EPILOGUE  向こう側


 あの後、グローブとレンゲの前にツルバキアがひょっこりと現われた。


「やぁ、お疲れ様」

「ツルバキア!?」


 そろそろ、日が昇る平原にて、突然の登場にグローブは驚くレンゲを背後に回して警戒する。

 そんな二人を前に、ツルバキアは息を吐いた後、頭を下げる。


「まずは色々とごめんね、二人とも」

「は?」

「え?」


 突然の謝罪にグローブとレンゲは揃って困惑した。

 混乱する二人を前にツルバキアは事の顛末を全て話す。

 最初にレンゲがいた施設を襲ったのが自分であったことや、その理由が余命の少なったグローブを助けるためだったこと。それらを隠し、欺き、騙して自分の想う様に動かした後、洗いざらい喋ったのだ。


「…………わかった。色々と迷惑をかけたな」


 ツルバキアが話終えるまで、それまでずっと黙っていたグローブが沈痛な顔を浮かべる。


「おや、責めないのかい?」

「責める資格は俺にはないだろ。結果として俺はお前の差し金で生き延びることができた。過程に不満はあれど、結果として感謝しなければならない」

「相変わらず固いね、君は。元々、グローブには数え切れない恩を貰ったから気にする必要はないんだけど、まぁ御咎めがないなら越したことは無い。

 いやぁ、素直に全部言って謝って正解だったね。ははははは」

「お前なぁ」


 調子の良いように笑うツルバキアに思わずグローブは肩を落とす。


「で、グローブはいいとして、君は僕に何か言いたいことはないのかい?」

「…………」


 ツルバキアはグローブの後ろに隠れるようにしているレンゲを覗き込むように見る。

 レンゲは複雑そうな顔でツルバキアを見ていた。

 彼の行動のせいで自分は元の居場所を失い、危険な目にも遭って、無関係な人間にも迷惑をかけのだ。


「正直、私は貴方を簡単に許せそうにないです」

「まぁ、真っ当な言葉だね」


 至極当然な言葉をツルバキアは平然と受け止める。その後で、少し迷う様に、控え目な言葉が続いた。


「でも、貴方のおかげで私はあの何もない場所から抜け出せた。関係ない人たちに迷惑をかけてしまったけど、それは貴方が直接何かをした訳じゃない。

何より貴方は友達のために頑張った、それはとても凄いことだと思う」


 なにより────。


「貴方のおかげで私はグローブに会えた。彼と出会えてよかった。そのお陰で自分がどう生きようか悩めることができた。

 だから、許せないけど、感謝したい。ありがとう」

「そう……」


 恥ずかしそうに言うレンゲの言葉をツルバキアは優しげな笑みで受け取った。


「? 何故、俺が会ったのが良かったんだ」

「むぅ、この鈍感」

「くくくくく」


 訊いたグローブは不思議そうに首を傾げ、途端レンゲは不満そうに顔を膨らまし、ツルバキアは楽しげに笑う。


「さて、一段落したところでこれからの事だけど君たちはこれから行方を眩ませてもらうよ」

「ああ、その方がいいな」


 ツルバキアが今後のことについて話し、当然だとグローブは内心納得した。

《恩恵種》という存在はやはり問題を引き起こす。

 確かにその力でこの時代を良くできるかも知れないが、問題も起こすこともあるだろう。ならば行方も知らない場所に隠してしまったほうがまだ安全だ。

 グローブにしても《恩恵種》から力を受けて蘇生したサンプルとして研究材料にされるかもしれない。レンゲの安全のためにも二人は共に行動することになった。


「それだと、もう友達とは簡単に会えなくなるよ? グローブは寂しいない?」


 内心喜びを感じながらも、レンゲは心配そうにグローブに訊ねた。逆の立場ならば自分は寂しい。

 彼は平気なのか?

 不安げなレンゲに対してグローブは直ぐに首を横に振る。


「生きていれば何れ会える。それにレンゲといるのなら寂しくはない」


 グローブがそう言うと再びレンゲは顔を赤くして俯いてしまう。

 今度はツルバキアも笑いを通り越して呆れている。


「まぁ、一応、事が済んだら君たちには行方を眩ませる予定だったから、残りの作業は全部僕がするよ」


 《イクシード》側へは上手くツルバキアが対応するようだ。元々、情報操作をするつもりだったため、準備は万端らしく何も問題はないらしい。


「最後まで世話をかけっぱなしだな」


 再び申し訳なさそうにするグローブを見て、ツルバキアは肩を竦める。


「最後じゃないよ。また会うんだから。借りだと思ったのなら、その時に返してね。皆には僕等も誤魔化しておくよ」

「ああ、すまない」


 一瞬、寂しげな顔を浮かべかけたが、寸前のところで止める。そんな顔を表に出せば、また傍にいる彼女に心配をかけてしまうからだ。


 その後、色々と準備をした後で、ツルバキアに見送られながら二人は旅立った。

 

