最終回-そして新たな冒険へ

 魔王との戦いから1ヶ月が過ぎ、世界はすっかりいつもの日常を取り戻していた。


「つーか、伝説の勇者様が春休みに喫茶店でマンガを堪能とは、世界が平和になると勇者は単なる無職ってのは本当だったんだな」


「うっせえ。そもそも毎日バイトに勤しんでんだから、休みの日くらいはダラダラしたって罰は当たらねーよ」


 ちなみに今回の『空飛ぶ城』の一件は、見事にネットニュースやSNSやらで世間を大いに賑わせる事となった。

 ここまで事が大きくなると、天界が記憶操作でどうにか出来るレベルを遙かに越えてしまうらしく、カナ曰く『完全にお手上げ』なんだそうな。

 俺は脱力しながら神崎珈琲店の隅っこにあるテレビに目を向けると……



【人気アイドル電撃結婚!!】



 新たな話題に日本中が沸き、空飛ぶ城のアレコレは完全に過去の出来事になっていた。


「まあ、空飛ぶ城は目撃者いっぱい居たけど、魔王はセラちゃんが周りから見られないように隔離してたんだろ? 既にネットじゃ映画広告も兼ねた映像作品だったんじゃないかって噂も広がっちまってるし、そりゃ1ヶ月も経てば話題も流れちまうさ」


『人の世の移り変わりなんぞ、そんなものじゃろうなぁ』


 セラは何故か幼い姿のまま、カウンター席で包丁人○平の最終巻を読みながら呟いた。

 ちなみにわざわざ子供の姿をしているのは『元の姿で真っ昼間から喫茶店でマンガを読んでいると、その容姿もあってやたらジロジロ見られて気まずい』のが理由だそうな。


「そういや神崎が店番って事は、リンナちゃんは外出中?」


 俺の問いかけに神崎は一瞬だけ困り顔になりつつも、父親マスターにチラリと目をやってから答えた。


「お袋んトコにちょいとな」


「そっか」


 空飛ぶ城の出現や魔法の撃ち合いによって騒ぎになるや否や、街にはマスコミやネット配信者が多くやって来たわけだが、偶然にもテレビ局のカメラが神崎珈琲店を捉えていた。

 お店の前で真っ赤に燃えた空を不安そうに見上げる看板娘リンナの姿は遙か遠く地へと届き、そこで偶然にもテレビを見ていた人物……神崎兄妹の母親を突き動かしたのである。


『皆が逃げ惑う中、ただ一人だけ信念を貫き通したからこその奇跡かもしれぬな』


 俺は家の事情までは知らないし、神崎の態度を察したところ一筋縄では行かない雰囲気ではあるけれど……まあ、きっとどうにかなるだろう。


「……アイツが望んでるんだから、兄貴としては見守ってやるだけさ」


「相変わらずのブラコンめ」


「うっせ」



◇◇



 神崎珈琲店からの帰り道。

 夕食の買い出しを終えて、空はもう茜色に染まっていた。


「1ヶ月も経つのに、やっぱ落ち着かねーな」


『お主のアレは完全に日課だったものな』


 セラの言うアレとは、勇者に課せられていた一日一善の事だ。

 転生の済んだ俺にはもう必要無いそうで、魔王を倒した日からパッタリと止んでしまったわけである。


「正直毎日はキツかったけど、週一くらいならあっても良い気がするんだよなぁ」


『喉元過ぎれば~というヤツじゃな。どうせまた強要されれば嫌じゃろう?』


「ははは、ぐうの音も出ないや」


 そんな事を言いながら、二人は我が家に向かって歩く。

 そして、俺は何気なく空を見上げた。


「……あいつらは元気でやってるかなぁ」


『別れを惜しむ以上に二人の嫌そうな顔の印象が強すぎるのぅ』


 セラの言葉に俺は思わず苦笑する。

 以前から決まっていた通り、カナとキサキはそれぞれ元の世界へと帰って行った。

 だが、俺が異世界転生システムを操作した事が問題となって、カナの上司である女神様は別世界へと左遷。

 カナも後始末が大変らしく、曰く『リクさんが天寿を全うする前に残務を終わらせたい』とか言っていて、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 さらにキサキも、小学校で俺達を助ける為に空を飛んでいる姿を子供に見られてしまい、そのペナルティは計り知れないそうで……。


『どの世界も息苦しくてかなわんのぅ。我輩なんぞ相当無茶しておるのに、未だに叱られた事なんぞ無いぞ』


 それは単にアルカが尻拭いをしているだけな気がするのだが、やぶ蛇になりそうなので黙っておこう。

 ……などと思っていると、前方に知っている後ろ姿が見えてセラが声をかけた。


『おーいユキコ!』


「あ、セラちゃん、こんばんは」


 今日も御両親の帰りが遅いのか、コンビニ袋を手にぶら下げて帰宅途中のユキコちゃんだった。


『なんじゃ、またお主はコンビニ弁当か。育ち盛りにその食生活はどうかと思うがのぅ。……よし、せっかくじゃ我が家で一緒に食べて行かぬか? 惣菜なりを何品か足してやるし、帰りも空間転移で家まで送ってやるぞ』


