第三話 冒険者志望にステータスと筋肉おじさん!

 街の広場、太陽は北の空に上がっている。人で賑わう広場、そこに二人は突如として現れた。周囲の人は二度見、三度見、四度見くらいした。

「着いたのか?」

右を向くとカラーリングはそう変わらないものの、前のものに比べずいぶんとチープなローブと三角帽子を身にまとった少女が立っていた。あの大魔女感はないに等しい。

「ん? ……あんた誰ですか?」

シビルはこちらを振り向いた。そしてなぜか口調は他人に対していつも使っている丁寧語。

「いや俺テリー。お前の使い魔の黒猫」

「そんなバカなこと信じられると思いますか?」

疑り深くこちらを見つめてくる。

「何言ってんだ? そもそもお前の名前知ってる時点で他人じゃないだろ」

そういえばなんか視線がいつもより高い気がする。今まではずっとシビルの顔を見上げていたはずなのに今は三角帽子のつばに顔が隠れてあの緋色の瞳も半分しか見えなかった。

「それもそうだね……。じゃああんたは本物のテリーで、成功ってことで考えていいのかな?」

シビルの声がだんだん弱々しくなっていく。

「何がだ?」

「人間になるの……」

シビルはぎりぎり聞き取れるくらい小さな声でぼそっと呟く。テリーは自分の手やその他諸々を見る。自分は大きめのベルトのついた黒外套に身を包んだ特徴のない少年だった。そういえば体の感覚がいまいちしっくりこない。

「ほんとに人間になってやがる……。で、なんでお前は泣いてるんだよ!」

シビルは目から溢れる涙を細い指で拭っていた。

「私の見た目だけは可愛い黒猫が、こんないまいちパッとしない少年になっちゃった……」

なんか勝手に唇を噛み締めこちらを見ている。困る。ところどころ散りばめられた悪口が心にちょっかいを出している。

「見た目だけとはなんだ! いまいちパッとしないとはなんだ! まあ安心しろ、半日は前の姿に戻るらしいじゃねーかよ」

シビルは泣き止まない。

「こんなやつだと思ったら全く可愛くない……」

しゃくりあげた声に妙な罪悪感を押し付けられる。無論悪いことをした覚えはない。

「あらやだあの人、あんな小さい女の子を泣かせてるわ」

おばさん方が丸聞こえな声で聞こえなひそひそ話をしていた。ことの運びように困った。とりあえず理不尽にも悪者扱いされているこの状況を離脱せねば。

「よ、よし! とりあえず酒場を探そう。冒険者の集まる場所といえば酒場だ。というか魔物討伐の依頼とかも全部そこで受けられる。邪神討伐の第一歩! 俺はスウェントの酒場で餌もらってたからわかる」

 困ったときの話題転換だ。テリーはこうなる前の知識を振り絞る。

「じゃあ行こっか! ちゃっちゃと邪神なんてやっつけてまただらだら過ごしたいもん! それで酒場ってどこ?」

ケロッと表情を変えてシビルは聞いてきた。ほんとに何を考えているのか予想がつかない。話していてものすごい疲れる。もうこいつが邪神と話せば邪神が戸惑って動かなくなるとも思える。

「知るか。てかそもそもどこだよこの街」

 二人が立ちほうけているとマッチョなおじさんがおばさん達と挨拶をしながらにこやかに近づいてきた。すごくムキムキしている大男だ。絶対に見た目だけで言えば関わらないほうが良い人、だが人を見た目で判断するのは良くないという。事実、無愛想な爺さんとかのほうがよく餌をくれたという経験談もある。だがこの人はそういうレベルに収まらない程の危険な空気を当たり一面に散布していた。

「おい君たち、冒険者志望かい?」

筋肉をあえて見せつけるような鎧を装備ている。冒険者ならばおそらく重戦士、ヘヴィアーマーの類と見える。

「そ、そうですけど」

シビルは警戒気味に答えた。

「そーかそーか、いやいや近頃この広場に右も左も分からないような冒険者志望がよく現れるからよ。俺は案内を買って出てるグレイグちゅうもんだ!」

グレイグと名乗る筋肉は胴体と目に見えた太い筋で結びつく肩をおもむろにまわす。

「で、その……グレイグさんはなんのようで私達に声をかけたんですか?」

「いやー、その現れる冒険者志望ってのがみんなまるっきりなんにも知らないし、わけのわからないことばかり言うやつばかりだから誰も関わろうとしねーんだ。んで困ってることがよくあるんだよ。俺は困ってる人を見逃せない質でな。お前らはそういうのじゃないかって思って声かけたってわけよ」

