046-戦闘開始!

 その日はとても良い天気だった。

 父親の思いつきにより、一家三人でドライブに出かける事になった……が、ただ一人、当時三歳だった男の子だけは何故か出かけたくないと、だだをこね始めた。

 結局、母親に説得され後部座席のチャイルドシートに不満そうな顔で座った男の子は、そのまま泣き疲れて寝てしまった。



 ――男の子が次に目覚めると、そこは見知らぬ白い部屋の中だった。

 彼が目を開けると、七つほど年上の女の子と目があった。

 その子は見覚えがあり、たしか早苗という名の従姉妹だ。


「うわーーー! おかーさん、おかーさん!! リっくん起きたよーーー!!!」


 慌てて部屋を飛び出していった女の子の背中を目で追いかけつつ、やけに静かで壁の白い部屋をキョロキョロと眺めていると、見知った女性が泣きながら飛び込んできて男の子を抱きしめた。


「いとーのおばちゃん?」


「もう大丈夫だから……うぅ……」


 何が大丈夫なのかよく分からない男の子は、不思議そうな顔をしながら細い腕の中で首を傾げていた。



~~



『13年前の事故は、貴方には全く責がないじゃないですか』


 カナからそう言われ、一瞬だけ脳裏に幼い頃に見たモノが浮かんですぐ消えた。

 俺は苦虫を噛み潰したような顔でカナを睨むが、その悲しそうな表情を見てすぐに顔を伏せた。


「……まあ、天使なら知っててもおかしくないか」


『そうですね。私が知ったのは前任者の残した資料経由ですが、私は……リクさんには、もっと御自分の命を大事にして頂きたいと思っています』


「……」


 カナだけでなく、今まで生きてきて大人やら教師やらから聞き飽きるほど言われてきた言葉だ。

 それに続く言葉はいつも通り……


『でもまあ、御両親のぶんまで生きろ~……みたいな陳腐な綺麗事は言いません』


「あれ?」


 カナの口からありきたりな言葉は出てこなかった。

 驚く俺の真っ正面にカナは突っ立つと、少し乱暴な手つきで俺の頭をぐりぐりと撫でる。


「いでででっ!?」


『実は私、半年以上滞在しておきながら何も結果を残せなかったせいで、今回の一件で左遷確定なんです。しかも、これでリクさんに何かあれば完全にお先真っ暗なんです! ですから、何が何でも最後まで生き残ってください! 私の将来のためにっ!!』


「ええええーーっ!?」


 いきなりすぎるカミングアウトに、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


『こんな時まで自分の昇進を気にするとかパネェっス』


 カナはキサキのツッコミを鼻で笑い飛ばしつつ、俺の後ろに向けてビシッと指差す。


『というわけで、あなた達も全力でアレを止めるのを手伝ってくださいね!』


「え……」


 俺が慌てて振り返ると、そこにいたのは……


『お姉ちゃんに任せなさいっ!』


『今度こそセラ様のお役にたってみせます!』『ククルゥ!』


『僕の滞在中に襲来するとは、タイミングの悪いヤツだ』


「私が最期に契約した白猫の悪魔に比べれば、あの程度で魔王を自称するとは……」


 早苗姉さん、アルカとホロウ、グレイズ、そして魔女姿のユキコちゃんと、まさかの面々が集結していた。

 ……というか!


「さ、早苗姉さんが何で!?」


『リっくんを狙うド悪党がやってきたのに、家で指咥えて待ってなんか居られるもんですか!』


「はぁ」


 早苗姉さんが半悪魔ハーフデビルとは聞いていたものの、今回の相手は異世界から襲来してきた魔王だ。

 俺が自信満々に胸を張る早苗姉さんを見て不安な顔をしていると、グレイズが俺の意図を察したのか、フッと鼻で笑った。


『君が不安に感じるのは、早苗の"姉としての姿"しか知らないからさ、彼女は人間とのハーフではあるけれど、そもそも第二世界セカンドからやってきた来訪者を護る使命を与えられてるんだよ? そこらの悪魔より弱いわけが無いだろう』


「……マジで?」


 驚く俺を見て、早苗姉さんは答え代わりに、その手に持っていたジャベリンを構えると空高く放り投げた!


