049-世界を駆ける渡り鳥
『うおああああっしゃあああああああーーー!!!』
スポンッ!
少し間の抜けた音を響かせながら、私は家の門前にドタッ! と倒れた。
『いたたたたーーーっ! 私の羽、もげてないっスかっ!!?』
背中の羽をさすりながら一息ついていると、虹色の膜の向こうから凄い剣幕で叫ぶカナさんと早苗さんの姿が見えた。
何を言っているかは聞こえないけど、口の動きと表情でだいたい言ってる内容は理解できる。
曰く……
『羽なんてどうでも良いからさっさと行けやボケナスーーー!!!』
『キサキちゃん、走ってえええーーー!!!』
である。
人使いならぬ氷精使いの粗い人達に半ば強制的に背中を圧され、私が小学校へ向けて飛んでいると、後ろからバッサバッサと大きな羽音が聞こえてきた。
『ククルゥッ!』
『おー、ホロちゃんじゃないっスか。なるほど、空で
私がそう言うと、ホロウは悲しげに小さな頭を縦にコクコクと振った。
『私は今からリクっちとセラっちの援護に行くっスけど、ホロちゃんも来~~……って、聞くまでも無かったっスね』
質問を全部聞く前からホロちゃんは巨鳥の姿に戻ると、私を文字通り鷲掴みして、猛スピードで飛翔した!
『ふ、風圧が……ぶべっ!!』
一刻を争う事態ではあるものの、ホロちゃんの飛行速度は私の耐久限界を軽々とオーバーし、とんでもない加速で空を駆けた。
果たして私が到着するのが先か窒息死するのが先か、今はその方が正直心配だ……。
――だが、遠のきかけた意識が一発で覚める程の状況が遠目に見えた。
『天界のゲートから魔王っスか!? なんてデタラメ!!』
それから校舎の中から強い魔力が放たれると、ゲートの上空から少しずつ景色がモノクロへ変化し始めた。
『セラっちは外界から小学校を隔離するつもりっスね! 急がないと!!』
確かアレは『時の最果て』とかいう中二病全開な名前のスキルで、一帯の空間を切り離して外部への影響を抑えるシロモノだ。
もしかすると、魔王をあの中に抑え込んで時間を稼ぐつもりなのかもしれない!
『くっ、間に合わない……!』
だが、地表ギリギリまで景色がモノクロに変化し始めたその時――世界が回った。
……違う、回ったのは私っ!!!?
『うひぃやああああああああーーーー!!!』
ホロちゃんに投げ飛ばされた私は、どうにか体勢を立て直しつつ学校裏門の格子の隙間をすり抜けた!
『ひいい、危うくミンチっスよ!!』
と言いつつも、自分の幸運を天に感謝しながら超低空を飛行する私は、そのままゲートの直下を目指す。
だが、体育館前で白猫を抱っこした女の子がこちらの姿を見て仰天していたのが視界の隅に見えてしまい、何だか気分が陰鬱になる。
『自分の過失で氷精の姿をモロに見られるとか、こりゃペナルティもんっスね……』
先人達曰く、どこで監視してるかは知らないが、戻った時にしっかり減点されているらしい。
個人的には、魔王に拉致られたにも関わらず無事に生還したうえ、再び魔王に対峙する程の試練に立ち向かっているのだから、是非とも加点評価して頂きたいのだけども、
……だけど今はそんな事を言ってる場合じゃない!
『見つけたーーーーっ!』
運動場のド真ん中に突っ立った大木の前に、座っているセラっちの姿が見えた。
私は羽を大きく広げて急ブレーキをかけ、セラっちの方へ向いた。
『二人とも無事っスか!!』
しかし返事がない。
よく見ると、セラっちは俯いて地面を涙で濡らしていた。
『どう……したんスか?』
恐る恐る呼び掛ける私に対し、セラっち……いや、セラは言葉を発する事なく動かなくなったリクを抱きしめていた。
『護……れなかった……』
・
・
・
「あれ?」
気づけば辺りが真っ暗になっていた。
いや、自分の姿だけハッキリ明るく見えるのに、周囲だけ黒い。
まるでスポットライトに照らされているような不思議な感覚に思わず首を傾げた。
「えっと、俺は確か校庭でセラと一緒に居て……」
『高所から飛び降りたうえ、魔王の攻撃をモロにくらって即死だね。おおゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけないー』
「えっ!?」
突然聞こえた声に振り返ると、そこに居たのはキラキラと輝く女神様と……
「カナ!!!」
その隣には不機嫌そうにふて腐れたカナの姿が。
そして開口一番……
『私の左遷が決定しました!!!』
「は?」
『は? じゃないです! 絶対死なないようにって忠告したのに、なんでいきなりやられちゃってんですか!! 大ポカも大ポカ! なんで一番最悪の結末をやっちゃってくれてるんですかー!!!』
「そ、そんなコト言われても……」
カナの剣幕にたじたじな俺を見て女神様は苦笑しつつ、右手を振り上げる。
すると、俺達の目の前に巨大なスクリーンと虹色の門が開いた。
「これは?」
『勇者の魂を本来の世界へと送る、いわゆる異世界転生システムってやつですね』
「本来って?」
『
笑顔のままでとんでもない事を告げる女神様の言葉に、俺は凍りついた。
今、何て言った……?
