第37話新たな日常

相変わらず怪獣たちの出現は、止まることはなかった。


 プロジェクトzによると、地球が新たな餌場として認識されたせいだという。

「獲物がいるって知られちゃうとしつこいのよね」

 少女yもそういっていた。

 似たようなこともプロジェクトzも言っていた。

 落ちてくる怪獣たちのせいで、青谷たちの日常は変ろうとしていた。怪獣の発生を知らせるアプリが出来たし、防空壕のような避難所もできた。自衛隊が怪獣と戦ったのも一度や二度ではない。今までの非日常のようなものが、全て日常になっていく。

 もしかしたら、この先はもっと激しくなるかもしれないと青谷は思った。それは石田も感じていることであったし、世界中の人間は日々思っていることでもある。

 ニュースは、常に不安を歌っている。最初の怪獣が現れたときよりも、人口はずっと減ってしまっているらしい。怪獣に食べられたり、踏み潰されたりしているせいだった。

 もしかしたら、地球もいつかプロジェクトzたちの星と同じようにヘンテコな繁殖方法を考えて、プロジェクトzのような子供を作ってしまうかもしれない。そう考えると、妙に笑えない青谷がいた。けれども、それぐらいたくましくなければ生き残れないのも事実であった。それぐらいに世界は厳しくなってしまった。

「昔の俺だったら、死んでたかもな」

 青谷は、ぼそりと呟く。

 昔の目的も生きがいもない青谷であったならば、世界の急激な変化にはきっとついていけなかっただろう。そして、どこかでひっそり死んでいたかもしれない。あるいは、自分で命を絶っていたかもしれない。

 青谷の折れた足は、すでに治った。

 そして、あれから何度もプロジェクトzと共に怪獣と戦った。

 今日もまた戦うのだろう。

「あら、ようやく私がいないとだめって気がついたのね」

 青谷の言葉を聞いたプロジェクトzは、上機嫌であった。

「それより、プロジェクトz。そろそろ自衛隊が出てくるぞ。少女yも来るかもしれない。俺たちもそろそろ行こうか」

 青谷は、プロジェクトzに肉体の主導権を譲る。

 一歩踏み出すごとに、自分の体は彼女になる。

 透明感のあるブルーの体。男にも女にも見える、出会ったころよりも少し成長したユニセックスな雰囲気の肉体。巨大な怪獣相手に、地球人サイズのままで彼女は空を飛ぶ。

「さてと、怪獣退治に行きましょう!」

 甲高い声が響く。

 一体化をしてから、二人の肉体はとても自然に互いの肉体へと変化するようになった。プロジェクトzが主導権を握るときは彼女の肉体になり、青谷が主導権を握るときは彼の肉体となった。それはとても自然なことで、逆はなかった。

 そして、肉体の変身を利用して傷を癒すという裏技もできなくなっていた。これも一体化の弊害のようでえあったが、青谷は気にしていなかった。なぜなら自分の半分はもう死んでいて、プロジェクトzの半分もなくしてしまった。これ以上は、望むことはできなかった。

 ブルーの彼女が、空を飛んでいた。

 青谷は、なんだかふと誰かの視線を背中に感じたような気がした。それは敵対する者の視線ではなくて、なんだか優しいものに感じられた。

「どうしたのよ?」

 プロジェクトzは、そんな青谷を不思議がる。

「いや、今何だか誰かの視線を感じたような気がして」

「……ストーカーとかじゃないわいよね」

 霊感がなさそうなプロジェクトzは言う。最も、青谷にも霊感というものはない。それでも、さっきはたしかに感じたのである。

 青谷は「違う」と言った。

「もっと、優しい感じ。まさか、おまえの父親だったりしないよな」

 隊長Zならば、知らぬ間に後ろにいても可笑しくはないような気がした。知らぬ間に背後にいて欲しくはない、とは思うが。

「私、隊長Zなんて大嫌いよ。そして、博士Bも大嫌い」

 大嫌いというわりに、プロジェクトzの声は楽しげである。

 彼女も自分の家族には思うところがあるらしい。

隊長Zは、あれからやってこない。少女yによると聖女xを拘束して、自分の星へと帰っていったらしい。プロジェクトzに執着を覚えているようであったので、何かしらのアクションがあるかと思ったがそれもない。

 少女yは「あの人も負けず嫌いなのよ」と言っていた。プロジェクトzに負けたことが悔しいというが、青谷にもプロジェクトzにも隊長Zに勝利した覚えはなかった。しかし、少女yを地球に残す程度に娘に愛着を覚えているらしい。

 少女yの協力者であった石田は、今でも定期的に彼女と会っているらしい。どんな距離感でどんな話をするのか青谷には全く想像できなかったが、石田のことだからきっと猫のように気楽にやっているに違いに。

 それに、石田と少女yが親しいと知って嬉しい誤算が一つあった。

 少女yの話を、石田が噛み砕いてプロジェクトzに教えてくれるのだ。うっかり忘れていたのだが、プロジェクトzは教育を受けたことがない子供である。地球のネットに接続していたために知識だけは豊富だが、宇宙人である少女yによると「どこかズレている」らしい。その矯正を少女yはしようとしてくれているのだが、宇宙人同士の癖になかなか話が噛み合わないことが多いのだ。

 そんなときに、石田が少女yの話を噛み砕いて教えてくれた。あまりに上手くやるので医者よりも教師になったらどうか、と青谷はからかったことさえあった。石田は複雑そうな顔をしながら「この先は医者のほうが食いぱぐれないさ」と嘯いていた。

 青谷は――もしかして、と思った。


「おまえ、好きなほどに大嫌いっていっちゃう意地っ張りだろ」

 プロジェクトzは「そんなに単純な性格はしていないわ」と笑っている。青谷から見てみれば、プロジェクトzは十分に単純なお子様だ。それでも、彼女をそうと見守ってくれている人はたしかにいるような気がするのだ。

 今なら、青谷は思うのだ。


 死んだ妹の未来が背後から自分を守っているように、プロジェクトzのことを守る死者がいるのではないか。それは直接的な血は繋がっていないかもしれないが、確かに彼女の誕生を喜んだ人なのではないだろうかと。青谷は、そんなことを思った。


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