047-それぞれの告白

 自宅前を離れた俺とセラは、なるべく目立たぬように伊藤家へと向かった。

 残った皆が上空に浮かぶ城と抗戦している様はどう見ても「空から飛来した謎の兵器と地上の軍隊の撃ち合い」にしか見えないわけで、言うまでも無く街中は大混乱。

 街中の住民が家を飛び出して逃げ惑う姿を尻目に、神崎珈琲店の前までやってきた俺達は見知った三人と遭遇した。


「神崎!」


「お、二人とも無事だったか!」


 俺たちが神崎一家の近くまで駆け寄るや否や、神崎が少し小声で耳打ちしてきた。


「やっぱり"アレ"も例のヤツか?」


「どうやら魔王城が直接乗り込んできたらしい」


 俺が指差した先、つまり頭上で黒煙と炎を上げている城を見た神崎は、グッタリした表情で溜め息を吐いた。


「ガチの魔王が異世界から城ごと襲来って、意味わかんねーな。セオリーから外れすぎだろ」


「それ、キサキも全く同じ事を言ってたな」


 俺に全く同じと言われた神崎が「やべー、俺アイツと同じ思考レベルなのかよ」と文句を垂れていて、キサキに聞かれたら「それは私のセリフっス!」とか怒り出しそうだなと思いつつも、一刻を争う現状においてそれに触れている余裕はない。

 俺は端的に小学校に向かっている事情を伝えた。


「なるほどな……。まあ、神様やらの援軍が来るって分かっただけでも安心できて良かったぜ。このまま世界が滅びるとか言われたらシャレになんねーし」


「カナが言うには小学校は強い結界で護られてるらしいし、お前らも良かったら……」


 俺が一緒に避難しようと提案すると、神崎は一瞬チラリとリンナちゃんに目を向けてから、少し困り顔で首を横に振った。


「どうもウチのお姫様が店を見捨てたくないらしくてな」


「なんだそりゃ!?」


 この非常事態になんで……と思ったものの、何かを察したセラはリンナちゃんの前に立つと、優しく微笑んだ。


『お主にとって、この店は何よりも大切なんじゃな?』


「……悪い?」


『いいや、自らの命を賭して護るという意志は尊重すべきじゃからな。それがモノであるのかヒトであるのかなんぞ、些細な事じゃ』


「うん……」


 それから二人で何か会話をしたかと思いきや、セラがリンナちゃんの髪をくしゃくしゃと撫でてから、真剣な顔でじっと目を見つめた。


『絶対死ぬでないぞ』


「当然よっ」


 それからセラは俺の右手を握ると、再び目的地を目指して走り始めた。

 一瞬だけ後ろを振り向くと、神崎がズボンのポケットに両手を突っ込みつつ再び神崎珈琲店へと引っ込んで行く姿が見えた。


「リンナちゃん、どうしてあそこに残る事にしたんだろうな……」


『帰ってくるまで良い子にしててね、だそうな』


「?」


『離婚して出て行った母親とリンナが最後に交わした言葉らしいぞ。口では、"あの女"だの"ムカつく"だの言っておったがな』


「……そっか」


 きっとリンナちゃん自身も不毛である事は分かっているし、その約束が守られる事は一生無いだろう。

 だけど、リンナちゃんの選択は決して間違いではないのだ。


「ったく、どいつもこいつも不器用な奴ばっかだな!!」


 俺は迷いを吹っ切るように叫んだ。



◇◇



 小学校に着くと意外と多くの人達が集まっており、皆が体育館へと誘導されていた。


「そういや災害時の避難場所に指定されてたっけな。空と地上で撃ち合いしてるアレを災害扱いってのは変な気もするけど」


『この国の民は集団行動と規律を重んじる傾向にあるからの。場合によっては皆助からぬ危険性もあるが、今回は周囲一帯で最も結界の強いこの場所に集まれたのは幸いと言えるじゃろう』


 セラはそう言うと、体育館とは反対方向に向かって歩いた。

 しばらくして俺達が到着した部屋は『4年は組』の教室、つまりセラの通うクラスだった。


『勝手知ったる我が席じゃな』


「お前、この生活どんだけ気に入ってんだよ」


『んー、この世界に骨をうずめても良いと思えるくらいには、かの』


 そう言って微笑むセラの表情を見て、何だかドキッとしてしまう。


『それくらい、ここでの暮らしは充実しておる。毎日、リンナとユキコと無駄話に花を咲かせ、家に帰ればカナやキサキ……そしてお主が居る。それが何よりも掛け替えのないものじゃな』


