七物語 死神が嗤う時

 日差しで溶けているアスファルトの上に、半身の潰れた猫が転がっている。眼前にあるソレはあまりの暑さによって既に蛆が湧き、あらゆる微生物によって悪臭を放つ。

「ヤなモノ見たな」

 そうかい? と、誰にも聞こえない程小さな呟きにわざわざ応える声など、私の知る限り奴しかいない。

 ある時、私の前に一人の男が現れた。

 そいつは自分のことを死神と騙ってはいるが、神だの仏だのを信じない私は信じなかった。すると、論より証拠だなどとほざいてヤツはコンクリートの壁に手を入れたいや、入れたというよりは手が壁に埋まったようだ。

 流石に目の前で起こったことを否定するほど子どもでもないが、それでも胡散臭いことには変わりなく、まして、死神なんて不吉なもとわざわざ関わることもない。だから、まともに取り合おうとしなかった。

 その態度をどう受け取ったのかは知らないが、ヤツは私に付きまとうようになった。私からしたら迷惑極まりないが、それでも実害は無い為放っておいた。

 過去に一度、「なぜ、私なのか?」と質問したことがある。ヤツはニヤニヤしながらただ一言、面白いからと答えた。どうにも釈然としないまま、しかし、それ以上の答えは得られそうにもなかったのだった。

 それで、この猫はどうするんだい?

 わざわざ、そう尋ねた奴の顔はどこか楽しそうであった。いつも同じ答えだというのに、毎回飽きないものだ。

「どうもしないよ」

 可哀想とか思わないのかい?

「思わないね。私にとって、あの猫は何も関係がない。わざわざ埋めて供養する義理もないさ」

 いいねぇ。実に私好みな回答ですよ。

「あなたに好かれるのは虫唾が走る」

 随分と嫌われてますねぇ。私はこんなにも愉しいのに。

 横で騒ぎ立ててる鬱陶しいヤツを振り切るように横断歩道が渡る速度を少し速くなった。

 一度、振り返れば蜃気楼に揺れて、曖昧になっている境界にソレは溶けていった。


 人は死を見ると否応なく変容する。より死を身近に感じ、死を己の存在へ溶け込ませていく。それが良い事なのか、悪い事なのか私には分からない。

 しかし、そんな私でも分かっていることはある。いや、分かっているのではなく、証拠も何もない直勘の類であるが、私は確信を持って言えるのだ。

 それを観察した時、きっと死神は愉悦に塗れた嗤いを浮かべるだろう。

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キリトル場面100物語 千文色夜 @0426_2000

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