048-セラが現れた理由

『人の身、それもこんな幼い身体であんな馬鹿げた威力の魔法を放つなんて、前世でホンモノの魔女をやってた頃の彼女はどれだけ規格外だったんでしょうね』


 私は苦笑しながらリビングのソファーにユキコさんを寝かせながら、窓越しに空を見上げた。

 空高くそびえていた魔王城は見る影もなく押し潰され、今では単なる黒いの塊になってしまっていた。


『さすがに魔王もあんな反則じみた一発を不意打ちで撃ち込まれたら、逃げれないっスよねぇ』


『危うく私も吸い込まれそうだったがな』


『!』


 いつの間にやらアルカが肩に小鳥ホロウを乗せながら戻ってきており、その後ろには早苗さんやグレイズの姿もあった。


『ユキコちゃんは、イルスヴァに脅されて私達を襲ってきた時もバレない程度に手加減してたんスね』


 キサキさんの言葉に一同は肯く。


『それにしても、魂がけがれ過ぎて手に負えないと神に見放された"裏切りの魔女"が、友のために尽力とは……。やはり、その世界で生きる者の素行の善し悪しなんてモノは、周りの環境やそれを見守る神々の素質に依存するのかもしれませんね』


『それ、ヨソの世界の神様をすごいディスっちゃってますけど、問題になりません?』


 私の発言に対して苦笑する早苗さんに、私は鼻で笑い返すと、スヤスヤと眠るユキコさんの隣にそっと腰掛けた。


『ふふ、私が尊敬するのは女神アンジュ様だけですので、そんなの些細な問題です。……さてと、一応は報告を送っておくとしましょうか』


 私がシステムコンソールを立ち上げようと右手を挙げると、自分が操作するよりも先に突然スクリーンが真っ赤に染まった。



【緊急警告】

 大規模な空間移動による魔力波の変動を検出。

 再出現予想エリアは第三世界サード

 座標は……



『え……?』


 映像には、三階建ての無機質な建物が並んだ風景が表示されている。

 近くには巨大なドーム状の建物があり、その中で多くの人間達が不安そうな表情で身を寄せ合っている姿が見えた。

 それらの建物に隣接した平地に巨大な魔法陣が現れると、空からキラキラと光が差し込み始めた。


『くそっ! 最初から城がおとりだったのか!!』


 アルカが悔しそうにテーブルを叩くと、急いで玄関に向かって走りドアを開いた。

 しかし……!


【進入禁止】


『なっ!?』


 虹色に輝く障壁が出現し、私達の行く手を遮っていた。

 私は曲剣を召喚し、全力で切りつけたがびくともしない。


『部屋の窓もダメっス!!』


 リビングからキサキの声が聞こえ、他の皆も同様なのか首を横に振る。


『くっ! ……これは、上級天使スキル"プリズム・プリズン"です。まさか魔王が能力まで吸収するなんて!』


 私が悔しそうに虹色の壁を殴ったタイミングで、ちょうどユキコさんが目を覚まして部屋から出てきた。


「なるほど、魔力障壁ですか……」


 ユキコさんは玄関ドアを開けて虹色の壁に両手をかざすと、ブツブツと何かを呟き始めた。

 すると、一瞬だけ虹色が砂嵐のように乱れてから、すぐ元の虹色へと戻った。


「なるほど、この壁には魔法を無力化する程の力は無いようです。……もう一回昏倒することになりそうですけど、全力で一発かませば"このくらい"の隙間は空けられるかも」


 そう言いながら、両手の親指と人差し指を合わせて、小さな輪っかを描いた。


『そんな小さなあなを空けたって、何も通れな~~……ああっ!』


 小さな孔でも通れる逸材が、この中に一人だけ居る!