気さくな調子と豪快な声が似合わない。外見とは完全に正反対でとても優しそうな人だったもののやはり筋肉の主張は激しい。

「まあたしかに。一応酒場を探してますが」

シビルはずり落ち気味だった三角帽子をしっかりとかぶり直した。いつも丁寧語でまともそうに振る舞っているのになぜ自分にだけはあんなんなんだとテリーは思う。

「酒場ならこっちだぜ! 着いてこいよ。ただそっちの少年はともかく嬢ちゃんみたいな小さい女の子が立ち寄るような店じゃないと思うぜ?」

手を招くような合図をして男は歩き出した。ずいぶんとまあ勝手に話を進めてくれた。だがいまは確かに右も左も分からず困っていた。二人はありがたく慎重に筋肉のあとについてあるき出す。グレイグと名乗る男が通りを歩くと皆が皆挨拶をしている。その様子から察するに街の人からはよく知られているのだろう。

「ほんとについていくのか?」

テリーは半信半疑でシビルに尋ねる。もちろんグレイグには聞こえないように小さな声で。

「別に悪い人じゃなさそうだし、今頼れる人がいないのは事実だし」

 そんな話をしながら歩いているとマッチョおじさんが話しかけてきた。

「そういやお前ら、どこの出身だ? 最近現れる奴らはよ、ニホンだの何だのってきいたことない地名を言うんだが」

「緋色の村です」

シビルは控えめにつぶやいた。テリーはその会話を聞きながら無言で街を見渡す。スウェントとは建物の作りもまるで違っていて新鮮だった。

「おいまじかよ! そんな遠くから……まあ知ってる地名で安心したよ。ってことはまさか嬢ちゃんスカーレット族の魔術士か?」

どうやら相当に驚いているようで声のトーンが上がっている。あと筋肉が元気そうに動いている。

「ま、まあ一応そうですが……」

「まっさかこの南端の街で北端の村に住むスカーレット族に会えるとはな」

南端の街とはどこなのだろう。そういえば街の様子変わってきた。先程までは似通った建築の並ぶ住宅街だったがこの道は簡易的な露店が立ち並んでいる。人通りも多く賑わっていた。屋外市だろうか。露店には大きなトカゲが丸焼きになったものや見慣れない野菜がたくさん並んでいる。

「グレイグさん、ここってなんて街ですか?」

会話が滞っていたのを良いことにテリーは話に入り込んだ。

「ん? カーラだが、街の入口に書いてあるはずなんだけどな」

不思議だというようにグレイグは頭を掻く。

「いやー俺たち転移魔法で吹っ飛んできたもんだから表示を見てないんですよ」

テリーは軽い調子でお茶を濁した。不自然な気はするが多分大丈夫だと思われる。グレイグいはく、もっとおかしな奴らばかり来ているみたいだから。

 しばらく行くとマッチョおじさんグレイグは一つの建物の前で立ち止まり腕を突き出して止まれと合図した。

「ヒーハー!」

見るからにヤバい男たち、目の前の筋肉よりも遥かに危険な香りを漂わせる男たちが扉を蹴りあけて外へと吹き出すように飛び出てくる。シビルとテリーは思わず一歩後ろへ下がった。酔っ払っているようで彼らはバランスを崩しそのまま重なって倒れた。

「おいお前ら、何昼間っから飲んだくれてんだ。ゴブリン退治はどうした?」

「オ、オヤッサン! すんません今から行ってきます!」

筋肉がそう言うと男たちはあっという間にどこかへと走り去っていった。グレイグはやれやれと言った様子で首を横に振っている。一体何者なんだこのマッチョおじさんは。このヤバそうな奴らも従ってしまうなんて相当熟練の冒険者か何かだろうか。

「アイツらはああ見えてこの街でも結構腕のある冒険者なんだぜ?」

 マッチョおじさんに連れられて建物に入った。そこには外から見た見た目以上に広い空間が広がっている。酒場であるにもかかわらず飲食物のカウンターは一角に過ぎなかった。掲示板や謎のカウンター、その他諸々とまるで冒険者のための施設をかき集めたようなところ。木製のテーブルがキチンと整えられて沢山並んでおり、昼間だと言うのにウエイトレスの人や多種多様な装備を身にまとった冒険者たちで賑わっていた。

