044-動き出した元凶
『リクさんにお知らせでーす!』
帰ってくるや否や、カナは満面の笑みで部屋に飛び込んで来た。
「そういや天界に戻ってたんだっけ。何か良い事でもあったのか?」
俺の問いかけに、ヌフフフ~と不敵な笑みを浮かべると、カナは人差し指をビシッと立てて応えた。
『
「何だか微妙に物騒な話なのに、なんで嬉しそうにしてんだよ……」
『だって、これでこの一件が済めばリクさんは命が狙われる心配が無くなりますし、転生する必要も無くなるのですよっ!』
「すげえ! それは助かる!!」
確かに、神様やら天使やらが代わりに魔王を倒してくれれば、俺が行く必要無いわけで、まさに願ったり叶ったりだ。
ぶっちゃけ「最初からその路線で行ってくれよ!」と内心思ってしまうのだけど、まあエライ方々には色々と事情があるのだろう。
「それにしても、さんざん俺を転生させたがってたくせになぁ。カナはいつの間に穏健派になってんだ?」
『我輩なんぞ、初対面にも関わらず開口一番で死ねと言われたぞ』
俺とセラが苦笑しながら突っ込むと、カナは不満げに頬を膨らした。
『私としては課せられた仕事をこなせないのが嫌だっただけで、別に転生させる事にこだわってたわけじゃないんですーっ』
「はいはい、わかったから怒るなって」
最初は冷淡なイメージだったのに、半年ほどでカナもずいぶん丸くなったもんだ。
と、微笑ましく思っていた最中、何かに気づいたセラが少し困惑気味に訊ねた。
『それはつまり、お主は御役御免で天界に戻るという事ではないか?』
「あっ!」
確かに、俺が転生する必要が無くなり、魔王の一件の事が済むという事はつまり、カナがここに居る理由も無くなるという事だ。
俺達二人の反応に、カナは少し寂しそうな顔をしつつもニコリと笑った。
『本当はお二人の魂を分離する方法を見つけるまでは御一緒できればとは思うのですが、この件に関しては残念ながらこちら側ではなく、リクさんとセラさんお二人の問題でしたので、さすがに難しそうです……』
「そっか~。……でも、ありがとな」
きっかけはどうであれ、出会った頃はいつもいがみ合っていた天使と死神が、今や別れを惜しむようになるとは、なかなか感慨深い。
『べ、別にセラさんを心配してるってわけじゃなくてですねっ。私はリクさんの魂の
『んー、これは見事なまでに典型的なツンデレ~……い、いや、何でもないっス!!』
一方でカナとキサキの上下関係は相変わらずで。
というか完全に主従関係なのだけど、キサキ自身もそれを楽しんでいる節があるし、これもまた一つの友好関係なのかもしれない。
あ、そういえばキサキも……!
「お前も、この魔王の一件が済んだらどうするんだ。俺らと一緒に居たのは、身を隠す目的もあったろ?」
『あー、確かに春過ぎには修行期間が終わるんで、それまでに片づいていれば帰らないとダメっスね』
「そっか」
となると、このまま順調に事が進めばキサキともお別れという事になる。
何だかずいぶん長い事この4人で暮らしていた気がするし、一緒に居るのが当たり前だったから、それが終わると思うと何だか不思議な感じだ。
伊藤家を出て一人暮らしを始めた時とは違う、寂しさとは少し異なる感覚だけど、これを表現する言葉は思いつかないや。
『出会いがあれば別れもある。時の移ろいは何者も逆らえず、か。寂しくなるのぅ』
セラの言葉に、カナは再び寂しそうな表情を浮かべつつも、すぐにしかめっ面でセラのこめかみをグリグリし始めた。
『あだだだだっ!? 何をする!』
『そういうしみったれた言葉は、もっとナヨナヨした薄幸のヒロインみたいな奴が言うもんです!』
『う、うぅむ……確かに』
いや、確かにってアンタ……。
最近我が家の居候達は人間界のサブカル文化に浸かりすぎて、おかしな共通言語で会話が成り立つようになってしまった。