 ――というわけで、皆の目線が同じところへ向いた。



~~



『我輩の魂をお主に託したい』


 よく分からない事を言うセラに、俺は思わず首を傾げる。


「どういう意味?」


『かつてカナがお主をたぶらかしたであろう? 我輩達の魂はどちらかの肉体が滅べば一つに……』


「却下だ!!」


 いくら鈍い俺でも、さすがに今回ばかりは全部聞かなくても理解できる。


「どうせお前の事だし、我輩が犠牲になれば皆を救えるだとか何とか言うんだろ? 絶対お断りだ。だったら代わりに俺の魂やるから、お前が魔王を倒せよ!」


『それこそお断りじゃ! お主をこんなところで死なせては、リクの両親に顔向けが出来ぬではないか!!』


「なんでそこで親の話になるんだよ!!」


 俺の問いかけに、セラはしばらく言いづらそうに口をモゴモゴとさせていたが、何かを決心したように俺の目をじっと見つめた。


『我輩は過去に……父上に連れられて、この世界で死人の魂を導いた事がある。それは仲睦まじい夫婦であったが、不運にも事故でこの世を去った』


「え……」


『しかし二人の魂は未練が酷くてな。我が子が心配で黄泉よみには行けぬと強情張りで、我輩の父上も大変困っておった』


「……」


『当時幼子であった我輩は、父上を助けるつもりで倒れた子に駆け寄り、言った。このわらべに何かあれば、我輩が必ず助けるから安心してお主達は逝け! ……と』


「……そっか」


 俺の表情を見て、セラは再び申し訳なさそうにうなだれた。


『ずっと黙っていてすまぬ。結果的にお主を騙す形になってしまって、本当に申し訳ない……』


 俺は俯いたセラに近づくと、その頭に手を伸ばし……こめかみをグリグリしてやった。


『あだだだだっ!? なななな、何をするかー!』


「うっせえ! おめーも周りの奴らも面倒くせえ!」


『め、面倒臭い!?』


 仰天するセラを尻目に、俺は席を立つとセラにビシッと指を突きつけた。


「とにかく一度自宅に戻って皆と合流するからな! お前もついてこい!!」


『なっ!? ……まあ、お主の性格なら仕方ないわなぁ』


「むしろ、さっきの話をされて、お前の狙う展開になるわけねーだろ。神崎のマンガ散々読んでたくせに詰めが甘いな」


『……はぁ』


 俺はしょんぼりしたままのセラの右手を握ると、教室を飛び出した。

 そして体育館の近くを通りがかったその時……


「な、なんだ!?」


 突然辺りが眩しく光ったかと思うと、空が虹色に輝きだした。


『これは第一世界オリジンの空間転移か?』


「ってことは、あれはカナの援軍か!」


 カナは神様が来るまで3時間くらいかかると言っていたのだが、校舎の時計を見たところ、魔王城襲来からまだ2時間弱くらいしか経っていない。

 緊急事態に対応するため、神様が急いでくれたのだろうか?

 と、二人が足を止めて空を呆然と眺めていると……


『セラちゃーーん!!』


 体育館横の女子トイレから、慌てた様子でおかっぱ頭の女の子が飛び出してきた。


「花子さん!? 昼前なのに出てきて大丈夫なの?」


『それどころじゃないよ! あの空のヤツ、何だか嫌な感じがするの!!』


 さすがに学校に住み着くオバケなだけあって、神様が苦手なのだろうか。

 そんなふうに脳天気な事を考えていたのだが、俺の目を一発で覚ますモノが目に入った。


「あれは何だ……?」


 校庭の空に浮かぶ虹色の枠の中から現れたのは、真っ黒な樹の根っこだった。

 その異形の塊からはドス黒い霧が吹き出していて、こんなのが世界の神様だったとすれば、今すぐ世界中の宗教は解散間違いナシであろう。

 アレは……あの化け物は、神様なんかじゃない!!


『リンナは家に残って正解じゃったな』


「ああ」


 天空城とは比べものにならない程に邪悪なオーラに、見ているだけで気分が悪くなってきた。

 そして、黒い根から放たれる瘴気しょうきによって、校庭周りに植えられていた樹の葉が散り始めるのが見えて、その不気味さに思わずたじろいでしまう。


「カナは学校に住み着いてる悪魔の結界なら大丈夫みたいに言ってたけど、やっぱ魔王ラスボスってヤツは、そう言うの関係ナシなんだな」


 俺が苦言を吐いたその時……



『僕の結界は聖属性スルーだからね。今回みたいなケースじゃどうにもならないんだよ』



『「っ!?」』 


 俺とセラが慌てて声のした方へ顔を向けたものの、そこに居たのは花子さんと一匹の白猫だけだ。

 二人が不思議そうに首を傾げていると、花子さんは少しだけ困り顔で白猫に指を差した。


「ま、まさか!!」


『うん、そのまさかだね。では改めまして。やあ僕は白猫のシロ。悪い白猫じゃないよ?』


『なぜホ○ミン』


 呆れながらぼやくセラを見て、シロはイシシシ……と面白げに笑った。


「という事は、君が小学校に結界を張っている悪魔……?」


『うん、そうだよ。正直なところ、僕のナワバリに土足……というか土のついた根っこで無断で踏み込まれるのは不愉快なのだけど、残念ながら僕は悪魔として他の悪魔連中の足止めは手伝えないんだ』


「ってことは、魔王の正体は悪魔なのか!!」


 俺の問いかけに、シロは花子さんの腕の中から飛び出すと、ぴょんと地面に飛び降りて答えた。


『ヤツの正体は生きとし生ける者の魂を食らう大樹食人木パーリジャータ。かつては単なる草であったものが自我を持つようになり、より強い力を取り込む為にだけに生きるようになった化け物さ』


 魔王の正体が植物型の悪魔で、天使のスキルを使って結界を突破してくるとか、多属性にも程がある。

 だが、シロの言う通り魔王の目的が『より強い力を取り込む』だとすれば、ここに現れた理由はまさか……!


『天使共に続いて勇者リクの魂を取り込む事で更なる力を得るのが狙いじゃな。そして終いには、この世界を救済する為に現れた神を喰らうつもりか……』


「俺が単なる途中経過ってのが気にいらねーけど、そうなるとますますやられるわけにはいかないな」


 俺はセラの頭に手をかざし、元の姿へと戻した。


「毎度頼ってばかりで申し訳ないけど、神様が来るまでの時間稼ぎを手伝ってもらえるか?」


『……ふっ、言われるまでもなかろう!』


 セラは二階の窓から空へ飛翔すると、大鎌デスサイズを構えて叫んだ。


『時の最果て!!!』


 セラの声が響いて、景色がモノクロに染まる。

 だが、その選択が誤りだった。

 空間を隔離するほどの巨大な魔力に対し、強い力に敏感な魔王が気づかないはずもなく、黒い根が鋭い刃となり詠唱中のセラをめがけて襲ってきた!


「避けろっ!!」


『っ!!?』


 俺は二階の窓サッシを強く蹴り、空中で結界を張り終えたばかりの無防備なセラを突き飛ばすと――





 そこで意識が途切れた。

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