アメは涙を流していく

第1話

 できた、成功した。

 皇城と名乗る男は恍惚の声をあげた。口から飴玉がこぼれ落ちた。

 僕はこの飴をつくるレシピをついに完成させた。この甘さ、本物だ。

 皇城は一代で成し遂げた飴職人だった。今まで飴細工などで糊口を凌いでいた。皇城は飴細工ではなく、その飴本来の味の研究をしていた。その追求していた味にようやくたどり着いたのだった。

 女は飴玉を拾って口に含んだ。皇城の首に手を回して息を吐く。ちりちりと釜の焼ける匂いが立ちこめる。

「どお、続きをする」

 女は飴玉を口から半分だけ飴玉を覗かせる。息が顔にかかる。皇城は女の腰に手をまわす。

 当然だ。最後まで味わう。

 皇城は飴玉を口で受け取る。力を入れて女を引き寄せる。飴玉が皇城の口の中に移ると女はうめき声をあげた。

 男女の舌と唾液を絡ませながら飴玉が転がっていく。飴玉は唾液が混ざり合うと甘美を増した。触れあう舌が熱を帯びて飴玉はその熱に反発するかのように冷たさを帯びる。その抜ける感覚がまた飴を求めるように舌が蠢いていく。

 僕の究極の飴は男女唾液が混ざり合って完成するものであった。ひとりで口に含んでもそれなりに美味しいが究極は男女の唾液の混ざり合いだ。これは差別ではなく、実験として男同士で試したり、また女ふたりと自分と試したりしたが、しっくりこないというか、やはり男女ふたりの味にはかなわないのだった。

 飴玉はやがて溶けていってしまう。どっちの舌の上で消えていったのかわからない。しかし余韻を残してくれる。痺れるような甘さがお互いの舌に微かに残り、その甘さをまたお互いに求め合っていく。体に溶けていった飴が唾液としてまた分泌されていく心地よさがある。

 この飴だ。

 僕の目はやや三白眼がちで細かい飴をつくっているためいつも鋭さをもっている。そして自分の血は汚れていた。いろんな血が混ざり合っている。父親母親祖父母曾祖父母、みんな肌の色が違う、目の色が違う、その末に生まれたのが僕だ。そして僕は飴しかつくらない男だ。しかしなぜか女は僕を求めてきた。女は僕の肌をなで目を見つめて頬に口づけをしてくるのだった。僕は女を無視した。

 僕の求めるのは女ではなく、究極の飴なのだ。

 皇城は煮立つ釜から飴を取り出す。うるち米を砕いて煮詰めて麦芽を加えて冷やし、ふたたび沸騰させてつくる製法の飴だった。その途中で皇城の研究した薬味を絶妙な配合で注入する。自分で栽培した薬味である。その植物の名前は皇城にもわからない。布で濾して飴玉にしていく。

 汗がしたたり落ちて飴玉に吸われていく。その汗もまた重要なスパイスであった。筋肉が躍動する。隆々とした体はまた女を夢中にさせた。汗が筋肉を黒光りさせていく。真一文字に結ばれた唇の奥に噛みしめる奥歯が男の強さをより一層際立たせる。

 飴玉がなくなって引き剥がされた女は、飴玉が作られている間、気が気でなかった。部屋に充満する暑さが女の脳髄を刺激する。皇城の飴をつくる姿を見つめては息があがり、目は虚ろになっていく。しかし女がここで動いてはいけないことを学んでいる。皇城の飴づくりを妨げては総てが台無しになってしまうことを知っている。ここは耐えなくてはならなかった。いつか飴ができたと声がかかるまで。

 身体から湯気がまだ揺らめいている中、皇城は動きを止めた。できあがった飴玉を手に取って口に含んで女に顔を振り向けた。

 おいで。

 女は目を開いて駆け寄っていく。女は抱きついて口で飴玉を受け取りまた舌で飴玉を返した。ふたりとも体中汗を吹き出していた。

 女は僕の飴をふたつも口に含むとどうしても身体まで求めてくる。女は衣服を脱ぎだしすべてをあらわにしていく。誰しもだ。みんな女はそうしてくる。僕は飴玉だけを求めているのだ。女の身体には興味がない。

 女も皇城が自分を求めていないのはわかっている。だけど自分は求めずにいられないのだった。すべてをなげうってもいいほどの狂わしさを募っていた。自分の背後に何人も女性の影があることを知っている。たまたま自分はここまでの関係になれたけど、いつ捨てられるかわからないし、これ以上の関係に進展するとは思えない。

 どこかで自分に気づいてくれて求めてくる儚い希望もどこかで捨てきれない。こうして抱きついているだけでも、もう満足している自分もいる。ここは極楽であり地獄なのだった。刹那でありながら永遠の時間だった。

 僕が女性に暴力を振るうことはない。女性の身体に労りと敬いを捨てては、この究極の飴も味を変えてしまう。だけど、女を冷たくあしらうことはやめられない。この女がいなくなっても他に女はいるからだ。僕の求めているのは女ではなく

 もっと美しく甘いこの飴だ。

 皇城の頬を一筋の涙が伝っていく。涙が口の中へを通過していくと少しのすっぱさが、また甘さを導いてきた。

 ああ、僕を慰めてくれるのは飴だけだ。

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