「ええっ!? ……でも、独りで寂しく食べるよりもその方が楽しいかな。せっかくだからお言葉に甘えて良いですか、おにーさん?」


「うん、もちろん。一人分増やすくらいなら、何て事ないしね」


 俺がそう答えると、セラとユキコちゃんは嬉しそうにニコニコ笑顔で歩き出した。

 そういえばユキコちゃんの前世はどこぞのお姫様だったらしいし、そういった境遇的にも馬が合うのかもしれない。

 てなわけで、我が家に戻ってきたわけだが……リビングと玄関の明かりが点いていた。


「あれ? 電気消し忘れてんな」


『むむ、我輩としたことが何たる不覚! 電気代も上がったばかりと言うのに!』


 一国のお姫様とは思えぬ言葉に、俺とユキコちゃんは思わず吹き出しそうになる。

 そして俺が玄関ドアを開けると……



『遅い!!』『遅すぎっス!!!』『お帰りなさいませ、セラ様』



 いきなり怒ってる二人に突撃されて、俺は思わずひっくり返った!


「え、な、ナンデェ!!?」


 俺達三人の目に映ったのは、まさかのカナとキサキ……と、アルカも居たけれど、まずはカナがコホンとわざとらしく咳払いをすると、俺をビシッと指差した。


『勇者の力を保有しているうえ世界を駆ける渡り鳥の力で世界を飛び回れるチート野郎と、上級天使の扱う天界式結界を魔力干渉で破る反則的なクソ魔女の両名について、そのまま放っておけないから問題を起こさないように監視しろだそうですよ!!』


「「言い方ァ!!!」」


 チート野郎とクソ魔女のふたりが同時に突っ込むものの、カナは全く動じる事なくジト目で睨んできた。


『というわけで、ちょっとでもおかしな行動をとったら、天界から討伐隊がすっ飛んで来ると肝に銘じておいてくださいね!!』


「討伐隊って……」


 俺は相変わらず過ぎるカナに唖然としてしまったが、一方のユキコちゃんは特に不満は無いのか、のほほんとしている。


「なるほど。腕試しをしたい時にちょっと暴れるだけで、もれなく天使と実戦訓練が出来るという事ですか」


「ユキコちゃんっ!?」


「あはは冗談ですよ、おにーさん」


 とは言うものの、ユキコちゃんの目は全く笑っていないのが超コワイ!

 それをジッと見ているカナが無表情なのも、めっちゃコワーーーー!!


「んで、キサキは何故戻れたんだ?」


『えーっと。私、どうやら英雄になっちゃったっス!』


「はあ? え、何、英雄???」


『氷精だけでなく、森に暮らす精霊や妖精達も魔王にはほとほと困ってたらしいんスけど、そんなヤツと戦って生還したうえ、勇者であるリク君の戦いを支援したのが評価されたとか何とか』


