結:聖剣エクスカリバー




 からんころん と店のベルが鳴り お客の訪問を告げます。


「はいはーい」


 すると店の奥から暖簾のれんを かき分け、鼻の辺りに少しそばかすが見受けられる少女が出てきました。

 その格好は作務衣さむえ姿、しかし髪は黒でなく薄桃色です。


「いやーアスカさん、この剣 スゲェっすわ!」


 入って来たのは身なりのよろしくない、はっきり言ってしまえば貧乏そうな、冒険者風の青年でありました。

 彼は腰に下げた両手剣とは別に、薄く七色の光を放つ神秘的な剣を掲げています。


「この剣を手にしてからというもの、そりゃあもう無双も無双、まさに俺の時代が来たって感じでした!」


「まあ」


「剣の腕が からっきしな俺でもですよ、こう襲い掛かってくる魔物を千切っては投げ千切っては投げ」


 何も持たない方の腕で剣を振るジェスチャーが始まりました。


 少女が、それはすごいです、と相槌を打ちながらその話に耳を傾けているため、青年は嬉しそうに話を続けます。


 そして迷宮ダンジョン10階層のエリアボスであるドラゴンと切った張ったの大勝負を繰り広げ、満身創痍で見事に討ち取ったところまで話を進めると、


「……もう、思い残すことはありません…」


 今までの勢いとは打って変わり、青年は悟った様子で天井を仰ぎ見て、その握り締めていた剣を台の上に置いたのでした。


「ご利用、ありがとうございました」


 少女は にこりと笑顔を返しております。


「冒険者生活の最後に、いい思い出ができました。

 これも全てアスカさんのお陰です」


「いえいえ、うちの品がお役に立ったようで何よりです」


 お店の常套句じょうとうくでございますね。


「…オヤジから くすねて来た金も旅費で底をつきかけ、やっとの思いで街に着くや否や、兄弟きょうだいに居場所を特定され連れ帰されそうになる始末……。

 思い出の最後にと両親から渡された金で ここ数日間 豪遊するも、やはり根っからの冒険者気質な僕には『ひとりでドラゴンを倒す』という夢が捨て切れませんでした ―― 」


 あらあら、青年は唐突に自分の身の上話を始めるではありませんか。


「えーと、その話も長くなりますか?」


 時刻は夕時。その人物は店じまい前にようやく帰ってきたのでした。

 そして少女には明日の準備のために まだやっておきたいことがあるのです。


「 ―― しかし遊びに使い過ぎて なけなしの金しか残っていなかった俺は途方に暮れます。ああ、金がなければ装備も買えない」


「それ自業自得です」


「そんな時に降って湧いた話が耳に飛び込んできました。

 最近この街でオープンした、格安で中古品を扱う店がある、と。


 その名も『りさいたる』」




「歌えってか。


 Reサイクル、です。

 り・さ・い・く・る…!」


「それです。

 そこでまず僕は軍資金を得るべく持ち出してきた家宝の一振りを ―― 」


 要約すると、イイトコの坊ちゃんが冒険者に憧れて迷宮が近い街へと向かい、リサイクルショップなる お店で家にあった お高い剣を売っては中古品で装備品を揃え、竜退治に出かけたのでした。


「知ってますよー」


 その取引をしたのは何を隠そう彼女です。


「迷宮は暗いから なんてこの永久松明たいまつ、もとい聖剣を貸し出していただいた時は、まさかこんなにも役に立つなんて思ってもいませんでした…」


 そして ふっふっふ と含み笑いをしながら、俺の眼は誤魔化せません と呟いています。

 ちなみに剣は七色の光を放っていますが、それ以外は何の変哲もない見た目です。


「エリアボスを倒すと聞いてアスカさんは俺がやろうとすることにピンと来る。そしてこれを貸し出した。

 ……そう、この永久松明もとい聖剣の真名は、ドラゴンキラー…!」


(違いまーす)


 しかしドヤ顔で宣言する青年に面倒くさくなったのか、アスカは営業スマイルで にっこり返すのでした。


「そうか! やはりそうだったか!」


 ひとり勝手に喋り続けた青年は、ひとり勝手に納得しています。


「本当に、本当に感謝するよ。君は俺に大事なことを気付かせてくれた」


「はあ」


「冒険者に大事なのは


 …剣!


