コタツ・トリップ

佐藤踵

コタツ・トリップ

  


 目覚まし時計はセットしておらず、気ままに目が覚める。薄い掛け布団から流れ込む、冷たい空気が皮膚を刺激した。重たい瞼を擦り薄目を開くと、カーテンの隙間から光が差し込み、壁掛け時計の短針が指すのは二時ころ。時計から視線を落とすと、いつもの六畳一間ではなく、より心踊る空間へと変わっていた。


 時は昨日へ遡る。遂にこのボロアパートに備え付けられていたエアコンが壊れた。大晦日にフィルター掃除をしたばかりなのに、急にスイング部分が、ガガガと音を立てて止まり、緑と赤のランプが交互に点滅し始めたのだ。

 新年早々、見事に出鼻を挫かれた……俺はカタカタと震え、落胆した。おみくじは大吉で「良縁あり」とのことだったが、良縁どころか、隙間風吹き荒むこのアパートでは暖房器具がないと凍え死んでしまう。

試しに毛布を肩から掛けて筆を執ってみるものの、悴む手は感覚が鈍り、それは俺の思考にまで及んだ。原稿用紙に書き進めることが出来たのは結局「ぼくは」の三文字だった。


 ーーまずい、部長に見捨てられる。


 回らない頭をよぎったのは、部長の呆れ顔だ。〆切日を過ぎても案外余裕があると知って、味を占めた俺は平気で〆切を破るようになった。しれっと原稿を提出すると、部長は怒るでも悲しむでもなく、眼鏡越しに俺を見つめた。目を細めてじぃっと見つめたあと、ふーっと息を吐き、乾いた声で「もういい」と一言。

 譴責されたほうがマシだ。そう思うくらい、その冷ややかな呆れ顔は俺の心の深くに刺さった。思い出すだけで、さらに凍えた。


 次の部会までに必ず原稿を仕上げなければ。そう決心したら六畳一間で震えている場合ではなかった。同じく向かいのボロアパートに住む山田を半ば強引に叩き起こし、駅前のショッピングモールに入る家電量販店へと連れ立つ。取り急ぎ、小さなヒーターでも買おうと思ったのだ。


 しかし目についたのは、道中で見かけたジャンクショップの、古びただった。


 山田は俺に正気か? と尋ねて、続ける。お前こんな凸凹なこたつで原稿なんか書けるのか。原稿用紙に穴が開くぞ。そして、お前はこたつが持つ力を見くびっている。原稿どころじゃないぜ、お前のことだから人間生活さえままならなくなるぞ。悪いことは言わない、やめておいたほうがいい。


 山田の畳み掛けるような追論は右から左へと抜けて行き、カウンターで頬杖をつく主人を呼び、こたつを指さした。配送も出来ると言うが、家までは十五分ほどだったので断ると、山田は顔を両手で覆い、たいそう気折した様子だった。


一辺づつ持ちながら一列に並び、三が日の寒空の下をせっせと歩いた。山田が何でこんなことを、と嘆くなか、俺の足取りは軽かった。


 まさに良縁。


 ボロアパートにボロこたつ……だんだんと昭和の下宿感が出てきて、満足していた。



 こうして迎え入れたこたつが、目を開いたら六畳一間に佇んでいるのだ。無垢材なのだろうか。木目がしっかりと入ったこたつは丸みを帯びた正方形で、ふわっとした紺色のこたつ布団がスカートのようで可愛らしい。古びた物とは、なんて素敵なんだろう。


 布団を出て、コンセントを差し込む。パチリと電源を入れて、また布団に潜る。五分もすれば、あのこたつ布団の中はぬくぬくで満ちて、俺を暖めてくれるだろう。きっと良い短編に仕上がるぞ。根拠もなくそう思った。


 良い頃合いだろう。俺は煎餅布団からぬくぬくを求めて、ひんやりと冷たい藺草を這う。期待感と緊張感でどきどきと鼓動が高鳴った。

 よし、行くぞ。俺は遂に紺色のこたつ布団へと足を入れる。


「うわああああ!」


 思わず叫ぶ。確かにぬくぬくであった。しかしその直後にあり得ない違和感を感じた。俺は部屋の寒さを忘れ、布団まで足を縺れさせながら後ずさる。


 ぬくぬくのあと、むにゅっとしたのだ。


 わけがわからない。これじゃあ足を入れられない、ぬくぬくできない。正体を確認しようにも恐ろしく、こたつ布団を捲る勇気もなかった。壁に寄り掛かり、硬直する。鼓動がアパートを揺らしてしまいそうだった。


