045-魔王襲来

 その日、私はいつも通り自室で目を覚ました。

 居候いそうろうの身でありながら人様の家を間借りしたうえ"自室"と呼ぶのはいささかふてぶてしいとは思うのだけど、この家での生活を始めて約半年。

 ここがまるで我が家のように錯覚してしまう自分が居るのも事実だ。


第四世界ワンダーワールドの討伐隊が魔王を蹴散らしてミッション完遂報告が届いたら、私は天界へ戻って任務終了。自分の尻も拭く事すら赦されず、何も使命を果たせないまま帰還となると、出世コースからはリタイヤ確定かぁ……』


 何となく、今後そうなるであろうと予想される自分の将来ビジョンをふと呟いた。

 以前までの自分であれば半狂乱で取り乱していたであろう状況にも関わらず、なぜか不思議と苛立ちは感じなかった。

 どちらかというと、この平凡な生活が終わる事が何だか惜しいような、そんな不思議な気分だ。


『私としたことが周囲の面々に毒され過ぎですね……。次はリハビリも兼ねて魔物退治しそうな部署への配属をお願いするとしますか』


 と、妄言をこぼしたその時……



【緊急警報!】



『警報!?』


 システムコンソールが自動的に立ち上がってアラートメッセージが表示されるなんて、よほどの事が起こったのだろう。

 私はスクリーンを展開し、警報内容の見出しを表示させた。



【緊急警報】

 第四世界ワンダーワールドへ派遣された上級天使四名が意識不明の重体。

 討伐対象は逃亡し、消息不明。

 全エリア出向中の関係者は下記ターゲットを見つけ次第報告し、再度逃亡しないよう対処すること。



『……え?』


 あまりの内容に、一瞬、私は何が起きたのか理解できなかった。

 上級天使といえば自分のような下っ端の天使など足下にも及ばぬ程の強者揃いで、それが四名ともなると神に匹敵する力がある。

 それが四人とも魔王にやられた……?

 私は画面をスクロールさせ、詳細を確認してゆく。


『魔王城があったはずの岩山には巨大なクレーター……。四名は魔王城があったと思われる座標で発見……。現場に戦闘の形跡は無く、全員が著しく生命力とマナを失っており、ドレイン系スキルを使われた可能性アリ……。第四世界ワンダーワールドの空間転移門のシステムログには膨大なエネルギーが通過した形跡……まさか!!?』


 私が急いでドアを開けると、ちょうど起きてきたセラさんと鉢合わせた。


『朝っぱらから何事じゃ?』


『説明は後です!』


 慌てて二階から階段を駆け下た私は、玄関ドアを開けて愕然とした。

 それから少し遅れて隣にやってきたセラさんが、私の視線の先……大空を見上げて驚愕の表情に変わった。


『何じゃ……あれは……』


 私達の目に映ったのは、早朝の大空にうごめく巨大な闇だった。

 人間達もさすがに異常だと理解しているのか、皆が外に出てそれを眺めたり、脳天気な愚民共が夢中で撮影する姿が目に入った。


『魔王討伐に失敗したんスね』


 いつの間にか起きてきたキサキさんの指摘に少し苛立ちを覚えつつも、私は頭を縦に振った。


『……先程、魔王に戦いに臨んだ上級天使四名全員がやられたと報告がありました』


『なんじゃと!!』


『上空に漂っているアレは恐らく魔王の空間転移ゲートでしょう。こちらに気づき次第、襲ってくるかと』


 私がそう言うと、セラさんは恐る恐るこちらへ視線を落とした。


『お主、あれに勝てるのか……?』 


『まさか。私みたいな下級天使とは比べものにならないくらい強い上級天使達を撃退するような化け物ですよ? しかも、そんな討伐隊のもつマナを取り込んで能力を強化している疑念もあります』


 私はそう言うとシステムコンソールから天界へ向けて【救難信号】を発信した。

 緊急レベルはもちろん最大で。


『私達の力ではまず勝てません。天界から援軍が来るまで推定2時間強……とにかく私達で応戦し、時間を稼ぎます!』


『……リクが我輩の魔力を得れば、それを媒介に勇者の力を使って勝てるのでは無いか?』


『!!』


 確かに、リクさんが強大な魔力を得ることができれば、その力で勇者の力を発動し魔王を倒す事ができるかもしれない。

 セラさんの言葉に一瞬その考えが頭を過ったものの、それはつまり『彼女を殺し、死神の力をリクさんに託す』という事だ。 

 だが、私はすぐにその誘惑を振り払うと、彼女の小さな頭にチョップした。


『あいたっ!?』


『そんな事しちゃったらリクさんの魂が穢れるでしょう! 馬鹿な事言ってないで、ちゃっちゃ準備! 早くリクさんを起こして、セラさんは元の姿に戻……』


「こんだけ騒いでて起きてないわけねーけどな」


 呆れ顔で空を見上げるリクさんの姿に、私は少し不安を覚える。

 異世界から魔王が襲来したという事は、アレの狙いは間違いなく彼なのだ。

 にも関わらず妙に達観していて、全く緊張感が感じられない。


『リクさん、貴方は……』


「ん???」


 最初、私がリクさんに対し、セラさんが勇者の力を手に入れる為に命を狙うかもしれないと伝えた時は酷く怯えていたのだが、今の彼からそのようなおそれは一切感じられない。

 かつての私であれば『魔王の刺客から何度も命を狙われて慣れてしまい、危機に対する意識が希薄になってしまった~』……などと脳天気に考えていたかもしれないが、ずっと一緒に暮らしていたからこそ、今ならハッキリと理由が判る。


『既に魔王は天界だけでなくあらゆる世界からも追われる身です。となると、この世界の住人を人質にしたり自暴自棄になって大量殺害ジェノサイドを起こす危険性があります』


「!!!!」


 予想通りの反応だった。

 私が最も考えられる最悪の可能性を口にした途端、彼は酷く怯えた表情を見せた。

 その表情は、かつてセラさんが勇者の力を奪おうとする可能性があると伝えた時と全く同じ。

 ……この人は半年前から何も変わっていないのだ。


『貴方は"自分以外の誰かが傷つく事"が怖いんですね』


「……っ!」


 セラさんが勇者の力を手に入れる為にリクさんを襲う可能性があると私が伝えた時、彼が怯えた理由は、きっと「死の恐怖」ではなく「その力を悪用される恐怖」だった。

 だからこそ、今回の魔王襲来も「自分の命が狙われる事」に何の警戒も感じていなかったのに「脅威が第三者に及ぶ可能性」を伝えただけで態度が急変した。

 彼がそんなにも他者への危害を怖がる理由、それは……


『13年前の事故は、貴方には全く責がないじゃないですか』


「!」


 彼は驚きながら、辛そうな顔でうつむいた。

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