するすみ
すはまにてよめる
こゆるきの いそしみつらし するすみに
そむるかたへの そてのうらかな
【一】
染むる
【二】
染むる
【通釈一】
【通釈二】
些細な出来事に動揺し、あなたのために尽くすことが辛くなってしまった。独り身に染まって慣れてしまった私が拭う涙で着衣の片方の袖の裏が濡れてしまったよ
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次の文章は和歌文学研究者の
小宅:まずは「すはまにてよめる」という
秋山:なるほど。「濱」という
小宅:「そてのうら」と聞くと私など和歌文学をやっている者は直ちに山形県の袖の浦を想起します。最上川河口の左岸一帯を指して「袖の浦」と言っていまして、弘法大師の伝説とも絡み合って歌枕として古来から和歌に詠まれています。ただ、そうなると大磯と位置的にどういう関係があるのか不明瞭ですよね。かといって、秋山さんが挙げられた千葉の袖ヶ浦も、そもそも「袖の」と「袖が」で相違しているし、山形よりは近くなりましたが、やはり神奈川と千葉ですとどうにもわからない。
秋山:わかりませんね(笑)
小宅:はい(笑)。そこで調べてみると、実は大磯の近隣に「そてのうら」という名を持つ場所があるんですよ。
秋山:本当ですか? 私は寡聞にして存じ上げないのですが……。
小宅:大磯を東に行くと江ノ島があって、さらにその東に
秋山:ああ、
(中略)
秋山:では次に、この歌で用いられている技巧と解釈についてお聞きしたいのですが、なかなかこれも一筋縄ではいかないようですね。
小宅:はい。この歌を詠んだ
秋山:あれ、推定の助動詞「らし」が誤用されていませんか?「らし」は終止形接続が原則で、直前がラ変形用言の場合のみ連体形に接続しますけれど、この歌では「らし」の直前が「磯清水」という体言になっています。
小宅:そうですね。「らし」は現代の「らしい」の直接の先祖になりますが、現代の「この人が犯人らしい」のように「らし」「らしい」が体言に接続する用例の出現は江戸後期まで待たなければなりません。致命的な誤用ではないものの、この事実をそのまま援用すれば、この歌は近世に作られたことになりますから、それでは作者と時代が合わなくなる。
秋山:偽作ですか?
小宅:そこは私もまだよくわかりませんので後考を期したいと思います。その一事を取ってもかなり難儀な歌ということになりますが、他にもこの歌の解釈を妨げる要因の一つとしては、無用とも思えるほどの掛詞の頻用がありますね。そこで最初に私なりの結論から申し上げますと、これは失恋の歌として詠まれているのだと思うんですね。
秋山:恋の歌ということですか? 私には墨
小宅:さすが秋山さんです。ではちょっと煩雑になりますがそのことも含めて見ていきましょう。まず「
秋山:なるほど。ただ、私は小宅先生が最初に仰った「
小宅:いま秋山さんが仰った「恋人に会う」の意味で「見る」が使われているという説は大変面白いですね。その可能性もあるのか。
秋山:いやいや、お話の腰を折ってしまいすみません。先生のご解釈をぜひ。
小宅:秋山さんの説にも大いに惹かれてきてしまったんですが(笑)、私の解釈もちょっと似ているのでお話ししましょう。実は
秋山:「のちくゆ」の歌は「豊饒なる語彙世界」に収載されていますね。確か、夢の中に現れた恋人が、自分ではなく見知らぬ男のことを想っていたようだ、あの男は誰なんだ、といったような内容でしたか(笑)(※https://kakuyomu.jp/works/1177354054888143292/episodes/1177354054890623172)
小宅:そうです。夢の中とはいえ恋のライバルが出現したことに動揺する、といった情況への感慨が一般論の
秋山:ああ、そうか。そうするとそれに続く「いそしみつらし」は自分がこれまで恋人に尽くしてきた「
小宅:面白いですね。あと、いずれにせよ、両説とも枕詞の「こゆるきの」で「いそ」を導きつつ、意味的には実は「するすみ」に掛かっていることに変わりはないようです。つまり「
秋山:「するすみ」、そうか、独り身ですもんね。しがらみのない気楽な独り身というのもあるでしょうけれど、恋人に尽くすのが辛くなってしまったら、もう別れるしかないのかな……あるいは仕事が忙しい忙しいと言って恋人に会おうとしないから振られちゃったとか(笑)
小宅:後者かも知れませんね(笑)……だからこその「するすみ」。
秋山:それで「すみにそむる」くらい、つまり着物の袖の色が涙で変わってしまうくらい「そてのうら」を濡らして泣いているわけですね。なんだか可愛そうになってきたな。
小宅:いつの世にもありそうなことですよ。この歌は「こゆるき」の歌ではなく「するすみ」の歌とこそ呼ばわれるべきでしょうね。
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