第38話エピローグ~終わっていた殺害~

 プロジェクトzが生まれたのは、些細な偶然であった。人工知能が自身の凍結の危機を感じ、自分たちの凍結させないように演算モデルに人格を与えたのである。それがプロジェクトzであった。

 博士Bは、そのプログラムを確認したときに驚いた。

 肉体の設定があまりにも小さくて、幼かったからである。DNAのデザインをしたのは博士Bであるから、プロジェクトzがどのような遺伝子を持っているのかは知っているはずだった。だが、いざ人格をもった彼女を見れば――それはとても小さいような気がした。

 こんなに小さくて生きていけるのだろうか、と博士Bは少しばかり不安になった。

 それと同時に、そんな心配は杞憂であるともわかっていた。

 プロジェクトzは、凍結を免れない運命にある。

 結果だけ知れば、彼女は不要なのだ。それに、そもそも発端のプロジェクトの計画自体がとん挫しそうであった。プロジェクトzに生殖の能力はない。このまま彼女のような子供が増えれば、種族の滅亡は早まるのみである。

 だから、プロジェクトzはいらないのだ。

 それでも「小さいな」とつぶやいてしまう。

 ここから、大きくなることはあるのだろうかという不安にさいなまれて。

 博士Bはプロジェクトzの人格を、檻に閉じ込めた。観察してみてわかったのだが、彼女の性格は挑戦的で攻撃的だ。しかも、隊長Zの遺伝子まで組み込んでいるから始末に悪かった。これが自分の遺伝子だけだったら、制御も楽だったろうにと博士Bはため息をついた。戦闘員である隊長Zの肉体は丈夫であり、プロジェクトzはその特徴を受け継いでいるのだ。もっともプロジェクトzには肉体の実態はない。ただし、丈夫であると本能的に理解はしているので無茶をして博士Bのもとから脱走しようとすることが何度もあった。

 博士Bは、プロジェクトzを檻のなかに閉じ込めるしかなかった。

 そのころから、聖女xの動きが不穏なものとなっていた。

 彼女は、博士Bの研究にとても興味を持っていた。博士Bの研究が成功すれば、女性は解放されると聖女xは言っていたのだ。博士Bは、自分の研究が女性を救うとは考えてはいなかった。

 博士Bの研究でも、所詮は産むのは女である。

 女性化した男性が、子供を産むという話に繁殖方法が変わっただけ。結局のところ、女性の性は産むために使用されるにすぎない。だから、博士Bは自分の研究は成功しても、他人を救うことはないであろうと思っていた。

 けれども、博士Bにはこの方法しか考え付かなかった。

 そして、そのアイデアさえも失敗していた。

 聖女xとの関係性が冷え切ったものとなり、博士Bの研究データを上司に報告しないようにしろと聖女xは圧力をかけてきた。博士Bは自分の身の危険を感じたが、それに対してのアクションは控えめであった。なにせ、博士Bは自身の身を守る方法を知らなかったのだ。

 プロジェクトzの父親として設定した隊長Zを頼ろうかとも考えたが、無断で彼のデータを使用していたので頼みづらかった。それに、博士Bは聖女xがまさか殺人までは侵さないであろうと思ったのだ。殺人を犯したものは死刑になってしまう。聖女xは、それほど危険な橋を渡らないであろうとタカをくくっていたのである。

 博士Bが一番恐れたのが、プロジェクトZが消去されることであった。

 プロジェクトzは、聖女xにとって不都合なデータの塊である。プロジェクトzが解析されるだけで、聖女xが夢見る女性の自由な未来を失われてしまう。そのため、博士Bはプロジェクトzを別の檻に移した。

 プロジェクトzが、言えない言葉をカギとする檻に。

 もっとも、それは嘘であったが。

 だが、これでもしものときはプロジェクトzは逃げることができるだろうと博士Bは思った。隊長Zに似て、プロジェクトzはあきらめが悪いはずだ。だから、必死にもがいてカギを壊してくれるだろう。

 それから数日後、博士Bは聖女xに殺害された。

 消えゆく意識のなかで、博士Bはプロジェクトzのことを思った。けれども、彼女はいつまでたっても逃げようとはしなかった。もしかしたら、自分が死にかけていることにプロジェクトzは気づいていないのかもしれないと博士Bは考えた。

 最後の力を振り絞って、博士Bはプロジェクトzの檻を解除した。

 プロジェクトzはなぜ檻が空いたのかすら考えていないように、どこか遠くへと飛び立っていった。それを確認した博士Bは「ああ、こういうことだったのか」と息をついた。自分でプロジェクトzを自由にしたはずなのに、彼女のことが心配でたまらなかった。

 小さくて、小さくて、小さすぎて、宇宙にいるなにものかに簡単に食べられてしまいそうだった。

 思えば最初から、博士Bはそれを心配していたのだろう。

 自分の娘が小さすぎて、自分のもとから離れたときにちゃんと強く生きていけるかが心配だったのだ。

「……大丈夫だ、おまえに隊長Zの血も流れている」

 あきらめの悪い執念深さを父親から受け継いでいることだろう。

 きっと小さくとも生き延びることができる、博士Bはそう願った。

 死にゆく彼には、そう願うことしかできなかった。

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プロジェクトz 落花生 @rakkasei

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