050-勇者誕生

『きゃああっ!!』


 魔王との戦いで既に満身創痍だったキサキは、巨大な根に殴られて吹っ飛ぶと運動場の隅で倒れた。


『キサキ!!!』


 セラはそっとリクの亡骸を地面に寝かせると、倒れたキサキに駆け寄った。


『うぅ……セラっちのやる気スイッチはどうにも効きが悪いっスね……』


『本当にすまぬ……。だが、我輩はどうすれば良いのじゃ! 護るべきものを失った我輩に今更、何が出来る!?』


『セラっち……』


 弱音を吐きながら自分の頬に涙を落としたセラを見て、キサキはゆらりと立ち上がると再び魔王に対峙した。

 今までのダメージの蓄積は既に肉体の限界を超え、既に彼女には氷の剣を握るほどの力は残っていないだろう。

 ――だがその瞳に諦めの色は一切無い。


『ちょっとお願いがあるんスけど』


『む?』


『……セラっちだけでも、どこか遠くに逃げてほしいっス』


『な、何をバカな事を! そんな事できるはずが……!!』


 セラは抗議の声を上げたが、キサキは笑顔で首を横に振った。


『今、セラっちの力が魔王に吸収されるとシャレにならないんスよ。万が一それで、後からやってきた神様が負けて第三世界サードが滅んだら、それこそリク君が悲しむっス』


『くっ……!』


『だから、お願い』


 キサキの説得を受け、セラは涙を拭ってから"時の最果て"を解除するため、空に両手を掲げた。

 だが、踏ん切りの付かないセラは悔しそうに涙を流したまま動かない。

 それを見たキサキは、優しく微笑みながらセラを後ろから抱きしめる。


『我輩は無力じゃ……』


『良いんスよ。お姫様ってのは、下手に強いとオークとかに襲われちゃうっスから』


『こんな時に何をふざけて――』


 と、セラがそこまで言った直後、いきなり強い力で突き飛ばされた。

 驚愕するセラの瞳き映ったのは、笑顔のままの自分を見つめるキサキと、目の前にまで迫った大樹の根……。


『キサキ!!!』


 世界がスローモーションに見えた。

 黒い根がきりのように鋭く尖り、ゆっくりとキサキの心臓を……。


『リクーーーーーーーーー!!!』


 辺りにセラの叫び声が響いた。



 


