披露
「いらっしゃいませ。あっ、織田さん」
「おう」
扉をあけつつ片手をあげて入ってきたのは織田だった。しかし、その表情はどこか疲れているように見える。
「お疲れの様ですね」
「ああ、いつでも警察は大忙しだ」
そう言いつつ織田はいつもの様にカウンター席に座った。
「でも、織田さんが疲れているのは『それ』だけじゃないんですよね?」
「はぁ、なんでいるんだよ。純」
横にいる人の顔を見るまでもなく、織田は声だけで隣にいる人が「純」だと分かったらしい。
「偶然タイミングが合っただけですよ。狙ってきたわけじゃありません」
純は不貞腐れた顔をしているが、わざわざカウンター席を選んだところを見るとワザと狙った様にも見えてしまう。
あの爆発事件の後。
この喫茶店は一旦閉めて、割れてしまったガラスや壊れてしまった備品や調理器具などを捨て、内装や外装を新しくした。
しかし、このカウンター席や内装も外装も前回とほとんど変えていない。それこそ、パッと見た感じでは「え、どこを変えた?」と言われてしまうほどだった。
「あっ、そういえば賢治さん。この間はありがとうございました」
「ん? 何か手伝ってもらったのか?」
「ええ、ちょっと」
「下着泥棒の件でちょっと助言を頂いただけです」
「ああ、あれか……」
そう言いつつ、織田はお冷を一口飲んだ。
「それにしても、大変だろ? 喫茶店を続けながらっていうのも」
「ええ、まぁ」
あの事件以降、今も『探偵の仕事』をしている。
ただ、それは本当に『たまに』と言えるくらいで、今の純が言っていた様に『助言』程度の事しかやっていない。
あの一件では、自分が大きく関わっていた事もあって、かなり事件に口出しをしたけど、本来なら賢治はこの『助言を送る』程度の立ち位置なのだ。
「でも、そのおかげかどうか分かりませんが、増えましたね。警察関係者の人」
「そうですね。ありがたい話です」
「まぁ、大声で話すって事もないだろうし、本当に休憩時間にちょっと来る程度だろうけどな」
確かに、あの事件以降。警察関係の人がここをよく訪れる様になっていた。
しかし、今までの常連のお客さんと特にトラブルを起こす事もなく、平穏に過ごしている。
「ん? ランチ始めたのか?」
「おや、そうみたいですね」
「ずっと前から夢莉さんが『ランチ』を始めてみては? と言ってくれていたので、その意見を受けて最近、パスタランチを始めたんですよ」
これがかなり好評で『ランチ』には色々なパスタが載っている。
その中には『特におすすめ』というシールが『ナポリタン』の横に貼られている。
「夢莉は本当に『ナポリタン』が好きだからなぁ。じゃあ、それで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「そういえば、今週末に会いに行くんですよね?」
「…………」
横から純がそう言うと、織田は顔をサーッと青くして頭を抱えた。どうやらようやく自分の元奥さんに会いに行く目途がたったらしい。
「よかったじゃないですか。ようやく夢莉さんたちの願いが叶いそうで」
「他人から見ればな。その当事者は、当日どんな顔で会いに行けばいいのか分からないんだよ。はぁ、どうしよ」
「だから頭を抱えているんですか? もとはと言えば自業自得じゃないですか。織田さんの」
「…………」
純の言っている事があまりにも正論だったのだろう。
食後の珈琲を優雅に飲んでいる純を横目に織田は「ぐうの音も出ない」という様子で、さらに頭を抱え、しまいにはカウンターに頭をぶつけた。
織田は、少しいかつい見た目をしていると思う。
その見た目故にドッシリと構えた頼れる人……と思われがちだが、その実。内面はかなり繊細で臆病だ。
それ故なのか、いざ自分が子供を持った時、守り切れる自信がなく、離婚してしまったのだろう。
多分、奥さんも織田の性格と仕事を理解した上で離婚に応じた。そして、今まで精一杯生きてきて、ちょっと弱気になっているのだろう。
「あんまり気負わなくていいと思います」
「え?」
「大丈夫ですよ。夢莉さんもいらっしゃいますし、きっと大丈夫です」
「そう……だろうか」
「はい」
「そうだといいが……」
それでも気にかけてしまう辺り、織田らしい。
「さて、お待たせいたしました。ランチメニューの『ナポリタン』でございます」
今も頭を悩ませている織田の前に、出来上がったばかりの『ナポリタン』を置いた。
出来立ての『ナポリタン』を見ている表情は……やはり親子なのだろう。
最初に『ナポリタン』を見た夢莉と同じで表情には出さないようにはしているが、その目は……輝かせていた――。
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