第4話
ベッドの上で眼を覚ます。
今日は彼女に会って話をする予定、だった日だ。昨日彼女に会えないかと聞いてみたが案の定断られてしまった。
どうしても会えないか、少しだけでもいいと駄々をこねたが彼女の答えは変わらなかった。何故会ってくれないんだと聞いてみたところ『会いたくないから』と言われた俺はそれ以上何も言えなくなった。
正直、泣きたくなってしまった。そこまで俺は嫌われてしまったのかと。
でも、そんなに会いたくないような相手ならとっととブロックすればいいじゃないかとも思ってしまった。中途半端な希望を持たされるよりもしっかりとけじめをつけられた方がどれだけ楽だったか。
俺が起床したのが午前十一時だ。
昨晩は彼女のことを考え過ぎていてあまり眠れなかったのだから仕方ない。とりあえず朝食か昼食かわからないが飯を食う。十四時になったくらいに気晴らしに散歩に行くことにした。
行くあても何も決めていないがたまには目的もなしに歩き回るのもいいだろう。寝巻きから着替えて外に出る準備をする。
玄関を開けると冬の乾燥した肌を刺すような空気に出迎えられた。
寒いから行くのをやめようかとも思ったが家にいたところで彼女のことばかり考えて落ち着かないと思ったので仕方なく外に行くことにする。
「ひとまずどっちに進もうかな…。お、いいところに木の棒があるじゃないか」
そこらへんに落ちていた木の棒を垂直に立てると手を離して木の棒を倒す。左方向に倒れた。
「よしあっち行くか。あっちにはなんかあったかな?まぁ、適当に歩き回るのが目的だし別にいいか」
そう呟くと俺は耳にイヤホンを突っ込んで聞き慣れた音楽を流す。そして俺は一人、歩き始めた。
しばらく歩いてなにか面白そうなお店でもあったら入ろうとでも考えていたが驚くほど何もなかった。
携帯で現在の時間を確認するともう一時間も経っていた。一時間も歩いたという事実を知ったからか疲労が急にのしかかってきたのでコンビニに入り暖をとりながら何か買おうかなと商品棚を物色する。
ふと目に入ったのは彼女が好きだったお菓子だった。チョコレートにわさびを入れたというユニークなお菓子だった。彼女があまりにもさくさく食べるのでカレーの中辛がほぼ食えない俺でも食えるのではと思い、一つ貰った。そして後悔した。
チョコレートのくせに鼻がツーンと痛む、そしてだんだん涙が出てきた。そうして俺が悶えている姿を見て彼女は大声で笑っていた。
幸い俺と彼女がよく行っていた公園は夕日が綺麗で見晴らしがいいが人はあまり来なかったので俺の醜態が周りに知られることはなかった。
そのことがあってから彼女は時々こっそりと俺に辛いものを食べさせようとして、いくつかは失敗に終わった。失敗に終わらなかった方は察してほしい。
そんな過去の思い出に浸っているとポケットに入れていた携帯が振動した。
店内なので声は出さずに済んだが体がビクッと震えてしまった。慌てて周りを確認したが周囲に人は居なかった。そのことにホッと胸をなでおろすと同時に通知を鳴らしたやつにイラつきを覚える。
誰だよと思いつつ携帯を起動させると公式アカウントからの通知で少し虚しくなってしまったので腹いせにスタンプを公式アカウントに向かって連打する。
もちろん公式アカウントなので『個別に返信はできません』と言われてしまうのだが。こうでもしないと俺の怒りは静まらなかったので仕方ない。
結局俺はわさび入りチョコと暖かいカフェオレを買って外に出た。
「そろそろ帰るかな。流石に寒くなってきたしな、家に帰ってコタツの中で丸くなろう」
そして俺は冷えた手をカフェオレで温めながら来た道を戻る。
二十分程歩いただろうか。俺は進行方向の数十メートル先に誰かがいるのを確認した。髪が腰よりもやや上まで伸びているので恐らく女性だろう。
俺は狭い歩道ですれ違うのが嫌なので前にいる人と同じ速度で歩いた。
やがて前の女性が車道の反対を向いて立ち止まったので俺と女性の距離は少し縮まった。そこで気づがついた。
前にいるあの女性は、彼女だということに。
喜びと悲しみのような二つの相反する感情が俺の中でうごめいたが、一つの疑問により二つの感情は途端に姿を消した。
何故彼女はあんなところで立ち止まったのだろう。そこで彼女の向いている方向に何があったかを思い出す。あそこにあるのは確か…。
「病院…」
病院だと思い出すことができたのは彼女に近づいて視認ができるようになった腕と足に包帯がぐるぐると巻かれていたからだ。
それに気がついてしまった俺は歩を止めて彼女を凝視する。やがて彼女は病院の中に足を踏み入れた。
しかし俺はまだ動けずにいた。彼女に何があったか、俺は彼女に聞いてもいいのだろうか。それとも触れてはいけないのだろうかという葛藤を頭の中で行なったが、結局病院の敷地の一歩外から彼女を待つことにした。
それから何分経っただろうか。体は既に冷え切っていてカフェオレも冷蔵庫に入れていたかのように冷えてしまった。それでも彼女が出てくるまで待ち続けた。
やがて彼女が出てきたので茂みに隠れて様子を見る。正面から彼女を見ると左半身がほとんど包帯で覆われていた。
俺はその姿を見た瞬間、とてつもない罪悪感に襲われた。彼女があんなことになっているのに俺は何も気づいてやれなかった。
そんな罪悪感を誤魔化すように俺は彼女に向かって歩を進めた。彼女は携帯をつついている。彼女の顔がくっきりと認識できるまで近づくと彼女も俺のことに気づいたらしい。彼女は左手と左足を少し隠そうとした。彼女との距離、3メートル程のところで俺は歩を止めた。
「久しぶり…」
絞り出した声で言った。彼女に届いているのかも怪しいくらいに。
「そう…だね。どうしたのこんなところで」
彼女の声もどこか苦しそうでいつもの元気だった彼女とは別人のようだった。
「俺のセリフだよ、それは。どうしたんだよこんなところで」
「別にもう君には関係ないことだよ」
そう言って彼女はひどくぎこちない笑顔を作った。
そんな彼女をもう、見てはいられなかった。
「関係ないなんて言わないでくれよ。俺は君に伝えたいことがあるんだ」
「やめて、聞きたくない」
彼女は苦虫を噛み締めたような顔で言った。
目から雫が溢れ落ちて、地面と彼女の包帯を濡らしていく。
やめてくれよ、俺が見たかったのはそんな顔じゃない。俺は君を泣かせるために覚悟を決めたんじゃない。
君を笑顔にするために来たんだ。でも、君は今泣いていて泣かせた原因は…。
「俺のせいで泣いてるのか?」
そう言うと彼女は首を横に振った。しゃくりあげながら「君は悪くないの」と言っている。
俺は泣いている彼女を抱きしめて安心させたいと思ったが俺にそんな権利はない。じゃあ、どうすればいい。彼女を幸せにするためには。
俺は息を少し多めに吸い込んだ。
「明日!」
声を張り上げた。突然のことに彼女はビクリと体を震わせる。俺はまた息を多めに吸って声を張り上げる。
「明日、いつもの公園で待ってるから!十六時にいつもの場所で!」
それだけ言って俺はそこから逃げるように走った。しかし、今回はただ逃げるのではない。彼女の幸せのために逃げるのだ。
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