『旧劇の弐号機みたいじゃな』


「俺も同じ事思ったけど、縁起が悪いから言うな」


 投げられた槍が猛スピードで大空をまっすぐに貫くと、空を覆っていた黒い霧を吹き飛ばした。

 そして姿を表したのは……


「天空の城……?」


 空には巨大な岩に張り付くような形で城が浮かんでおり、その異様な姿を露わにしていた。


『天界からの報告では魔王城が消失しクレーターがあったと書かれていましたけど……頭おかしいにも程がありますね』


『普通、こういうのは恐怖の魔王だけで空から降ってくるってのが相場でしょうにね。建物はこごと飛んでくるとか、定石ってもんが分かってないっスね』


 あきれ顔でぼやくカナとキサキに思わず苦笑するが、何かをいち早く察知したユキコちゃんが唐突に両手を空に向けながら叫んだ。


「エレメンタルシールド!!!」


 俺達全員を囲うように虹色の膜が広がると、その直後にドス黒い炎が周囲を包み込んで強烈な熱風を巻き起こした。


『魔王城から砲撃だと……! なんて馬鹿げた火力だ』


 ユキコちゃんが咄嗟に防壁を展開してくれなければ、危うく全員火だるまになるところだった。

 だが、荒れ狂う炎に圧され、防壁がミシミシと嫌な音を響かせはじめた。


「くっ、私のシールドだけでは耐えられない……誰か……!」


『行きます! エレメンタルシールド!!!』


 助けを求めるユキコちゃんに応え、カナが同じシールドを展開した。

 同時に再び眼前が明るく照らされ、そのタイミングに合わせて飛び出したグレイズは両手を広げて叫んだ。


『インフェルノ!!』


 グレイズの放った灼熱の炎は、まるで砲撃のような爆音を響かせながら防壁を突き破って大空に火柱を打ち立てた。

 あまりの威力に、火柱が黒い炎を巻き込みながら魔王城の城壁を打ち抜くと、そのまま貫通して空を突き抜けていった。


「すげえ……」


『私も負けてられないっス!』


 続いてキサキが飛び出すと、先程の炎にも引けを取らない程に巨大な氷塊を空に向けて撃ち込んでいた。

 それを見たユキコちゃんは安心した様子でぐったりとセラに倒れかかる。


『無茶しおって……』


「あはは。この世界で魔力を集めるのは、やっぱりしんどいね」


 ユキコちゃんは杖の力を借りなくとも魔法を使えるようになったと言っても、どうやら肉体的な負担はかなりあるらしく、肩で息を切らせながら地面に座り込んでしまった。


「大丈夫?」


「はい。ですが、ここに固まっていても魔王から狙い撃ちされるだけです。複数に別れて多方から迎え撃つべきかと……」


 ユキコちゃんの提案を受け、アルカはホロウに飛び乗ると防壁の外へと飛び立った。


『私がヤツの攻撃を引き付ける! その隙に叩け!!』


 アルカはそう言い残してから魔王城の周囲を飛び回り、城からの砲撃を自らへと誘導し始めた。

 更にカナが何重にも結界を張りつつこちらにチラリと目を向ける。


魔王ヤツの狙いはリクさんですから、セラさんと一緒に小学校に逃げてください! あそこの結界であれば、多少なりは時間稼ぎになります!』


「小学校に結界? 誰がそんなモノを???」


『あそこを縄張りにしてる連中のひとりに、"白の悪魔"と呼ばれてる輩が居るんです。不本意ですけど、今のところ小学校が一番安全なのも事実。ですから、お二人でそちらに避難してください』


「え、皆は……!?」


 俺の疑問に対し、キサキはかんらかんらと笑う。


おとりっスよ。リクくんは普通の人間で、セラっちも元の姿に戻らなければ魔力が低すぎて探査魔法にもかからないから、物陰から逃げれば魔王に気づかれずに行けるはずっス!』


「そんな……!」


 キサキの言葉に困惑していると……俺の右手をセラの小さな手が握ってきた。

 不安そうな俺を見て、セラはにこりと笑いかけてくる。


『迷っておる時間は無い。我輩達が逃げ切れば、皆も安心して散り散りに逃げられるはずじゃ』


 セラの言葉に皆は頷き、俺とセラは二人で伊藤家の屋敷へ向けて走り出した。


『ふぅ、意地張って「逃げたくない!」とか言われたらどうしようかと思いました』


『私も、グレイズ君が死亡フラグ立てるような事を言い出さないか、ハラハラしてたっスよ』


『死亡フラグって何だ!!?』 


 後ろから聞こえる声に、俺とセラは顔を見合わせて少しだけ笑った。

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