 セラは木座のイスに小さく座りながら寂しそうに俯いた。

 その儚い姿を見て、なんだかセラが消えてしまいそうな気がして、俺は思わず小さな背中を抱きしめた。


『っ!』


「心配すんな」


『……』


「どうせカナは何だかんだ理由付けて戻ってきそうだし、キサキに至ってはハーゲ○ッツ欲しさに帰って来る気がするからな」


『……』


「……」


『……ぷっ。なんじゃそれは! 全て他力本願なうえ、何も根拠が無いではないかっ!』


「だよなぁ」


『まったくお主は……ふふっ』


「はは」


 どちらからともなく笑いだした。

 そして……


『なあ、リクよ』


「ん?」


『……恐らく、皆は生きては戻れぬ』


「!?」


 突然の発言に、俺は思わずセラを抱きしめていた腕をほどいた。

 セラは再び立ち上がると、教室の窓から遠い空に浮かぶ城を指差した。


『そもそもあんな馬鹿げた質量の物体を無駄に浮かべている時点で実力差は歴然じゃ。空にうごめく魔王の力たるや、天使や悪魔が挑んでどうにかなるモノではない。カナの言っていたように"上級天使の力を吸収した"というのが事実であれば、その力は神に匹敵するであろう』


「神……」


『じゃが、お主の勇者としての真の力があれば、魔王を討ち滅ぼせるかもしれぬ』


 セラが正面にやって来ると、俺の両手を握って口を開いた。


『我輩の魂をお主に託したい』



~~



『さて、そろそろ二人は無事に目的地に着いた頃っスかね。それにしても、セラっちが素直に言う事を聞いてくれたのはホント意外だったっス。あの不満そうな顔……もしも二人に危害が及ぶと判断した時点で、私らが魔王と刺し違えるつもりって絶対気づいてたっスよ?』


「私は死ぬ気なんて毛頭ありませんけどね」


『ユキコちゃん、マジつえーっス』


 死地に赴きながらも軽い様子のキサキの姿に、何だか脱力してしまう。

 それよりも……!


「カナさん、セラちゃんと別れ際にわざわざ"白の悪魔"の名前を出すとか、私に対する嫌がらせですか?」


 カナはジト目で睨む私を一瞥いちべつしてクスリと笑うものの、事情を知らないキサキは不思議そうにキョトンとしている。


『小学校に結界を張ってる悪魔ですっけ? それがどうしたんス?』


『白の悪魔は、ユキコさんが前世で最後に呼び出した悪魔ですよ』


『うえぇっ!?』


 再び嫌な名前を聞いて、私は思わずギリリと歯ぎしりした。


「まさかここであのクソッタレの名前を聞くとはね……。一発殴っておかねーと、こんなとこで死んでられねえ!!」


『ゆ、ユキコちゃん、キャラ変わってるっスよ!?』


 怯えるキサキを尻目に、私は両手で空を仰いで周囲の魔力をかき集める。

 これを放つと、魔力を根刮ねこそぎ刈り取られた上に意識まで確実に持って行かれるだろう。

 だが……ここで決めてやる!!



「グラビド・エクセラ!!!」



 我が手から小さな黒いボールが真っ直ぐに飛び出すと、メキメキと音を立ててカナのシールドを突き破り、空に向かってぐんぐんと加速していく。

 周囲の雲を引き寄せ、雷雲を飲み込み、魔法の核が魔王城の中心に飛び込むのが見えた。


「くたばれ……!!」


 胸の前でパンと音を響かせててのひらを合わせると同時に、空に浮かぶ城がプレス機にかけられたようにいびつに潰れた。

 ……いや、厳密には「360度全方位から中心に向かって収縮」したのだ。

 地上から聞こえる程の轟音を響かせ、石造りの城壁がバキバキと砕けながら、内側に向かって落ちてゆく。


『王家の血を引く者だけが使える重力魔法……。まさか、第三世界サードでこんな使われ方をするなんて、貴女の祖先もさぞビックリでしょうねぇ』


 カナが遠い空を見上げながら、ぼんやりと呟いた。


『王家って……ユキコちゃんの前世って、お姫様っスか!?』


『本来ならば彼女も第四世界ワンダーワールドで、魔王を倒すべく生きる道もあったかもしれませんが……まあ、何もかも神の思惑通りに全て事が進むなら、私みたいな下っ端の天使はハナから要らないってもんです』


 薄れゆく意識の中、溜め息を吐きながら私を抱き止めたカナの表情は、何故か満足げな笑顔だった。

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