  ‡


「ねぇ、まだ着かないの?」

「何度目の質問だ、それ?」

「だって、ずっと同じ景色だからね」


 青い空の下、二人は緩やかな傾斜が続く平原を歩いていた。

 二人は行方を暗ませることが目的なのだが、これといってどこに向かうかなど最初は決まってはいなかった。

 しかし、今まで限られた場所しか知らなかったレンゲのことを考えて、グローブは彼女にとにかく色んな場所に行こうと提案する。

 閉ざされた環境だったためレンゲは世界を知らない。そんな彼女にグローブは色々と知ってもらおうと思ったのだ。

 自分は《イクシード》の任務によって世界のあちこちを回った。中には珍しいものもあるので退屈はしないだろうと語るグローブの提案をレンゲは瞳を輝かせて了承した。

 しかし、始まった矢先で同じような景色ばかり。これでは不満なのだろう。


「退屈で悪いな。もう少ししたら風景も変わるだろう」

「ん? 別に退屈じゃないけど?」


 首を傾げるレンゲだったが、直ぐに申し訳なさそうに顔を歪める。


「もしかして、私が何度も着かないかと訊いたから気を使わせた? ごめんね。私、こういうの初めてだから、なにを話したらいいのか分からないから、同じことばかり言っちゃって」

「いや、別にいい。君が気にする必要はない」


 グローブがそう言うが、レンゲは何故か納得しないように顔を歪めたままだった。


「グローブさ、さっきから……というか、ずっと私に気を使ってない?」

「そんなつもりはないのだが……」

「そんなことあるよ! なんか遠慮というか、余所余所しいというか、私を大事にしてくれるのは、それはそれで嬉しいんだけど、もっと遠慮なく扱ってくれてもいいよ。もう一層の事、雑に扱ってよ! ツルバキアさんに話してるみたいにさ!」


 何故かレンゲはツルバキアのことを近い年と知りつつも、「さん」付けで呼ぶ。それを不思議に思いながらも、グローブは納得がいかなそうな声で言う。


「しかし、君は俺の恩人だ。無遠慮になんかできない」

「それは私も一緒だよ。むぅう、グローブにとって私って今どんな存在?」


 何やら期待するような眼差しにグローブははっきりと答える。


「勿論、掛け替えのない――」

「か、掛け替えのない!?」

「―――命の恩人だ」


 一瞬、喜びかけたのも束の間、グローブが最後まで言い切るとレンゲは落ち込んだ様に項垂れた。


「ううぅ……グローブにとって友達でもないの? ―――もしたのに……」

「なにか言ったか?」

「何でもない! というか、何で耳が良いはずなのに聞き取れなかったの? 聞き取ってくれたらそれはそれで困るけど、都合のいい難聴過ぎるよ!」

「何を怒ってるんだ?」

「怒ってない! これから頑張るんだって意気込んでるの! 馬鹿! 唐変木!」


 そうやってレンゲはズカズカと先を歩いた。怒っているではないかと、グローブは溜息を吐く。泣かせるのも嫌だが、怒らせるのも嫌なものだ。

 やはり、彼女が似合うのは、


「あっ!」


 すると、いつの間にかかなりの距離を進んでいたレンゲが甲高い声を上げた。

 どうやら一足先に到着したらしいと、グローブは自身の足を速めて、彼女が立っている場所に向かう。


 丘を越えた先、そこには色とりどりの花が咲いていた。


 日に照らされた青い空の下、様々な花達が芽を吹かせて咲き誇っている。心地よい風が靡く度に、花弁が散って植物の虹が生み出す光景はとても美しかった。

 度重なる戦争によって各地に多くの傷跡を残す世界でこのような場所は珍しい。

 自分が最初に訪れた時も自然の美しさに見惚れていた。

 レンゲにもこの光景を見てほしかった。今はまだ姿を暗ますことしかできないが、いつしか、彼女は世界を救うかもしれない。彼女の力にはその可能性がある。

 自分にはできない、多くの人を救うかもしれない。

 もっとも、それは全て彼女次第だ。だが、救うにしても、しないにしても、この世界には綺麗なものがあることを知ってほしかった。


「どうだ?」


 グローブが訊ねると、レンゲはくるりと振り返って言う。


「うん、綺麗!」


 ああ、やはり、とグローブは思う。彼女にはこの顔が一番似合う。

 この眩しい光景をこれからも見られるならば、精一杯生きて行こうと思える。

 グローブが見つめた先、可憐に輝いた満面の笑顔が――そこにあった。




■あとがき■

ここまで読んでくれありがとうございます。

どのように感じたのかできれば、感想を頂いたい。

他にも書いてる作品があるので、よければどうぞ。


ではでは、善なる人たちに祝福がありますように。


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フルアライブ 貫咲 賢希 @kanzaiki100

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