継続


「郵便でーす」

「あっ、はーい」


 いつも郵便物はレジ横に置いていくが、今日は珍しくどうやら『書留』の郵便物があった様だ。


「じゃあ、コレで。はい」

「はい、ではこちらを。ありがとうございましたー」


 郵便の方は軽く会釈すると、そのまま扉を閉め、立ち去った。他の郵便物は大したものはなかったが、今貰ったものはどうやら『手紙』の様だ。


「誰でしょう? あっ……」


 手紙を裏にかえして書かれている名前でようやく賢治は送り主が分かった。


「…………」


 コレは、やはりゆっくりと読むべきだろうと思い、賢治はカウンター席に腰かけた。

 そして手紙を開けると、そこには『私は元気です。賢治さんは元気ですか? 短い間でしたがありがとうございました』という言葉から始まり、夢莉の近況報告がつづられていた。


 どうやら夢莉は地元に戻った後、そこで喫茶店のウエイトレスのアルバイトを始めたらしく、ここでの経験もあってかアルバイトの方は順調の様だ。

 ただ、やはり困っている人を見ると放っておけないたちなのは変わらず、たまにトラブルに巻き込まれてしまうらしい。


 しかし、それが全て悪い方向にいくというワケでもない様で……。


 手紙にはこの間、重い荷物を持つお婆さん荷物持ちを手伝ったら高級茶葉をもらい、それをアルバイト先のマスターに渡したところ、かなり喜ばれたという事が書かれていた。

 その茶葉の名前も手紙に書かれていたが、夢莉はなぜマスターがそこまで喜んでいたのか理解出来ていなかったようだ。


「なるほど、夢莉さんにはその茶葉の価値が分からなかったようですね」 

 賢治の喫茶店は基本的に『珈琲』をメインに扱っている。


 多少は私も紅茶の知識はあるものの、所詮は『多少』という程度。しかし、どうやら夢莉が今働いている喫茶店は『紅茶』に力を入れているらしい。


 手紙にはさらに織田が訪れた時の様子も綴られており、病室に入った織田は奥さんと再会した瞬間。

 何か文句の一つでも言ってやろうと待ち受けていた奥さんを前に大号泣してしまい、しばらく収拾がつかない状態になってしまったらしい。


「ふふ」


 何となく、その状況が想像出来てしまい、思わず笑みがこぼれる。

 そして、最後に『これからも父をよろしくお願いします』と締められていた。


「ん? コレは……」


 封筒の中にまだ『何か』残っている事に気が付き、すぐに傾けるとそれはその時に撮ったであろう家族写真が入っていた。


「ふふ」


 その写真をよく見ると、織田の顔には涙が流れ、奥さんと夢莉は少し苦笑いしているように見えた。


「全く、あれだけ会うのを拒んでいたのは『こんな姿を見られたくなかったから』と思われかねませんよ。これじゃ……」


 賢治はその写真を見ながら、ふと先日会った『自爆しようとした彼』の事を思い出した。


『お兄さん、だぁれ?』


 病院で賢治と対面し、開口一番。彼はそう呟いた。


『…………』


 彼が眠っている間。

 実は、この可能性もあるかも知れないと少しは考えていた。しかし、実際にそうなると……なかなかその事実を受け入れるのは辛い。


 自爆から無事に生還した彼は『記憶喪失』になっていた。


 しかも、どうやら精神が『幼稚化』してしまい、それどころか記憶もここに来た頃どころか小学生の頃ぐらいまで戻ってしまったらしい。

 話を聞いたところによると、いつどのタイミングでこの人の記憶が戻るか分からない様だ。


『…………』


 でも、これはこれで「人生のやり直し」と捉えられるのかも知れない。もっとも、彼はそれを望んでいたかは分からないが……。


 ただ、文字通り『体は大人で頭脳は子供』なんともアンバランスだ。


 結局、彼は今も病院にいる。一応、経過待ち……という事らしいが、おかげさまで裁判もまともに出来そうにない。


『被疑者の幼稚退行』


 これで幕引きかと思うと、やはり少し思うところがある。しかし、これも紛れもない事実の一つだ。


「それにしても、本当に律儀な子ですね。もしも『ゆき』が生きていたら……友達になって欲しかったくらいです」


 そう呟きながら写真立てへと目をやった。写真立ての中の妹たちはいつも微笑んでいる。


「まだ、もう少し待っていてください。もう少し思い出を作ってから会いに行きます」


 思い返してみれば、賢治は妹に……ゆきに『ナポリタン』を作った事はない。


「まず、向こうで久しぶりに会ったら食べてもらいましょうか」


 なにせ『ナポリタン好きの女性』オススメだ。しかも、ゆきと同年代。きっと気に入ってくれるはず……。


「さて、準備を始めますか」


 賢治は送られてきた手紙を丁寧に戻し、その写真立ての横にソッと置き、外へと繰り出した。


「ふぅ、寒いですね」


 見上げた空は晴天だが、少し肌寒さが出てきている。それでも冬はまだ先だ。

 でも、あの時から少し苦手で見る事も嫌だった『雪』は、今年降ればちゃんと見る事が出来る。


「おや、おはようございます。寒くなってきましたね」

「あっ、おはようございます。そうですね。だいぶ寒くなりました」


 ここに来て大分経った。今では賢治の姿を見れば近所の人たちが声をかけてくれる。


「また後で珈琲を飲みに行くね」

「はい、お待ちしております」


 笑顔で別れた後、賢治は空を見上げ、小さく息を吐きそのまま店内へと戻った。

 両親と妹に再び会うまで『喫茶店』は続けよう。そして、今度会う事が出来たのなら、彼女たちに自分の料理を披露しようと思う。


 もう一度、笑顔で過ごすために――。

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束の間の休日には『ナポリタン』を 黒い猫 @kuroineko

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