「え、え? な、なんで
『そんな事を言われても困ります。そもそも貴方は
この大変な状況にも関わらず事務的な答えを返す女神に、俺は思わず唖然となる。
「せ、正常って……ふざけんな! てめえらが勝手に間違えておいて、そんな身勝手な事、許されるのかよ!!」
横暴過ぎる言い草に、俺は怒りのあまりに女神に掴みかかろうとすると……
『ボトム!』
「ぐあっ!」
カナの放った不思議な力によって、俺は金属質の床に押しつけられた。
『リクさん、その行動は神に対して大変無礼ですよ』
「なんでだよ! 今はこんな事してる場合じゃねーだろ!! なんでセラ達を助けに行かないんだよ!! つーか、俺が死んだならセラは勇者の力を得たんじゃないのかよ!! 俺がどうこうやる間があれば、お前らがセラと協力して戦えば魔王に勝てるんじゃないのか!!!」
俺が必死に最善策を求めるもカナは質問に答える事なく、目の間に小さなスクリーンを出現させた。
そこに映し出されたのは……
『でやあああああーーっ!!!』
まず視界に入ったのは、氷で出来た剣を振るい、迫り来る赤い根を撃退し続けるキサキの姿。
そしてセラは……俺の亡骸を抱きしめたまま肩を落としてずっと泣いていた。
『セラっち! もう少しで天界から助けが来るんス!! だから、立ち上がって!!』
キサキは懇願するものの、セラは伏せたまま動こうとはしなかった。
その絶望的な状況を目の当たりにして、俺は絶句する。
「なんで……」
『そりゃそうでしょう。いくら勇者の力を得たからって、目の前で大切な人に死なれたのにいきなり戦えって、二十歳そこらのお姫様に何を無茶言ってんですって話ですよ。じゃあ聞きますけど、リクさんは同じ状況に追い込まれて魔王と戦えます?』
「……」
ぐうの音も出ないとは、まさにこの事だ。
『これが現実ってヤツですよ』
カナの言う通り、俺は常に他人任せで逃げ続けてきた結果、ついに現実から逃げられなくなっただけなのだろう。
かつてユキコちゃんが悪魔との契約を踏み倒し続けて破綻したけれど、俺もその状況の二の舞になってしまったに過ぎないのだ。
……いや、ユキコちゃんは強さを追い求めるがあまりに道を踏み外したに過ぎず、ただただ逃げ続けた俺なんかと比べるのは彼女に失礼だ。
「俺がちゃんと直視して、戦っていれば……うぅ……」
『ご納得頂けましたか? それでは改めて、伊藤リクさん。貴方を転生させて頂きますね』
うなだれたままの俺の頭をぽんぽんと撫でた女神様は、表情ひとつ変えず……と思いきや、何故か困り顔で首を傾げた。
『はて? 転生システムの調子が悪いですね』
『アウリア様に一度確認して頂く方が良いのでは?』
『うーん、そうしましょう』
二人がそんな会話をしていたかと思いきや、どこかに飛んでいった。
後には俺一人が残された……ってオォイ!!
「このタイミングで放置っ!? そんなのアリかよ!!」
しかも、転生システムとやらの画面は開きっぱなしだし、虹色の門は放置したまま。
普通こういう時って画面をロックしたり、閉じてから行くものでは……。
神様はどうにもセキュリティ意識が低すぎるのではなかろうか?
「うーん……」
画面を見ると「ユニークスキル選択」というメニューを開いており、その中には「大賢者」だの「ハンズ・オブ・グローリー」など、よく分からない単語がズラズラと並んでいた。
「スキルの意味が分からない事よりも、異世界転生システムの画面が日本語で書かれてる事の方が意味わからん……」
だが、ユニークスキルを眺めていた俺の目に"とあるスキル名"が映ると同時に、思わず息を飲んだ。
【世界を駆ける渡り鳥】
異なる世界を行き来する能力
「異なる世界を、行き来……。ってことは!!!」
ひとつの結論に行き着いた俺は、そのスキルにチェックを入れ、画面右下のAcceptボタンを押した。
【転生対象者 勇者リク】
【ユニークスキル 世界を駆ける渡り鳥】
【転生先
【対象者は空間転移門へ進入してください】
もしかすると、後でとんでもなく怒られるかもしれない。
だけど今はこの方法しか無いんだ!
「いっけええええええ!!!」
俺は虹色のゲートに飛び込み、新天地へと飛び出した!
~~
虹色の門が消えた後、辺りは再び静寂に包まれた。
『で、アンジュ様。これからどうします?』
『んー、始末書を書くのも面倒だし、私はSSS級バックラーとしてバックレ……もとい、ロロと一緒に
『アンジュ様の代わりに始末書を全部仕上げて、きっちりペナルティ受けてきます……』
『ありゃりゃ、ホント君ったら真面目ちゃんだよねえ』
『アンジュ様がちゃらんぽらんすぎるんです! ていうか、SSS級バックラーて何ですか!!』
今まで口答えなど一度もしたことの無かったカナが、初めて女神アンジュに向かってそんな事を言い放った。
それを見た女神アンジュは一瞬驚きつつも、すぐに嬉しそうな顔でカナの頭を撫でた。
『それでいいんだよ、カナちゃん。まあさっきのは冗談として……そろそろ全ての結末を見届けに行くとしましょうかね』
そして女神アンジュが新たに門を開くと、二人はその中へと消えていった。
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