【昔話】働き者と貧乏神

くーよん

働き者と貧乏神

むかしむかし、ある所に、とても意地の悪い老人が居ました。

その老人は人にいたずらをするのが好きで、

人が困っている顔を見るのが何よりもの楽しみ。


いたずらの手並みがあまりにも見事なので、

それを見た閻魔様は、老人が死んだあとに老人の魂を呼び出して

こんな事を言いました。


「お前は生きていた時、たくさんの悪事を働いたので、

 天国には行けぬ。地獄行きじゃ。

 しかし、今ちょうど貧乏神のなり手を探しておってな。

 貧乏神は皆に嫌われ、誰もなりたいと思わぬからいつも人手不足だが、

 意地悪がうまいお前にはぴったりだろう。

 地獄に行くか、貧乏神として働くか、選べ。」


意地の悪い老人は震えあがりながら、閻魔様に頭を下げました。


「へへー、喜んで働かせていただきます」



貧乏神はせっせと働きました。

元々が意地悪で、生前から人から嫌われていた貧乏神なので、

不幸になった人たちに恨まれても気にもなりません。


「ああ、これは天職じゃ」


そう言って貧乏神は笑います。



ある時、貧乏神はいつものようにある一家を貧乏にさせました。

しかし、その家の子供はそんな中でもいつも笑顔で、よく働く働き者でした。

どれだけ働いても貧乏神のせいで運が悪く、いつもお金に困っておりましたが、

どんなときにもへこたれずよく働き、いつも笑顔で過ごしておりました。


「こいつの親父は怠け者で居心地がよかったが、こいつはよく働くのう。

 貧乏にさせるのがわしの仕事だが、こんなに仕事がやりにくい男は初めてじゃ」


貧乏神はそう呟きながらも、少年に負けじと頑張って働きました。



ある時、よく働く少年に、庄屋さんが褒美として着物を買ってくれました。

そこで、貧乏神は先回りして、少年が笑顔で家に向かう帰り道に、

寒さに震える親子を導き、座らせておきました。

それを見た少年は、その親子に、もらったばかりの着物を渡します。

親子は驚いて少年にお礼を言いました。


「有難うございます、あなたがここに来て下さったお蔭で、

 私達は寒さに震える事なく、冬を越すことが出来ます。

 このご恩は忘れません」


「なになに、去年もわしはこの着物で過ごした。今年もこれで十分じゃ。

 これも神様のお導きじゃろう」


そう言って少年は笑って家に帰りました。



またある時、少年はお寺にお経の書かれた巻物を届ける仕事を請け負いました。

貧乏神は少年に道を間違えさせ、その用事に遅れさせようとします。

そのせいで少年は山で道に迷ってしまいましたが、その道の途中で、

川に落ちて溺れかけていた娘を助けました。


「有難うございます。こんな場所で溺れてしまって、

 誰にも気づかれずに死んでしまうかと思いましたが、

 あなたが来て下さったお蔭で助かりました。あなたは命の恩人です」


「なになに、これも神様のお導きじゃろう。助けられてよかったわい」


少年が運んでいた巻物は濡れて読めなくなってしまいましたが、

お寺のお坊さんは少年の行動を褒め、許してくれました。

けれど、仕事に失敗した少年には、お金は払われません。



こうして少年は、成長して大人になっても、貧乏なままなのでした。



ある日、いつも通り笑顔で家に帰ってきた男を、

貧乏神は天井裏から見下ろします。


「こいつは、わしがどれだけ邪魔を働いても笑顔で帰ってくる。

 ああ、なんと優しい男だろう。

 わしが貧乏神でないのなら、こいつに福の一つでもやることが出来るのに」


仕事を終えた貧乏神は、すやすや眠る男を見守りながら溜息を吐きました。

生前から今まで、こんなに一生懸命な人を、貧乏神ははじめて見たのです。



そんな男の元に、お嫁さんが嫁いできました。

それは、子供の頃に川で助けた娘でした。

この嫁も男と同じくらいに働き者で、命の恩人の妻となったと言う事もあって、

朝から晩まで男と一緒に笑顔で働きます。


「ああ、有難い事じゃ。わしには勿体ないくらいの良縁じゃ。

 これもまた神様のお導きじゃろう。ああ、ありがたいありがたい」


男は今までよりもよく働くようになりました。

働き者の夫婦を屋根裏から見守っていた貧乏神は呟きます。


「男一人でも貧乏にするのが大変なほどよく働くのに、

 加えて嫁まで働くとなると、わしの手には負えんわい。

 これはだんだん、居心地が悪くなってきた」


困ったように溜息を吐く貧乏神ですが、どこか嬉しそうです。