 もっと驚く事態となった。買ったばかりのこたつがもぞもぞと動き出したのだ。ちょうど俺が足を滑り込ませたあたりが膨らみ、出てきたのは白い手だった。白い手で自らこたつ布団を捲り上げ、顔を出したのは金髪の少年だった。


「わあああああ!」


 驚きの叫び声を上げる俺を余所に、少年は畳に身体を滑らせて、這い出てくる。畳に似合わぬ洋風な顔立ちだ。キョロキョロと部屋を見渡したあと、俺を見つめる。

「……ここは?」

 シャツの襟元を正す。シャツの上には茶色のベストで、立ち上がると半ズボンからむき出しの膝小僧が寒そうだった。


「え、さむぅ」


 肩を窄めた少年は、慌ててこたつに入った。



 参った。


 寒さ凌ぎにスウェットの上にちゃんちゃんこを羽織り、俺はやかんで湯を沸かす。湯を沸かしているその間に、急須に梅昆布茶を二杯入れる。


 恐る恐る部屋を覗くと、やっぱり少年がこたつで寛いでいる。背の高い本棚に並ぶ本をまじまじと見上げたりしながら、こたつを堪能していた。何が起こっているのか、どうすればいいのかが全くわからなかった。寝起きでもそうじゃなくても、わかるはずがない。


 やかんからぴーっと吹き出す湯気に手をかざして暖をとる。急須に湯を注ぎ、湯呑みと共に盆に乗せる。ゆっくりとこたつまで運ぶと、少年はニッコリと笑みを浮かべる。


「ありがとう」


 少年の対面に座り、足がぶつからないように胡座をかく。湯呑みに梅昆布茶を淹れると、湯気が立つ。日本の文化をこれ見よがしに押し付けているようで申し訳なかったが、あいにく、うちには梅昆布茶しか無かったのだ。

 くんくんと湯気を香ったあと、口をつけて湯呑みをほんの少し傾ける。俺は固唾を飲んで見守った。


「……う」


 小さく声を発したのちに、黙って湯呑みを遠ざけた。その所作に、小学校四、五年ほどの少年だが、しっかりと教育されているのだろうと思った。まずーい! なんて騒がれた日には、俺はこの寒空の下に少年をほっぽり投げていたかもしれない。


 沈黙も気まずいので、必死に話題を探す。何から聞けば良いのかが、いまいちわからなかった。


「そうだ。君は、どこの国から来たんだ?」

「ドイツだよ、僕はドイツ人」


 驚くほど流暢に日本語を話している。


「日本語、上手だな」

「……ここは日本なんだね。でもなんで僕が日本語を喋れているのかは、わからないんだ」

 少年は不思議そうな様子だ。泣き喚かないのには感心した。


「まぁ俺も、何が何だかわからないよ」


 梅昆布茶を啜る。余裕ぶっていたが、もちろん俺は焦っていた。どうすればいいのか、山田も、世田谷区民も、いや、日本国民を全員集めても、誰一人として正解がわからないだろう。まさか、こたつでぬくぬくと原稿を仕上げようとしてたら、こんなことになるなんて思ってもみなかった。


 俺の脳内を駆け巡る心配とは裏腹に、一緒にこたつを囲むこの少年は、なんだかそわそわと嬉しそうな様子だ。

「お兄さんは迷惑かもしれないけど、僕はちょっとワクワクしているんだ」

「なんで? ドイツに、家に帰りたくないのか?」

 少年はふぅっと息を吐く。長いまつ毛に伏した瞳は、とても美しかった。


「……友達と、喧嘩して」

「喧嘩か……」


 存外、年相応な悩みを抱えていてどこか安心した。その非の打ち所がない端正な容姿と、子供らしからぬ所作に緊張していたのだが、一気に幼く感じた。


「うん……大切にしていた物を壊されてさ」

「それは酷いな」


「最初は僕もそう思ったよ……。でも時間が経つにつれて、意地になって強く言い過ぎてしまったかもしれないって思って……」


 少年は俯く。喧嘩という幼さを残すテーマから出た考えは、やはり大人びていた。


 俺が同じような年頃だったら、喧嘩なんかでは済まさず、絶対に許さないだろう。もし俺が山田に、大切にしていた本をビリビリに破かれたら、泣き喚いて、親と先生に言って、合わせた人差し指をぶった切って、声高らかに絶交宣言をするだろう。


