第四話 絶望少女に限定依頼と多額の借金!
なんでだ。なんでだ。なんでだ。なんで魔力がこんなに低いんだ。心が勝手に連呼する。シビルはテーブルの上をゴロゴロと転がる。ウエイトレスの人が何かを言っているが聞きたくない。シャルハート・ウィッチについた状態でしか覚えられない最上級魔法をぶっ放しててっきり有名人になれると夢見ていた。あちこちのパーティとかいうやつが誘ってくれるはずだった。だが現実は違った。これでは形だけすごいが、できることはただのそのへんのへっぽこ魔女と変わらない。これでも魔法学校時代は成績5位という結構すごい能力を持っていたのに。シビルが転がるごとにテーブルの足の付根がミシミシと苦し紛れに音を漏らした。
「お客様、テーブルの上に寝っ転がらないでください!」
なぜだろう。なにもかも恨めしく見える。店員さんはトレイを抱くように持っている。トレイに持ち上げられたその豊かな胸はシビルの恨めしい感情の後押しとなった。
「なんですかその胸は。ずいぶんとまあ豊かなことですね。そうですよ私なんてぺったんこですよ幼児体型ですよ」
ウエイトレスは顔を赤くし、さらにトレイを強く抱きしめた。可愛そうなトレイだ。苦しそうだ。今すぐにでも助けてやりたい。
「何を言っているんですか! というか早くテーブルから降りてください!」
シビルはゴロゴロと転がりそのまま床に落ちた。
「はいはい。落ちましたよ。どうせ私なんて床に落ちた食べかすと一緒ですよ」
シビルは得意のシャクトリムシ移動でウエイトレスの周りを這いずり回った。ウエイトレスの人は顔を青くして逃げ回る。顔がカラフルなやつだ。そうしているとカウンターからあの受付のお姉さんがあわてて何かを持ってシビルの方へと駆けつけた。
「お客様、これを差し上げますからどうか気を確かに!」
お姉さんが持ってきたのは杖だった。ずっしりとした珍しい金属製の杖。魔法陣も刻まれていて見るからに高価そうなものだった。酒場の中心のシャンデリアの光か日光下はさておき何らかの光が反射し輝く姿は今のシビルの目には嫌というほど魅惑的に写った。
「これはなんですか。これを振り回して戦士にでもなれっていうんですか?」
自慢のそこそこ高い力を思い出す。そしてへっと小さく笑う。どうせこれを杖として使うほどの魔力は自分にはない。そんな喪失感がよどんだ言葉を紡ぎ出す。
「まさか。これは魔力を使わずとも中等火炎魔法を放つことができるすぐれものですよ!」
シビルはヨイショと起き上がる。そして床に座り込んだ。
「そんなものをあなたが持っているんですか?」
「実はですね、王都から知り合いの魔術士が遊びに来たときに新しい杖を買ったからいらないといって私に押し付けてきたんですよ。でもあいにく私は冒険者ではありませんから使えませんし、だからといって売るのもあれだと思ってやり場に困ってたんです」
「私にくれて良いんですか?」
シビルは心にかかった濃霧がお姉さんの天使のようなスマイルによって晴れていくのを感じる。
「タダでとは言いませんよ! 実はあなたにしか出来ない冒険者向けの依頼があるんです」
二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。場はとたんに天使の救いから悪魔の契約へと変わり果てた。
「その依頼とは」
「その依頼とはですね……。街を出てすぐの洞窟に住むナメクジの魔物を倒してほしいのです」
「なんで私じゃなければ出来ないんですか」
「そのナメクジはですね、洞窟から這い出できて……洞窟付近に訪れた若い女性を後ろから襲いなんと!」
「なんと!」
「髪の毛を食べてしまうのです」
「はい?」
「髪の毛を食べてしまうのです。しかも若い女性がいなければそのナメクジは現れませんので男性パーティでは討伐できません。ですが女性の冒険者さんはそれを気持ち悪がって討伐に行ってくれないのです。ちょうどその洞窟周囲はゴブリンの密集地ですから若い女性がパーティに居るというだけで討伐に行けない冒険者さんがたくさんいるとゴブリン討伐が追いつかないのです」
まとめて話されたので話が耳元で渋滞を起きる。
「なるほどなるほど。それで私がナメクジを退治したらその杖をくれるということですか」
「そういうことです!」
お姉さんはニコっと笑った。二人は手を握り合う。
「いいです。この元スカーレット族魔法学校成績五位の大魔女、シビル・オーウェン様がその依頼受けましょう!」
「契約成立ですね!」
シビルは勢いよく立ち上がった。
「では討伐が完了しましたらご報告ください! 討伐記録は能力紙に記録されますのでお気になさらず」
手を振るお姉さんを後ろにし、シビルはテリーとマッチョおじさんの待つテーブルへと歩いていった。
二人はちゃっかりお酒なんて飲んでいた。
「やあやあダメ魔女、御機嫌いかがかな?」
テリーは相変わらずイラつくやつだ。
「嬢ちゃん、その杖はどうした?」
マッチョおじさんグレイグはすっかりテリーと仲良くなっているようだった。
「もらってきました。あとテリー、依頼受けてきたよ」
「なに勝手にさっそく依頼受けてきてるんだよ。ていうかもらったってなんだお前のことだどうせ盗んできたとかじゃないのか?」
この使い魔はとことん主に対して忠実じゃない。だが今のテリーは傍から見たら普通の冒険者、あんまり今までみたいに横柄な事も言えなかった。