「この街の冒険者登録はあっちのカウンターでできるぜ! そんな遠くから旅してきたくらいだから能力紙は持ってるだろ? それ見せりゃすぐだ」

「なんですかそれは?」

シビルは速攻で答えた。怪しまれないよう演技しようとかそういうことは全く考えないのだろうか。

「知らねーのかよ。緋色の村にだって発行できる場所あるだろ?」

「私は魔法学校生だったしまだこんな幼い子供なので知らないです」

グレイグは鼻でフンと笑った。どういう意図かは判断しかねる。

「まあ説明はカウンターでしてくれるから聞いてみろ。能力紙発行は一人三〇〇ウェートだから忘れんなよ」

筋肉は入り口からそう離れていないテーブル席に腰掛けた。

「ねえテリーお金持ってる?」

「持ってねーけど」

その会話を聞いたグレイグはやれやれと言った様子だ。

「お前ら金なしでどうやってここまで来たんだよほんと。中途半端すぎて、むしろあのなんにもわかってない奴らよりわかりづれーじゃねーか。ほらよ!」

グレイグは硬貨六枚を放ってきた。ところどころ錆びついて変色してはいるもののよく見慣れた一〇〇ウェート硬貨だった。

「ありがとう、ございます」

テリーはおどおどした様子でそれ受け取る。

「これくらい当然ってことよ。あと別に敬語じゃなくても良いぜ?」

 登録カウンターと書かれた窓口にきた。

「いらっしゃいませ。冒険者登録なら能力紙の提示を、能力紙の発行なら手数料三〇〇ウェートになります」

受付のお姉さんは丁寧な態度でカウンターの上に置かれた紙を指さしている。それから天使のようで悪魔に最も近しい営業スマイルを振る舞ってきた。このカウンターは金銭取引が主でなく事務用のようだから、このお姉さんはどこから移転でもしてきた可能性が高い。

「その能力紙の発行というやつでお願いします。ところで能力紙ってなんですか?」

テリーが話に入る間もなくシビルが勝手に話を進めていった。

「その人の能力、冒険者ランクを数値化したもの〈ステータス〉や、使用可能な技、魔法、現在の職業など諸事項をまとめた紙で魔道具の一種ですね。こちらの羽ペンとこの紙をお持ちになって行動していただければ勝手に情報が記入されていきます。いろいろなところでご活用いただけますが、王都で配備された冒険者制度に登録するためには必須ですよ!」

実物を見せながらお姉さんは丁寧に教えてくれる。そんな仕組みがあるとは知らなかった。テリーは手に持った六枚の硬貨をカウンターの上におく。硬貨は雪崩れるようにテリーの手のひらから離れていった。

「それではこちらにこの羽ペンでご記名ください。そうすれば自然とあとは羽ペンが勝手に記入してくださいますよ――」

お姉さんは紙と羽ペンをそれぞれに手渡ししてくれ、丁寧に説明を続けている。二人はまだお姉さんが話しているのにぱっぱと名前を書いてしまった。

「ちょっとくすぐったいですが」

「はい?」

シビルがそう言いながら顔を上げたときだった。羽ペンはシビルの手を飛び出した。そしてまっすぐにシビルに突撃する。間もなくシビルをくすぐりだした。その様子を見て気づいたときにはすでにテリーのの羽ペンも手を飛び出していた。

「ぎゃー! ははは!」

「ぎゃーあああ!」

二人は床を転がりまわる。

「いよっ! 新人!」

テーブルに座る冒険者の一人がやじを飛ばしてきた。酒場にいた人たちはみな、見慣れた様子で微笑んでいる。何だこのシステムは。なんだこの酒場にいる奴らは。これは恒例行事か何かになっているのか。

 ……終わった。二人は起き上がった。そして紙を見た。その紙には知らぬ間にいろいろなことが書かれていたが、情報量が多く一見しただけでは内容が頭に入ってこない。

「皆さん経験していますので……」

お姉さんは苦笑い。それからまずシビルの能力紙を見た。

「シビル・オーウェンさん。すでにシャルハート・ウィッチの職についていましたか。ということはスカーレット族の方ですね。流石、知力がずば抜けて高いです! すでにかなりの魔法を覚えていらっしゃるようですしどんな魔法もすばやく覚えられますね。あとは力もその体格と職のわりにはお高い。扱える杖の幅は広いですよ!」

