第5話
俺は夢の中で彼女と会っていた。
夢の中で俺と彼女は待ち合わせをして普通にデートをしていた。彼女の足や腕には包帯は巻かれておらず、綺麗な白い肌が見えていた。彼女と手を繋いで歩いていると突然右手にあった彼女の手を握っていた感覚が消えた。
驚いて彼女の居た方向を向くがそこには誰も居なかった。辺りを見渡しても誰もいない。俺は無我夢中で彼女の名前を叫んだ。
しかし、俺の声に返事をしてくれる彼女はもういなかった。俺は膝を地面につけて顔を両手で抑える。目から涙が出てきて止まらない。
そのまま泣き続けて、なにか背後に気配を感じた俺は顔から手を離して後ろを振り向いた。そこには昨日見た、体の半分が包帯でぐるぐる巻にされた彼女が立っていた。
俺はその姿の彼女を見て何も言えず、ただ彼女から目を背けて逃げることしかできなかった。
ハッとそこで目を覚ます。今は彼女と昨日約束していた公園にいる。
しかし待ち合わせの十六時よりも断然早く来てしまった俺はベンチに座りながら、だいぶ寒くなったこの時期に居眠りをしてしまったようだ。
夜に全然眠れていなかったのだから仕方ないとは思うが目を覚ますとやはり体の芯まで冷え切っているため体の震えは止まらない。そこそこな厚着をした上に手袋やマフラーもしているのにここまで寒いとは思わなかった。
震える手で携帯を起動するともう十六時三十分だった。少し寝ぼけ気味だった頭が一気に覚めた。俺はベンチから勢いよく立ち上がって周囲を見渡すが人の気配はまるでなかった。
俺は露骨に肩を落としてベンチに座りなおす。
やはり来てくれないか。それは仕方がないと思う。一方的に俺が会おうと言っただけで彼女はそれを了承したわけではないのだ。
むしろ来ない確率の方が高いと言える。現に彼女は待ち合わせの時間を過ぎても来ない。
やはり、彼女ともう一度話をするなんて無茶だったのだろうか。彼女はもう…俺と話なんてしてはくれないのだろうか…。
不意に後ろから足音が聞こえた。あまり期待しないように後ろを振り向く。
ゆっくりと、ゆっくりと、決して期待してはいけない。期待を抱いて再び絶望したくない。
しかし、そんな不安は打ち砕かれた。そこに立っていたのは昨日見た時とは違い腕や足はしっかりと隠す服装だった。彼女の目の下にはうっすらとクマができていた。
彼女も迷ったのだろう。ここに来るべきか、それとも来ない方がいいのかと。でも彼女は来てくれた、俺と話すために。
「待った?」
彼女が少し無理をして笑顔を作っているように見える。俺はそんな彼女に答えるために無理をしてでも笑顔を作って口を開く。
「そりゃ待ったよ。指先がジンジンしてる」
「男の子ならそこは今来たところって言うんじゃないかな」
このやり取りを心の底から待っていた。彼女は待ち合わせに遅れてくることが多かったので殆どデートの始めの会話はこんな感じだった。
彼女は俺の横に座る。そのまましばらく無言が続いた。
何分経ったか、いや実際は数十秒程だったのかもしれない。唐突に無言は終わりを告げる。
「それで、話ってなんなの?」
先に口を開いたのは彼女だった。
俺は話をするとは決めていたがいざ彼女を目の当たりにしたことでどうやって話せばいいのかわからなくなってしまった。
でも、話さなければいけない。彼女には話したいことが山ほどあるのだから。少しづつでもいいから、俺の気持ちを彼女に伝えねばならない。
だがその前に彼女に聞かないといけないことがある。
「まず、お前が俺をフった理由ってなんだ?」
彼女は目を伏せて唇を噛み締めていた。手が小刻みに震えているのがパッと見ただけでもわかる。
やがて彼女は口を開いた。
「見たらわかるけど、私怪我しちゃって…。それで、その…」
目を泳がせてしどろもどろしながら言う。
「こんな姿…君に見られたくなかったから」
病院の前で会った時からなんとなくわかっていたがやはりそういうことだったのか。しかし気になる点はもう一つある。
「なんでそんな怪我をしたんだ?」
「この前、隣町で火事があったことは知ってる?」
「いや…知らない。ってまさか、それ」
彼女は口元だけ笑っていたが目は一切笑えてはいなかった。
「そう巻き込まれちゃって、なんとか逃げられそうだったんだけど建物の中に子供が一人取り残されてて…」
「まさか、助けに行ったのか?」
「うん。どうしても放っておけなかったの。そうしたらその時は気づかなかったんだけど、結構酷い火傷しちゃってたみたいで…こんなことに」
そう言って彼女は包帯だらけの左手を掲げる。
俺はその話を聞いてその会ったこともない小さな子供に酷い怒りを覚えた。もちろん俺がそいつに怒ったところで意味がないことはわかっていたがそれでも怒りを抑えることができなかった。
だってそうしなければこのやり場のなくなった感情をどうすればいいのだろう。
そんなことを考えていると彼女が口を開く。
「どうして君がそんな顔をしてるの?そんな顔しないでよ。私は生きてるし、怒ってもないよ」
どうやら顔に怒りが出てしまっていたらしい。
そう言って俺をなだめようとする。でも俺の怒りが静まることはなかった。
「お前は怒ってないのか?」
違う、こんなことを言うために来たんじゃない。頭の中ではわかっているのに体は全く別の行動をする。
「お前はその怪我のせいでこれから大変な目にあうかもしれないのに。お前はそれを許せるのか?」
やめろ、違うんだ、そうじゃない。俺が言いたかったのは…こんなことじゃない。
必死で怒りを鎮めた。
一言だけでいいから、たった一言を彼女に伝えたい。その一心だった。
「もう、無理しなくていいんだぞ」
なんとかその言葉を絞り出す。そう言った瞬間彼女の目からは大粒の涙が溢れてきた。
「本当は、本当は…許せないよ!だってこんなことにならなければ君といろんなところに行って、笑って、もっと、もっと楽しいことも出来たのに。なんで私がこんなことになんなきゃいけないの!」
俺はそっと彼女を抱きしめた。彼女がどこにも行ってしまわぬように、しっかりとだが、優しく抱きしめる。
「また二人で出かけようよ。楽しいことして、バカなことして、二人で笑おう」
「でも、こんな不気味な姿君には見られたくなかった。こんな姿を見せたら、いくら優しい君も私から離れて行っちゃうから。」
「俺は優しくないよ。そんなにできた人間じゃない」
そう、俺は優しくなんかない。ただの善人に憧れただけの、偽善者だった。
「でも、俺はお前が好きだ。だから傍にいる。ほかの人よりもお前には何倍、何百倍も優しくする。ただそれだけだよ」
彼女は声を出して泣いていた。俺は「大丈夫、大丈夫だから」そう言って彼女の頭を撫でる。
やがて彼女が泣き止むと俺はベンチから立ち上がって彼女の前に立つ。
そして大きく息を吸った、冬場の冷たい空気でのどが痛い。だが、俺は彼女にどうしても伝えたい言葉がある。息を吸い終わった俺は彼女の眼を見て口を開く。
「好きです。俺と付き合ってください」
先ほど泣き止んだ筈の彼女の両目からまた涙が出てきた。しかし涙を流しながらでも彼女は返答をしてくれた。
「わ、私も、大好きでず…よろしくお願いします」
そうして俺は彼女と再び付き合った。
今度こそ彼女を幸せにするために。もう俺は逃げないと心に誓った。
二回目の告白 愛坂 蒼 @souta3217
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