「そんなわけ無いでしょ。この杖と引き換えに登録カウンターのお姉さんから依頼を受けてきたの!」
「んでその依頼の期限っていつまでだよ。俺はまだ武器も何も持ってないんだぜ。準備に一日くらいかかるだろ」
「……聞いてない」
シビルはぽかんとして答えた。というかそもそも期限があるなんて初めて知った。
「依頼の期限なら能力紙に勝手に書き込まれるぜ」
グレイグの言うがままにシビルは能力紙を見る。大量の数値情報が羅列する部分とは少し離れたところに依頼の欄が設けられていた。そこには依頼の名前が書かれていた。その名前を指でなぞると文字がいくつも浮かび上がってくる。
「……あした」
「おまえふざけんなよ……」
テリーは何故か拳を握っている。殴るのか。こんないたいけな少女をもっと年上の少年が殴ったりしたらそれこそ批判の嵐だぞ、と心の奥で挑発してみる。拳はこちらへ来ようか来ないかジレンマが生じているように震えていた。
「どうすんだよ、一人で行くか? 行ってみろ魔物に食われておしまいだアホ」
「アホじゃない!」
言い合いをする二人の後ろでグレイグは柱にかけられた大きな時計を眺めていた。
「まだ武器屋に行くくらいなら時間があるぜ? 行くか?」
「でも私達お金持ってないです」
シビルはその場で飛び跳ねる。金属の音はしない。ただ三角帽子の先がゆらゆらと揺れる。つまり金銭がないことを身をもって証明している。
「気にすんな。武器屋の親父とは仲がいいからツケにするくらいできるてーの」
マッチョおじさんは豪快に笑った。
シビルは思った。このおじさんは何者なんだろうと。これだけテリーと仲良くなっているんだ。きっと悪い人じゃない。ただこの人は恐ろしいカリスマ性をうちに秘めている。そんな気がしてならない。
三人は酒場を出て通りを少し進んでいった。飲食店の前を通り過ぎる。テラス席で客の口内へと放り込まれていく豪快な肉。店に収まりきずに溢れ出てきた魅惑的な匂い。歩く軌道がだんだんそれていこうとするが案の定テリーに軌道修正される。さらに進むと剣と斧が交わる絵の描かれた木製の看板が目立つ物々しい雰囲気の店が姿を表した。
「着いたぞ。ここだ」
グレイグは扉を開けて薄暗がりへと踏み入る。それについていくシビルとテリー。店内は埃っぽく喉が不快感を訴えた。店内には多種多様な武器が台に置かれたり壁にかけられたりして陳列している。武器に着いている値札は皆1万ウェートより高い金額が書かれていた。
「おいジョナサン! いるかー!」
グレイグは誰かの名前を呼ぶ。すると奥からススだらけの小太りのおじさんが奥と店とを隔てるのれんをくぐり抜けてきた。奥にはもう一人分の人影が見えておりどうやらシビルよりも少々年上と思われる少女。彼女は奥からグレイグに手を振っているがこちらに来る気配はない。というかこの筋肉、どれだけ人望が厚いのだろうか。
「なんだいね、マッスル神父」
立派なひげをたくわえたその男は近くにいる筋肉のことを神父と呼んだ。神父。うん神父。うんうん神父。
「……グレイグさん神父さんだったんですかー!」
グレイグはまたその反応かという感じで
「そうだが」
と答えた。テリーは驚く素振りを全くと言っていいほど見せないからするに、もうすでに聞いているのだろう。
「こいつが神父らしくないのはいつものことだぜ」
ジョナサンと呼ばれる男はハッハッハと腰に手を当てて笑っている。
「ジョナサン、この少年に片手剣一本売ってやってくれ。腕力がねーみたいだから軽いやつで頼む」
グレイグがそう言うとジョナサンは壁にかかった剣を観覧、その後白銀色をした細身の剣を一本壁から取り上げ、テリーに渡した。
「坊主、これなんてどうだ?」
テリーは軽くその剣を振ってみせた。まだ手付きがおぼつかない。揺れる刀身はシビルの眼の前をすこぶる速く通り過ぎていった。まるで本当に斬りかかられたかのような恐怖に全身の筋肉が締め付け合う。
「あぶない」
「すごい軽い」
刀身に映る自分の姿を見つめるテリー。
「無視するな」
「そりゃあたりまえだ。こいつは竜の骨削ってできてんだから。頑丈で軽くそして鋭い逸品よ」
ジョナサンは自慢げに鼻下をこすった。シビルの話は誰ひとりとして聞いていなかった。皆テリーの持つ剣の魅力にとりつかれたように目をキラキラと輝かせている。シビルはちょっとすねた気分でその剣があった場所を見てみた。値札には五と丸が四つ付いていた。
「ジョナサン、こいつら今金がねーんだとよ。ツケでいいか」
「お前さんとは長い付き合いだ。良いぜ別によ」
マッチョと小太りは勝手に契約成立していた。ジョナサンはその剣は鞘に丁寧にしまいテリーに手渡す。そしていつの間にか流れでことを運ばれ三人は店の前に立ちつくしていた。
「ねえ二人共、……あの剣、ご、五万ウェートだって……」
シビルは新しい剣を眺めテンションが上がっている二人の前で小さな声で言った。
「……。」と沈黙するテリー。
「……。」やらかした、といったような筋肉。
「……どうするんだよグレイグさん!」
テリーは手元の剣をグレイグの前に突き出した。
「そ、そんな金すぐ貯まるってーの。冒険者って結構儲かるんだぜ」
シビルとテリーは二人揃って深いため息を付いた。
「まあ、あれだ。すまん代わりになにかしてやるから許してくれ!」
ダメ魔女っ娘に使い魔とやり直し! KuKu @C_Tracy
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