終話 いつものリビングで

 窓から涼しい風が吹いてくる。

 そろそろ風に秋の気配が漂ってくるようだ。

 再来週くらいには稲刈りの時期かな。

 文明はそんな事を思いながらリビングから外を見やる。


 水田は文明達の息子の正典まさのりが始めた。

 まさか大学を出て農業をするとは文明も思わなかったのだが、農学部を選んだ辺り最初から確信犯だったらしい。

 なお母親の亜理寿は『何となくそうしそうな気がしていた』との事だ。

 専業農家をはじめて四年ほどは作柄も安定しなかったが、今では同年齢の公務員より年収が多くなっている。


 水田の面積は文明の祖父がやっていた頃と比べ数倍の広さだ。

 下流側の耕作放棄された部分も買取って整備し直したからである。

 以前と違い水田の高さと大きさを揃えて、大きな機械で一気に作業出来るようにしてある。

 だから一気に作業が出来て効率はかなり良い。

 でもビオトープやサバゲー場、野菜畑や花畑の場所はそのまま。

 ついでに言うと露天風呂と付属サウナもまだまだ現役だ。

 釜を変えたり中の屋根等を直したり手は入れているけれど。

 その辺は文明や亜理寿に気を使ってくれている模様だ。

 時々正典も大学生に混じって遊んでたりもするけれど。


 正典の子の美土里は小学一年生。

 女の子らしさはまだまだ先になりそうで、ビオトープ付近やため池、奥の滝の方と友人と遊び回っている。

 学校も友人達の家も決して近くはないが、自動運転のデマンドバスが呼べば来る状態なので苦労はない。

 小学生の美土里は慣れたもので学校に遊びにデマンドバスを使いまくっている。

 文明自身は自由に動ける自家用車が好きなのだが、そんな考えは古いらしい。


「どうしたんですか、あなた」

 亜理寿がお茶を入れたお盆を持ってやってきた。

 文明はお茶を入れたお盆に、不意に誰かの事を思いだす。

「もう長い事会っていないけれど、美鈴さんは元気かな」

「元気ですよ。時には美土里と一緒に遊んでいるんじゃないですか、きっと」


 他の妖怪達もどうやらまだまだ元気なようだ。

 弁蔵君も玄関にいたり物置にいたりするし、初生さんと美亜さんは時々位置が左右入れ替わっていたりする。

 文明や亜理寿だけでなく他の皆もその辺特に驚かない。

 きっと気づいているのだろう。

 亜理寿も大分魔力は弱くなったようだけれど、魔法はまだ使える。

 今も熱い飲み物が苦手な文明の為に煎れたお茶を冷やしてくれたりしている。

 ただ亜理寿が魔法を使えるというのは、文明以外の家族には秘密だ。

 正典あたりは何となく気づいているかもしれないけれど。


「真理枝さん達も元気でやっているようですよ。暑中見舞いに孫が何人も一緒に写っていましたし」

「あそこは息子も娘も狸なんだよな、確か」

「孫もですよ。狸の血は優性遺伝らしいですから」

 真理枝さんの子供や孫ならさぞかし賑やかな事だろう。


「再来週辺りは稲刈りかな」

 文明は最初に思っていた事を口にする。 

「そうですね。そろそろそんな時期ですね」

 そう、そんな時期だ。

 田畑を耕し、収穫し、来年に備える。

 この家もそんな風景をずっと見てきたのだろう。

 一時はその流れも途絶えたけれど復活した訳だ。


 大学に合格してはじめて此処に来た時は、こんな風になるとは思わなかったな。

 何やかんやで亜理寿と二人三脚でなんとかここまでやってきた。

 生活環境の進歩のおかげでこんな田舎でも不自由しなくなったのも幸いしたし。


 ただ、まだまだやれる事は色々あるような気がするな。

 山関係もまだまだ手を入れきっていないし。

 でも取り敢えずは、また。

「明日あたりまたキノコでも取ってこようかな」

「そうですね。一緒に行きましょう」

 今の生活に文明は満足している。

 この場所も、ここの空気も、隣に亜理寿がいてくれる事も。

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プラスA 於田縫紀 @otanuki

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