シビルはそれを聞いて誇らしげだった。

「……ですが残念なことに魔力が極めて低いです」

「えっ……」

シビルの表情が明かりを消した部屋のように暗くなる。

「これは魔法使いにとって致命的ですよ。あなたの覚えている魔法の中で使えるのは初等魔法が三回、もしくは中等魔法が一回が限界ですね」

シビルは自分の能力紙を見ながらガクガクとしている。多分絶望しまくっているのだろう。お姉さんは焦って付け加えるように言った。

「大丈夫ですよ! ランクが上がれば自然と魔力も上がっていきますから!」

シビルは無言で能力紙と羽ペンを掴み取りスタスタと歩いていった。そして椅子に座った。体育座りしている。そして魂が抜けたかのように真っ白になっている。

「えっ、えーとお次は、テリー・オーウェンさん。ご兄弟さんですか?」

「あ、いやそのまあそんなやつです」

ふいうちに少し動揺する。そういえば何も考えずに書いてしまった。基本的に使い魔の姓は省略されるが事実上は主と同じになると聞いていたから。

「あなたは……すごく普通のステータスですね。全て平均より少し上くらいでしょうか。ただ力と知力が弱いですね。あと、なんの職にも着いていないようです。俊敏性が少々高いのでそれを生かして剣士がおすすめでしょうか? とはいっても力が弱いので片手剣を両手で持つような形か短剣を扱うことになりそうです」

嬉しくもないし悲しくもない微妙な評価をもらった。

「ありがとうございます。ついでに冒険者登録もお願いします」

「承りました! ご提示は先程ので結構ですのでどうぞごゆっくり」

とりあえずグレイグの待つテーブルに戻ろう。落ち込んでいるシビルはとりあえず放っておこう。そのうちまたケロっとした様子で戻ってくる。と思う。絶望の塊の横を通ると、

「世界を構築する我らが偉大なる炎よ。その役目は時には命を守る盾となり時には命を刈り取る刃ともなる。汝の役目はそう破壊。地獄より溢れ出す紅蓮の炎よ今……」

シビルは最上級炎魔法の詠唱を途中までしていた。だが途中でシビルの目の前でぽんと煙が出てそのまま終わってしまった。この魔法、あの女神の転生もどきの前は普通に使えていた。だが今の魔法はいろいろと残念な感じだった。

 テリーはグレイグの座る席の反対側に座った。

「おうよ、どうだった?」

テリーは能力紙をグレイグに渡す。グレイグはそれを顎に手を添えながら眺めた。

「特に珍しくもねえステータスだな。そういやお前テリーってのか」

「俺まだ名乗ってなかったっけ?」

「ああ。んであっちの嬢ちゃんはどうしてあんなことになってるんだ?」

二人はテーブルの上に寝っ転がって干物になっているシビルの方を見る。ウエイトレスの人がすぐ横で戸惑いながら話しかけているがシビルは全く耳を傾けようとしていなかった。

「いろいろあってあいつ、前は魔力が高かったんだけどいまステータスを測ったらすっごい低くなってたんだ」

「ステータスが下がるなんて珍しいこともあるんだな。冒険者ランクで上がっていく一方だろ普通? まあランクの概念なしで強くなったり弱くなったりする奴らもいると思うと世の中広いって改めて思い知らされるよ」

「冒険者ランクで能力が上がったりするのか?」

「ああ、するとも。邪神の手下である魔物を倒すことで最高神ブラッド様のご加護が与えられるんだよ。それを数値化したのが冒険者ランクだ。そんで冒険者達はもともと持っていた能力以上の力を引き出せるってわけよ」

グレイグはいつの間にか注文していた飲み物をすすっている。なるほどとテリーは納得した。何気に初耳な知識だった。

「そういえばグレイグさんは冒険者なのか?」

「俺か? 一応冒険者だけど本業は別だな」

この筋肉、きっと本業は凄腕の鍛冶屋とかなのだろう。

「ちなみに冒険者としての方の職は?」

「プリーストだ」

グレイグは何躊躇なく言った。

「本業は?」

「この街の教会の神父だけど……」

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