「ちゃんと、生きていますか」
夕空心月
第1話
十歳の頃の自分から手紙が届いた。
妙に大人ぶった筆跡、たどたどしさの残る詩的な表現、久しく連絡を取っていない友人の名前、大分前に放送終了したテレビ番組の名前、好きだったアーティストの名前。一つ一つの言葉が、映写機のように目の前に記憶を映し出す。幼い頃の私は笑っている。今とは全く違う場所で、全く違う人たちと、全く違うものを抱えて。
「ちゃんと生きていますか」
手紙の最後にはそう書かれていた。
ごめん。ちゃんとなんて生きられていない。きっと貴方が想像していたような生き方なんてできていない。それでも、生憎私はこの年まで生き延びてしまった。貴方が想像できなかった、二十歳まで生きてしまった。
あの時死んでしまえばよかった、と思うことばかりだ。生まれなければよかった、と思う夜ばかりだ。失った数え切れないものたちは、あまりにも輝かしいものばかりだ。それでも、今日も目を覚ますと朝が来ていた。まだ生きている。そう思うのは何度目だろう。もう数えるのを諦めた。
あの頃と違うこと。もう、起きても甘いホットケーキの匂いは漂ってこないこと。布団の中で微睡んでいても、誰も起こしに来ないこと。自分が動かない限り、生活する音が聞こえてこないこと。朝の正義の味方には会えないこと。願っても、もう戻れない場所まで来てしまっているということ。
生んでくれてありがとう。
育ててくれてありがとう。
そんな言葉を親に送れるような大人になりたかった。
涙を流しながら書いた手紙を、私はゴミ箱に捨てた。
こんなはずじゃなかったんだよ、ママ。
私はもっと、ちゃんと生きるはずだったんだよ、ママ。
どうしてこうなってしまったんだろうね、ママ。
泣いても答えが帰ってくるわけではないのに、私はずっと泣いている。私は、迷子になったまま、ママの姿を見つけられないでいる。手を握れないまま、立ちすくんだままでいる。
暖かい記憶。ママの作るホットケーキ、お日様の匂いの布団、悪を倒すかっこいい正義の味方、洗濯機の回るリズミカルな音。もう戻れない日々。届かない記憶。全部私の想像で、そんなものなかったのではないかと思えるほど、遠い、遠い、あまりにも優しすぎる思い出。
ママ、私は二十歳になったよ。
私は、これからどこへ行くのだろう。
いつか遠くへ行くと決めている。けれどそれは今日ではないことを知っている。私はいつか自分が遠くへ行く日に残す、美しい遺書を遺すために生きている。こんな方法でしか生きる理由を見いだせなくてごめん。でも、こうすることでしか私は、生きていけない。
哀しい人だ、と笑いますか。
不幸に酔ってる、と笑いますか。
十年後の自分に手紙を書くなら、何と書くのだろう。
ちゃんと生きていますか、この問いかけに私は何と答えるのだろう。
こんな成人の日を過ごすことを、どうか、お許し下さい。
神様、今日は私を、見損なって下さい。
「ちゃんと、生きていますか」 夕空心月 @m_o__o_n
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