 仲間よりも剣!


 努力よりも剣!


 才能よりも剣だったんだあ~!」


「へえー」


 どうやら今回の冒険で彼の価値観は大きく変わったようです。


「俺は 兄弟きょうだい達みたいな 信頼される者にも、剣に優れた者にも、頭のいい者にも向いてない。

 でもただひとつ、この鍛冶スキルを極めればあるいは…」


 彼は後の世代に錬成王として名を残し、その生涯において多くの魔剣を作り出したのですが、それはまた別の話でございます。


「よし、そうと決まれば猛特訓だ…!

 じゃあねアスカさん、納得のいく剣が出来たらプレゼントしに来るよ!」


 そして からんころん という音と共に青年は姿を消したのでした。


「……」


 青年がいなくなって数秒 経ち、ハッと気付いて頭を下げます。


「…ま、またのご利用を お待ちしております」


 中古品取扱店『Reサイクル』。


 オープン初日の最後は何とも言えないこのお客様という、微妙な余韻で終わりましたとさ。




「よいしょ。よいしょ」


 少女は店の前に設置していた立て看板を回収していました。

 そこには、


 本日開店 中古品取扱店 『Reサイクル』

 今なら冒険者応援キャンペーンで 永久松明 エクスカリバー など貸し出し中


 と表記されております。


(丈夫だし、いつも光ってるから松明いらずでいいと思ったんだけど、お客さんの反応からするに、武器として貸し出していいのかな?)


 店内に看板を入れます。しかしランプの火は全部 落ちているのに、そこは薄ぼんやりと明るいのでした。

 それは鞘から少し抜き出されたエクスカリバーの刀身が、周囲にまばゆい光を放っているからであります。


「おつかれさまエクス」


〈生計のためなら是非もありません〉


 少女が話しかけると、剣は言葉を返したのでした。

 その声は女性のもので凛とした女騎士を連想させます。


 そして看板の前で少女が うんうん唸っていると どうしたのかと尋ねるのです。


「いやさぁ、もっとお客さんを呼べるキャッチでポップな広告できないかなーなんてねー」


〈うーん、主人の言葉は難しい〉


「エクスはどこを変えたらいいと思う?」


〈私ですか?

 そう、ですね…前々から思っていたのですが、その、エクスカリバーって名前、ちょっとこう重量感がありませんか?

 なんていうか…重い女的な……」


「そうかな」


〈絶対そうですって。

 魔力を喰いまくる大食い剣ってイメージが この重いヘビーな響きからビシビシと伝わってきます。ええ、間違いありません〉


「変えるとすれば?」


〈…ペトス…はむらん……いえ、私からは何とも…〉


 しばらく考え込む1人と1本であります。


「…『ぽかぽか丸』なんていかが?」


〈むむ〉


「いっつも暖かい光を出しててお日様みたいだよねー」


〈おお、いいですいいです。

 じゃあそれ、それでいきましょう…!〉


 どうやら剣はその名前が気に入ったようでした。


「ぽかぽか さーん」


〈はーい!〉




 ぴーちちち ちゅんちゅん


 そして翌日の朝。


「よいしょ。よいしょ」


 少女が設置する看板には、こんな文字がありました。


 開店2日目 中古品取扱店 『Reサイクル』

 どこよりも高く買い取り! どこよりも安く売り出し!

 今なら冒険者応援キャンペーンで 永久松明 ポカポカ丸 など貸し出し中でーす



 

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異世界でReサイクル生活 矢多ガラス / 太陽花丸 @GONSU

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