、なんとなく」


『四回転でも良いですよねぇ』


「まあ、そうですね」


『四回転半は?』


「ねぇキミ用事何?」


そろそろ灰色の脳細胞がイライラして疼いてきたので強引に話を戻すことにした。

ちなみにスーツにかかったはずのコーヒーはそのままだ。


そこで、彼女はいやに真剣な顔つきになり、こう言った。


「―実は、主人が昨日何者かに殺されたんです」


「ほぉ…」


灰色の脳細胞が回転を始める。


余談だが少し古い型の洗濯機は、中のドラム缶的なアレが廻りはじめてからフル回転跳躍スピードに至るまでに、少し時間が掛かるそうだ。

その回転を眺めているのも乙ではあるが、何せ僕は多忙で忙しい身なので、いつもは10分くらい眺めるだけにとどめる。


徐々に回転を始めた脳細胞は、そのドラム缶的なアレのように、だんだんとフル回転に近づいていく。


ギュルギュルギュルギュル…そんな音がするようだ。

ギュルギュルギュルギュルギュル…

回転が早まり、フル回転に近づく。灰色の脳細胞が、スリープ状態から復帰する。

ギュルギュル…


「…………で、なんですって?」


『昨日主人が、何者かに殺されたんです』


「そう…」


『はい…』


彼女が言うには、昨日彼女の夫にあたる人物が、何者かによって命を奪われたらしい。


時刻は現在午前9時31分、この現場は探偵事務所トリプルアクセルだ。

それは状況証拠がすべてを物語っている、この濡れた下腹部だ。


いやそうではなくて、

彼女は今「殺された」と言ったのか。


殺された。

コロサレタ。


うーん。

う、うーん…


「えーと、警察へ行ってもらえます?」


『ケイサツ?』


あ、ヤベ。この世界には警察なるものが無いのだった。

市民を見守り世から悪を追い出して世界を統べるはずの警察が。


しかし、この僕としたことが、なぜか足が震えてしまっている?

これが落武者震いというものか。


「えぇっと…そういった本格的な事件はちょっと…」


『え……外の看板には、殺人事件、誘拐事件、強盗、失踪、浮気、猫探し、水道トラブル、腋毛テストならなんでもおまかせって書いてましたよね?』


「最後の何!?」

誰かが勝手に書いていったのか。

というか看板の蛆(うじ)虫はどうしたんだ。

よけたのか。

うわぁ…。


「分かりました。私も鬼ではありません。詳しく状況を聞かせてください」


『よ、良かった…力になってくれるんですね、ありがとうございます!』


そこで彼女は姿勢を正して、ゆっくりと話を始めた。


「事件が起きたのは、昨日の夜…





私は、いつものようにレファノトポリス草原へ経験値を稼ぎに行っていました。


朝主人と別れたのは5時20分頃で、それからレファノトポリスへアウトブレイクしたんです。


レファノトポリス草原にはユグドラオニオンという魔物や、ゴールドスレイムという魔物がよく徘徊しているので、経験値稼ぎにはジャストフィットネスしてるんです。


その地には、かのアルビネス卿が法典ローグネスチキンをもとに創立した宿屋ホテルがあります。

え?何ですか?口を挟まないでください。


私はレベルを4から92に引き上げたところで、引き上げることにしました。ややこしいですね。

だから何なんですか。今説明してるんだから黙っていてください。


そこで私は自宅に帰宅したのですが、家の明かりが消えていることに気が付きました。

私の建物は木造ですから、防犯のために日中でも明かりをつけることにしているんです。


しかしその日だけは、なぜか帰ってきたときに明かりが消えていました。

私は変だな、と思い、窓から中の様子をのぞいてみたんです。


ただ、窓は向こう側にカーテンが半分閉められていたので、少ししか中を見られませんでした。

しかし、半分でも充分でした。

夫の足と思われるものが見え、ちょうどその足元に血だまりができていたんです。


私はすぐに買い物袋をその場に放り投げて、玄関のカギを開けて、

中で倒れている夫のもとに駆け寄りました。


夫はすでに青い顔をして息をしておらず、

頭部には何かで殴られた跡のようなものがありました。


私はすぐケーサ…救急車を呼んで、そのあと夫の死亡が確認されました。


死因は確かに私の見た通り、何か鈍器のようなもので頭部を殴られたによる失血死で、現場にはトマトのヘタ的な何かが落ちていたようです。


ただ、現場にはそれ以外に犯人につながる証拠が全く残っておらず、指紋一つ無いようなのです。ですから、証拠がないということで、事故死という扱いになってしまいそうなんです。


それではあまりに主人が浮かばれなくて…。

だからここに相談に来たんです。


探偵さん、どうか主人を殺した犯人を突き止めてもらえませんか?






「ふぅ…」


僕は彼女の話を聞いてから一つ息をついた。


彼女の話はなんとなく分かった。

しかし、一つ気がかりなことがある。


いや、かなりある。


その一つは、彼女の顔には深い悲しみというかそういうものが一切感じられないという点だ。夫が殺されたというのに、おそらく涙すら一滴も流していないだろう。


そのまま温泉旅行とかディ◯ズニーにでも行きそうな勢いだ。

あり得るのだろうか、そんなこと。


しかし僕は敢えて、他の気になる点を聞くことにした。


「あなた様…いえ今は、レディ・シモーヌとお呼びしましょうか、シモーヌは、家から帰ってきたそのときに、窓からご主人の足を見て、そこに血だまりができていることに気が付き、死んでいると思ったのですね?」


『シモーヌじゃないです。私の名前はシマムラです』


「島村、あなたはそのタイミングで夫の死亡に気が付いたと」


『はい、確かに窓から夫の足が見えて、そこに血だまりができているのを見て、これは大変なことだ、と思ったんです』


「ほぉほぉ…」


話のつじつまとしてはおかしくはない。

きっと彼女は気が動転して、現場に自分の足跡が残ることすら気にも留めずに、玄関のカギを開けてすぐに遺体に駆け寄ったのだろう。


そこで彼女はすぐに救急車………

この世界、そもそも救急車があったのか……?

……まあ良い、救急車を呼んで、そのあと実際に死亡が確認された、と。


うーん。


わからん。


こうなれば、探偵がすることはただ一つ。


「ではシマーヌ、実際にその現場を見せてもらいましょうか」


『え、ここで推理してくれるんじゃないんですか?』


「僕は安楽死椅子探偵ではないのですよ」


『なんか多くないですか?』


「すまない、僕もうろ覚えなもので」


『ちなみに、IQっておいくつですか?』


「なんですか、藪からスティックに」


『この世界では、初対面の方にIQを尋ねるのが礼儀なのです』


「それが本当なら、最高に失礼な礼儀だと思いますね僕は」


『で、おいくつですか?』


聞き方がややこしいな。

さて、何と答えよう。


――いや、何を迷っているのだ。

僕は、灰色の脳細胞の持ち主なのだ。

だから、一瞬も迷わずこう答える。


「にひゃk…」


『あぁ、そういえばこの世界ではIQって低ければ低いほど頭が良いんですよねぇ。私もたまに忘れてしまうんですけど』


「ク、クククッ、50、だ……」


『えっ?』


「50」


『わあ、すごいですね!』


だろう、そうだろう。


下腹部は、まだ濡れている。


『では早速行きましょう。私の家はここから競歩2分です』













つづけ

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