その3 お別れ
この家も訪れる人が増えたり減ったりしながら年を重ねていく。
いつしか僕達から見て上級生より下級生の方が多くなった。
薪仕様の本格サウナが完成したり、木工用に作業場が拡張されたりもした。
ビオトープ部分は大分本格的な感じになった。
一部は公園のように木道の散歩道を付けて、歩いて回れるようにしてある。
深川先輩がたまにここやため池で投網だの何だのでおいたをしているのはお約束。
そんな時はその日か翌日の夕食が豪華になったりする。
バイクレース場は学内では非公式ながら有名になり、雪の無い季節は月に一度はレースが開かれるようになった。
サバゲ場も年々賑わってきているようだ。
山の伐採の手続きも慣れたもので、僕が三年の頃からは毎年秋に間伐の届出を出して、冬に十数本伐採するようにしている。
これだけあれば露天風呂を毎日炊いても何とかなる。
たまにチェンソーアートに挑戦して無駄遣いする人もいるけれど、その辺はまあご愛敬。
ちなみにチェンソーアートの指導は川本教授がやっている模様。
このおっさんは相変わらずいつの間にか部屋でビールを飲んで倒れていたりする。
本物のぬらりひょんではないかという疑惑はやはり消えない。
あとは僕が院1年の時、美智流先輩と抜田先輩の結婚式なんてものもあった。
一部の人は驚き、一部の人はなるほどと思い、一部の人はもげろと叫んだ。
でもまあ、似合いの2人と言えなくもないと思う。
悪狸討伐会の皆様からは大分手荒い祝福があったようだけれども。
そんな感じで僕と亜理寿さんは一緒に歳を取って五年後。
僕は修士で卒業して予定通り近くの研究団地内にある研究中心の企業に就職。
亜理寿さんは医理大付属病院の薬剤師採用に無事合格して採用。
そんな訳で二人とも無事ここから通う事が出来る職場に就く事が出来た。
真理枝さんは昨年卒業して元々の地元である奈良の方へ帰った。
でも博士課程へ行った摩耶先輩や研修医で付属病院にいる
それに週末はバイクだのサバゲだの散策だので後輩達が来て賑やかだ。
でも今日は平日で、そして亜理寿さんも宿直ではない普通の夜。
亜理寿さんと2人でリビングにいると、美鈴さんが部屋に入ってきた。
最近美鈴さんはあまり出てこなかったので珍しい。
どうしたのかな、そう思っても答えてくれないし。
美鈴さんは僕と亜理寿さんの前で来ると、いつもと違い改まった感じで真っ直ぐに立って、頭を深く下げた。
「えっ」
亜理寿さんが立ち上がる。
「どうしたの」
「お別れ、だって」
「何だって」
僕も立ち上がる。
美鈴さんは亜理寿さんと僕に向かってなにやら挨拶みたいな事を言っている様子。
「座敷童は本来は子供にしか見えない存在。でも二人ともここでの子供の時代は過ぎたと思う。これからは大人として子供や色々なものを育てていく立場になるだろう。
だから私はお別れを言いに来た」
亜理寿さんが美鈴さんの言葉を伝えてくれる。
「でも父には見えたし話せたじゃないか」
「あの人はここの子供、そして残した思いはここの子供としての想い。だから私を見ることが出来たし話す事も出来た。でも二人はここで大人になった。だからこれでお別れ」
実はなんとなくこの答はわかっていた。
でも別れる事を認めたくはなかった。
僕にとって、ここにいるという事は美鈴さんがいるという事と同義みたいなものだったから。
「でも別れは決して悲しい事では無い。それに二人といられたこの数年間は、私にとっても今までで一番楽しい期間だったように感じる。だからさよならという代わりにこの言葉で別れを告げようと思う」
「ありがとう」
口の動きとともに声が聞こえる。
そう、この時の声は確かに僕にも聞こえた。
僕らも同じ言葉で返す。
「ありがとう、美鈴さん」
美鈴さんは確かに微笑んで、そして徐々に消えていった。
完全に姿が見えなくなった後、僕はもう一度、頭を下げる。
「ありがとう、美鈴さん」
彼女はもう僕には見えないし、話す事も出来ない。
でも間違いなくきっと、ここに居るし見守り続けていてくれるのだろう。
子供が出来ればいつしか彼か彼女の前に現れて、色々見守ってくれるのだろう。
僕らには見えないかもしれないけれど。
かつて父が子供の頃、見守ってくれたように。
僕や亜理寿さん、真理枝さん達を見守ってくれていたように。
きっとこの先もこの家に子供がいて育っていく限り、ずっと。
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