五物語 雨が頬を伝う日

 戸外から雨が地を打ち付ける音が響く。いっそ静かに降る雨と異なり、室内は多くの音で溢れていた。囁く声も数十人も集まればそれは騒音とそう変わらない。

 喪服の黒で埋め尽くされたその人ごみの中で、彼女を見つけたのは偶然にも近かった。


 川野美衣かわのみえという名の彼女は俺の従姉妹だ。そんな彼女もセーラー服に身を包み、気丈に振る舞っていた。俺の二つ下の美衣は高校受験を終えたばかりだった。

 爺さんが死んだのは彼女が合格通知を手にした二日後だった。死因は心筋梗塞。もともと心臓に持病を抱えていた爺さんには予想できたことであった。

 従兄弟衆の中でも特に爺さんに懐いていたのは美衣だった。だからこそ、彼女が合格通知を受け取ったと知らされて一番喜んだのは爺さんだった。通夜が終わり、親戚の多くがそれぞれ挨拶をしている中で、彼女が人目を憚かるように外に出て行くのを見た時、追いかけなければと思ったのはその背中にどこか暗く重いものを背負っているように見えたからかもしれない。

「美衣。こんなところでどうした?」

 偶然を装って声をかけると彼女の肩がビクリと跳ねた。

信兄しんにいちゃん、どうしたの?」

「いや、ちょっと買い出しを頼まれてな」

 嘘だ。俺は買い出しなど頼まれていない。しかし、ここで「外に出るのを見かけたから追いかけてきた」と正直に話すのはどこか憚られた。

「それより、傘も挿さずにこんなところにいたら風邪ひくぞ」

「今はもうちょっとここに居たい」

 そっと振り返った彼女は目を腫らしていた。

 多分そうだろうと予想はしていた。分かってもいた。いや、いたつもりだった。辛くないはずなどないのだ。人目を気にせず泣きわめきたいほど哀しいはずなのだ。しかし、彼女はそれを家族に、親戚に、そして自分自身悟られないように、気丈に振る舞っていただけのだ。

 俺はそれを悟ると同時に彼女へ静かに近づくと、右手で美衣の体を引き寄せた。何の抵抗もなくストンと胸に顔を埋めた彼女は、それでも必死に唇を噛み締め、涙が溢れるのを堪える彼女を優しく抱きしめる。

「ここには俺しかいない。……今だけは泣いていい。だから、ここで全て流してしまえ」



 雨は彼女の声をかき消し、二人を閉じ込める牢のように降り続ける。

 今日は彼女の頬に雨が伝う日。

 明日からはきっと、虹のように色とりどりの表情を見せてくれるはずだ。


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