カナとキサキは元の世界に戻った後にその辺で困らないか、ちょっと心配だなぁ。
◇◇
「さーて、今日の一日一善は何じゃらほい」
「何だよその口調は」
おかしな言葉遣いな神崎にツッコミを入れつつ、俺と神崎は放課後バイト前の「勇者に課せられた職務」をこなすため、のんびりと外を歩いていた。
「そういや、リンナちゃんはあれから大丈夫か?」
「ああ。少し動揺はしてたが、おかげさまで今は落ち着いたみたいだ。……それにしてもユキコちゃんの正体が異世界転生でやってきた魔女とは、相変わらずリクの周りには変なのばっかり集まるよなぁ」
「それだとおにーさんも"変なの"にカウントされるのでは?」
「!」
後ろから突然声をかけられ、慌てて振り返った俺達の視線の先に居たのはなんとユキコちゃん御本人であった。
神崎をジト目で睨む様はカナとはまた違った鋭さで、カナが刃だとすればユキコちゃんはまるで氷のようだ。
だが、俺は知っている……それは神崎にとって褒美でしかないと。
「おい神崎。ドン引きされてるから言葉責めされて喜ぶの止めろ」
「よ、よよよよ、喜んでなんかねーし!」
俺に図星を突かれて焦る神崎をちらりと見て溜め息を吐くユキコちゃんに苦笑しつつ、俺は改めて声をかけた。
「今日は一人?」
「はい。セラちゃんとリンナちゃんは、授業中にお喋りしてた罰で居残り掃除やってます」
「「何やってんだアイツは……」」
呆れ顔でぼやく兄二人を見て、ユキコちゃんはおかしそうにくすりと笑う。
それから少し真面目な顔で、神崎に深々と頭を下げた。
「先の一件では妹さんの事、本当に申し訳ありませんでした」
「……ああ。正直、まだモヤモヤっとはするけどよ。でも、アイツは君を許したんだろ?」
神崎の問いかけに、ユキコちゃんは控え気味にこくりと頷く。
「なら、俺は兄貴として妹の考えを尊重するだけさ」
「…………はい」
はい、と言いながらも表情が曇ったままのユキコちゃんに、神崎は苦笑しながらそっと手を伸ばして小さな頭を軽く撫でた。
「これからもウチの妹の事、よろしく頼むぜ」
「……はい!」
今度こそ力強く応え、ユキコちゃんは一礼して走り去っていった。
「神崎にしては珍しく真面目モードだったな」
「珍しくは余計だっつーの」
その数分後、俺達は道に迷っている外国人と遭遇し、カタコトの英語とジェスチャーだけで道案内に挑み、無事に本日の「人助けノルマ」を終えたのであった。
~~
四人の男女が薄暗い城の廊下を歩きながら騒いでいる。
全員が綺麗な鎧に身を包み、皆それぞれがレイピアや銀色の弓などの自慢の
『それにしても、まさか
『たが、元はと言えば
『ちょっと二人とも、一応ここは敵地なんだからね! もうちょっと緊張感をもって行かなきゃ』
『相変わらず君は心配性だね~』
四人組の中の紅一点である弓使いの女に対し、最後尾の男がひょうひょうとしたノリで話しかける。
『それにしても、やけに静かだな。てめえの本拠地に侵入されてるってのに、人っ子一人出てきやしねえ』
『まさか俺らにビビって逃げちまったんじゃねーだろな?』
『むしろ、追いかけるの面倒臭いからそれは嫌だわ……』
『だね~』
四人は余裕の表情で楽観的な事を言っているが、それもそのはず。
背中に大きな翼を持ったこの者達は、
『よし、ここが魔王の野郎が居る部屋だな』
魔王という存在も『勝手に魔王を自称する民のひとり』に過ぎず、その生殺与奪すらも自分達が握っている……はずだった。
『そんじゃ、いっちょやってやるぜ!』
しかし、彼らは一つ大きな過ちを犯していた。
……いや、そもそもその考えに至らなかったのだろう。
『エナジードレイン』
この世界を統べる程の力を悪用された場合のリスクを。
魔王がその力を奪う好機を狙っていたという事を……。
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