それから数年経って、ある年の大晦日。子供を寝かしつけた男と嫁が、

正月から売るためのわらじをせっせと編んでいると、

屋根裏でごそごそと物音がしました。


「おやおや、ネズミか泥棒か。

 うちには大晦日だというのに御馳走もなく、

 盗めるようなものもないと言うのに」


男が笑いながら屋根裏に見に行くと、

何とも汚い身なりの老人が荷物を背負って出ていこうとしているところでした。


「おやおや、あんたは誰じゃね」


「わしか。わしは貧乏神じゃ。

 お前の親父の代からこの家に住んで、お前たちを貧乏にする仕事をしてきた。

 しかし、お前ら夫婦がよう働くもんで、わしではもうお前達を貧乏にできん」


「ははあ、それは悪いことをした。あんたの仕事を邪魔してしまったのかの」


「そうじゃ、お前たちのせいで、わしは貧乏神を辞めなきゃいけなくなった。

 ああ、だがこれでわしもほっとした。

 これ以上お前たちを貧乏にするのは、わしもつらい」


そう言って出ていこうとする貧乏神を男は引き留め、嫁の前に連れていきました。

現れた貧乏神に嫁は驚いたのなんの。

しかし、わけを聞くと嫁は貧乏神に手を合わせました。


「あなたが夫の仕事の邪魔をしてくれたお蔭で、私は命を助けられ、

 こうしてこの人の妻になることが出来ました。有難い事でございます」


追い出されると思っていた貧乏神が驚いていると、男も手を合わせて微笑みます。


「庄屋様から頂いた服を、親子に渡したこともあった。

 だが、そのおかげであの親子は冬を越すことが出来た。

 そう思えば、あんたはわしにとって貧乏神でも、

 あの親子や妻にとっては福の神じゃなあ」


生まれてから死ぬまで、死んでから貧乏神として働いて今まで、

誰かに感謝されたことなんてなかった神様は、縮こまってしまいます。


「のう神様。外は雪も降っておるし、慌てて出ていくこともないじゃろう。

 良かったら火に当たって、一緒に新年を祝ってくだされ。

 それに、あんたがおってもわしらはこうして子供も設けて幸せに暮らしておる。

 あんたが良ければ、これからもここに住むがええ」


嫁も男の言葉に頷いて微笑みます。


「貧乏神を辞めなきゃいけないなら、あなたはただの神様です。

 このまま家の守り神をしてください。あなたも私の命の恩人ですもの」


貧乏神は、いつも人から嫌われておりましたから、

2人の優しい言葉に、思わず泣き出してしまいました。


「すまんのう、わしも貧乏神として働いておったが、

 一生懸命働いているお前達を見ているうちに、

 仕事することが苦しくなっておった。

 こうして拝まれるなんて考えてもみなかった、ありがとう、ありがとう。

 こんなに幸せな気持ちになったのは初めてじゃ。

 お前たちこそ、わしの福の神かもしれん」


遠く除夜の鐘が鳴り響く中、そう言って貧乏神が手を合わせますと、

貧乏神の身体は光に包まれ、そして、消えてしまいました。



気付けば、貧乏神は閻魔様の前に居ました。

閻魔様は言います。


「お前は貧乏神としてよく働いた、天国に迎えてやることが出来る。

 しかし、お前は真面目な働き者で天国にやるには惜しい。

 他の仕事を用意してあるのだが」


貧乏神は、閻魔様が用意した仕事を聞いて、目を丸くします。


「天国では楽に暮らせるが、この仕事は忙しいぞ。どうじゃ、やるか」


貧乏神は身を震わせながら、閻魔様に頭を下げました。


「へへー、喜んで働かせていただきます」



夜が明けて、貧乏神の居なくなった家は静かなお正月を迎えました。

貧乏神が居なくなり、正月に売りに出たわらじは全部売れ、

久しぶりに少しだけ豪華な食事を一家で楽しんでおりましたが、

男は、消えてしまった貧乏神の事が気になっておりました。


そんな時、戸を叩く音がしました。


「おうい、開けとくれ」


「おお、この声は貧乏神どん。さあ入っとくれ、いなくなって心配しておった」


「いやいや、わしはもう貧乏神はやめたんじゃ。貧乏神じゃあない」


「はて、じゃあ何て呼べばよいかの」


そう言って男が扉を開けると、立派な着物を着た貧乏神が笑っておりました。


「福の神と、呼んでおくれ」



それからも一家は、福の神に見守られながらもよく働き、

その国一番の長者になったとさ。




めでたしめでたし。

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