『……?』


 一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。

 気づいたらキサキは抱きかかえられたまま、宙へと跳んでいた。


『……出てくるタイミングがちょっと早すぎじゃないっスか? 私がやられて、その後メインヒロインたるセラっちが絶体絶命の時に来るってのがヒーローの常識っスよ』


「人様がクッソ急いでやったってのに、なんて言い草だ!」


 プンプンと怒り顔で苦言をこぼしつつも、放心状態で自分を見つめるセラに気づいた彼は、そこに向かって近づいてゆく。

 それから紫の長い髪を撫でると、いつも通りにあっけらかんとした様子で口を開いた。


『よう、ただいま』


 ずっと聞きたかった声に涙が止まらない。

 セラは地面を強く蹴ると、思いきり抱きついた。


たわけ者が! 遅すぎるわ!!』


「早すぎるって言われたり遅すぎるって言われたり、俺はどうすりゃ良いんだろなぁ」


『そういう時は、そこに居るクソ野郎まおうを一発ぶん殴って、汚名返上しちまえば良いんスよ』


 キサキはそう言うと、やっと安心できたのかその場に座り込んだ。


「セラを護ってくれてありがとな。……そんじゃ、いっちょやってやりますか!!」


 俺は少し名残惜しげにセラを抱く腕を解くと、魔王に対峙する。


『スサマジイ、チカラ……ゼヒワガモノ、ニ』


「何だよカタコトは……。魔王ってのは、もうちょいカッコイイ感じで"よくぞ来た勇者よ"とか"協力するなら世界の半分をやろう"とか言うもんじゃ無いのか?」


 俺が呆れ気味にぼやいた事が気に入らなかったらしく、魔王は無言で枝を振り上げると、宙に大量の怨霊ゴーストを召喚した。

 だが、その群れが俺に襲いかかるよりも先に、頭上に出現した光の輪に飲み込まれて消えてゆく。


「こういう場面は、勇者が敵を蹴散らして、姫様が目を輝かせるってのが定石じゃね?」


『たわけが。我輩の前で悪しき魂に彷徨うろつかれて、黙って見過ごせるものか』


 まるで水を得た魚のように、セラは迫り来る怨霊を次々と消し去っていった。

 先程までの泣き面が嘘かのように凛々しい表情で戦うセラを見て安心した俺は、魔王に向かって構えた。


『それにしてもリク君。勇者なのに装備が素手ってのは、何だか微妙な感じっスね』


「俺もそう思うんだけどさ、俺の使う空間転移って、どうやら武器を運べないみたいなんだよ。せっかく第四世界あっちで強そうな剣を台座から抜いたのに、なんでこんな仕様なんだろ???」



『安全なフライトのため、機内に危険物を持ち込めないからですよ』



「えっ!?」


 空から聞こえてきた声に驚く俺達の前に虹色のゲートが出現すると、そこから姿を表したのは……


「カナ!」


『三人とも無事で何よりです』


 カナは来て早々にキサキの前に向かうと、ヒールで治癒し始めた。


『ありがとうっス、あねさん!』


『誰が姐さんですか! ……でも、リクさんの素手それは確かに問題ですよね。ラスボス戦で素手や棍棒なんて見栄えが悪いですし、武器を使うにしても"魔王を倒した剣"とか言う名前で鉄パイプとか釘バットが伝承に残っちゃっても困りますもんね』


『そもそも小学校ここにそんな物騒な凶器は無いがのぅ』


 セラの冷静なツッコミにこんな顔(・ω<)で返しつつ、俺の前にやって来たカナはニコリと天使の笑みを浮かべる。


『ですので、今回とっても頑張ったリクさんに、特別大サービスでこちらをレンタルしましょう♪』


 カナが右手を振り上げると、輝きながら綺麗な装飾の付いた剣が現れた。

 それを大事そうに両手で抱えると、そっと手渡してきた。


「この剣は?」


『いわゆる聖剣エクスカリバーってやつです。本物なんで、汚したり折ったりしたらドロップキックしますよ?』


「レア装備過ぎて借りづらいわ!!」


 だが、カナに返却する暇もなく魔王から炎弾が放たれ、俺は渋りながらもそれを聖剣で叩き落とした。

 魔王は更に続けてレッサーデーモンやらゾンビやらを召喚すると、俺達を襲えと指示していた。


「ったくしょーがねぇな!」


 俺は聖剣を構えると、魔王の軍勢に向かって剣先を向けた。


『でも、リク君が勇者なのは分かるっすけど、いきなり使いこなせるもんスかね?』


 不思議そうにキサキが首を傾げるものの、カナはおかしそうにクスリと笑う。


『ああいう神具ってのは剣技をオートアシストするチート機能満載なのでその辺は抜かりナシですよ。どっちかというとレベルの方が重要なんですけど、モンスターの居ないこの世界でどうやればレベルが上がるか、キサキさん分かります?』


『んー、おつかいゲーならクエストクリアでボーナスが入ったりするっスけど……って、まさか!!』


 カナはシステムコンソールと呼ばれるスクリーンを空中に投影すると、俺に向けて何か指示をしていた。

 そして表示項目を見たキサキは、仰天してひっくり返った。


『れ、レベル99ーーーーーーっ!!!?』


『リクさんがこれまで積み重ねてきた善行の賜物ですよ。つまり……』


 カナがそこまで言った直後、聖剣から強い光が放たれた。


『あんなウドの大木なんかに、我らが勇者様は絶対に負けません♪』

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