 確かに、キサキは意気消沈したセラを命懸けで護ってくれたし、だからこそ俺が無事に転生できたのも事実だ。

 第三世界サードの平和にも貢献出来ている事も踏まえて、大きく評価されるのは十分あり得る話かもしれない。


『それで、とっても偉い方々が褒美をやるって言うんで、しばらくこっちで生活させて欲しいってお願いしたら受理されたっス』


「すげーなお前! ……でも、せっかく褒美を貰えるのにこっちに帰る事を希望するとか、そんなにこっちの生活気に入ってたのか?」


『それもあるっスけど、一番は春の新作”キャラメルバタークッキー"を食べずに帰ったのが心残りで……』


「結局ハー○ンダッツかよ!!!」


『それ以上、何が理由があるって言うんスか!』


 英雄とか何とか言われても相変わらずキサキはキサキで、そんないつも通りの姿にセラは嬉しそうに笑っている。

 ……だが、アルカの険しい表情が気になる。


「アルカさんは何故ここに?」


『……セラ様、そろそろ一度御実家にお戻り頂けませんか? 国王様がとても心配しております』


「えっ! セラって、もう元の世界に戻れるのか!?」


 驚く俺に対し、カナはキョトンとしながらセラを一瞥いちべつして口を開いた。


『魔王との戦いでリクさんは一度あの世に行ってますから、その時点でセラさんとの魂の結合は解けてますよ?』


「マジでっ!?」


 驚く俺を見てアルカは溜め息を吐くと、セラにジト目を向けていた。


『やっぱりリク殿に黙っていたのですね……』


『だ、だって、王宮に戻ったらまたあの堅苦しい暮らしじゃろ! マンガにアニメにゲーム……こんな快適な暮らしを捨てて戻れるものかっ!』


 ダメだコイツ早く何とかしないと。


『……はぁ。国王様も絶対それが理由だろうって言ってましたよ』


『うぐぅ!』


 さすがセラ父、娘の性格をよく分かっているようだ。


『国王様はセラ様に激甘ですし、ムリヤリ連れ帰る気は一切無いでしょう。ただし……』


 何だか後ろに不穏な言葉が付いたぞ。

 とか思っていたら、何故かアルカが申し訳なさそうに俺に目線を向けた。


『王妃様はそのような不埒ふらちな理由でセラ様が戻らないのは猛反対だそうで、私はその場を収めるために別に理由があると言ってしまって……』


「別に理由?」


『えーっと……セラ様はリク殿と交際中であり、恋人同士を引き離せない、と』


「ぶっは!!?」『ほほう』


 とんでもない理由をでっち上げたと爆弾発言をぶっ放したアルカに一同騒然となる。


『そうしたところ王妃様が、ムコ殿を連れて来なさい、と申されて……』


 なんてこったい。

 魔王を倒して世界を救ったかと思っていたら、いつの間にかセラと交際している事になっていた!

 突如舞い降りた魔王との戦い以上のトラブルに困惑する俺を見て、セラはフッと鼻で笑うと俺の肩をぽんと叩いた。


『リクよ、高校の新学期開始は4月の何日じゃ?』


「えーっと、確か8日かな」


『我輩は9日じゃな。今日は幸いにも1日……つまり一週間以内に母上を説得し、ここで暮らす事を認めさせれば何ら問題無いという事じゃ』


 お前は何を言っているんだ。


『セラさん! それってつまり、リクさんを第二世界セカンドに連れて行くって事ですか!!?』


 カナはこの状況に懸念しているらしく、助け船を出してくれそうな予感が――


『私も行きますからね!!』


「出航することなく助け船が沈んでゆくゥゥゥーーーーー!!」


 だが、俺はまだ諦めない!

 助けを懇願するように、キサキに目を向けると……


『私っスか? 嫌っスよ、せっかく春の新作アイスを食べに戻ったのに、なんで人様の色恋沙汰に首を突っ込むために第二世界セカンドなんぞに行かにゃならんっスか。お断りっス』


「なんて冷たいヤツだ!!」


 いや、氷精だから実際冷たいんだけどさ。

 頼みの綱も見事に切断されてしまい、しょんぼりしている俺に、セラは少し残念そうに笑うと俺を上目遣いで見つめてきた。


『リクよ。そんなに我輩と共に行くのが嫌か?』


「うっ……」


 そう言われると何とも困ってしまう。

 確かに一国のお姫様を半年ほど預かっておいて、その御両親に挨拶をしないというのも交際うんぬん関係なく無礼なわけで……。


「遅かれ早かれ、こうなってたんだもんな。それじゃ……行くか」

 

 そして、俺が覚悟を決めて空間転移門を開こうとしたその時!



「待ってください!」



「!?」


 ユキコちゃんが真剣な顔で俺の服の裾を掴んでいた。


『どうしたユキコよ』


「どうしたじゃないです!」


 少し怒り顔のユキコちゃんの姿に、俺達は戸惑いを隠せない。


『まさかお主……』


 セラの問いかけにユキコちゃんは首をコクリと縦に振ると、右手を振り上げた!

 ……と同時に、乳白色の袋が俺達の眼前でユラユラと揺れた。


「晩ご飯が先でしょう!!!」


『「そっちかーーーーーーい!!!」』





 ――かくして、俺達はアルカに連れられ、第二世界セカンドへと旅立つ事となった。

 その先に果たして何が待っているのかは神のみぞ……いや、死神のみぞ知る。


「ところで、天使のカナが死神の国に入っちゃって大丈夫なのか? お前ら初対面の時にすげー仲悪かったし……」


『うーん、まあ我輩が説明すればどうにかなるじゃろ』


『ですです。もし文句を言うヤツがいたら、ゴッドハンマーでガツンと一発で解決ですよ!』


「何の解決にもなってねえ!!!」


 相変わらず物騒なカナの発言にツッコミを入れつつ、俺達は空間転移ゲートの前に立った。

 そして、右手を強く握る感触を受けてそちらへ向くと、セラが微笑みながら俺の顔を見上げていた。


『それでは行くとするかの。……宜しく頼むぞ、リク』


「おう!」


 いざ新天地へ!

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Fw:勇者と死神の主従カンケイ~イロドリに天使も添えて~ はむ @Imaha486

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