「……大人なんだな」

「みんな、そう言ってくれる。でも子供だから、こんなにずっとモヤモヤしてるんだ」


 友達を思い出すように、寂しげな表情を浮かべた。



 こたつでぬくぬくと、事態は平行線を辿っている。解決方法など分かるはずもなく、ネットで検索をかけてもオカルトサイトしか引っ掛からない。そして一番の問題は、こたつから出る気力がないことだ。


 少年もこたつが気に入ったのか、こたつ布団にすっぽりと肩の辺りまで埋まって、部屋を見回している。


「ねぇお兄さん、本を集めるのが好きなの?」

 本棚を指さす。高い本棚が三つ、文庫がびっしりと埋まっている。最近入りきらなくなった分は、本棚の横に積み置くしかなかった。


「好き……まぁ、そうだな」

 確かに読書は好きだ。ただ積み置いているわけではないし、全てをしっかり読了している。しかし、文芸部に入ってから、何か使命感のようなものが手伝って収集している自分がいた。日本文学も海外文学も、ドイツ文学だってある。収集癖というよりか、お守りのようなもので、量を読めば自分も素晴らしい文学を書けると思っていた。


 少年はこたつに手を入れて言う。

「僕もね、集めていたものがあったんだ」


「へぇ。何を集めてたんだ?」


 少しだけ寂しげな笑顔に変わる。集めていた、と過去形で語ると言うことは、何か理由があって今は収集していないのだろう。


「気味悪がらないでくれよ」

 前置きの後に続ける。


「……標本だよ。蝶の標本」

「え……」


 決して、気味が悪くて声が出たわけではなかった。

「さっき言った、大切にしていた物っていうのも、蝶の標本さ。クジャクヤママユっていう、すごく珍しい蝶を羽化させて標本にしたんだけど……その友達に壊されちゃって」


 もう、集めるのはやめたんだ……とボソッと呟く。


 俺の中で一つの予想が立った。少年がどこから来たのか……厳密に言うと、どの世界からやって来たのか。


「……ひとつ聞いていいか?」

「……ん?」


「君のいたドイツは今、西暦何年だ?」


 少年は、不思議そうに首を傾げる。

「え? 今は一九三○年だけど……」


 予感は的中した。


「今ここは、二○一八年」

「二○一八年……?」


「そして君は、この世界の人間じゃないんだ……エーミール」


 少年……エーミールは目をまん丸にして見上げている。

「どうして、僕の名前を……それに、この世界は……」


 俺の部屋には目立つような電化製品が無い。なんせ昭和の苦学生の下宿先をイメージした、畳張りのボロい部屋だ。日本の一九○○年代だと勘違いするのもおかしくない。


 何はともあれ、証拠が必要だと思った。立ち上がり、本棚に並ぶ背表紙を、左上から人差し指でなぞっていく。絶対にどこかにあるはずだ。とても心に残った作品だから。


 指先が冷たくなってきた。上の段には見当たらず、しゃがみ込んで探していると、真ん中の本棚、膝のあたりでそれを見つける。棚からぎゅっと引き抜くと、古本屋で買ったのか、カバーの背表紙は小さく破けており、天は赤茶色に焼けていて年季が入っていた。


 見つけたその本を置いて、こたつに入る。じんわりと身体が温まっていく。目の前のエーミールは困惑した様子で、しかしまじまじと表紙を眺めている。


Jugendgedenkenユーゲントゲデンケン……」


 流暢なドイツ語でなぞる。


「著者、ヘルマン・ヘッセ

 原題〝Jugendgedenken〟

 邦題〝少年の日の思い出〟」


「君の住む世界は……ここじゃないんだ」

「……どういうこと? この本は? わからないよ……」


 眉間にしわを寄せて、不穏な表情を浮かべる。

 当たり前だ。だって今、異なる世界に住むエーミールと俺は、同じこたつを囲んでいるのだから。

「俺にも訳がわからない。でも君は、この世界の、この本の登場人物なんだ」

 表紙をトントンと叩く。エーミールの眉がピクリと上がり、手に取ってページを足早に捲っていく。活字を目で追って、一ページづつ捲っていく。本の表紙をしならせて、物語に食い入って、確かめるように。


 俺も記憶を手繰るように、その物語を思い出す。


 物語の主人公もまた、エーミールと同様に蝶の標本作りを趣味としていた。過去の回想という形で物語は進んでいくのだが、大人になってから振り返っても、並々ならぬ熱情を持って取り組んでいた、とまで書き示されていた。


 そんな中、主人公は珍しい蝶〝コムラサキ〟を手に入れる。自慢したくて仕方がなくて、エーミールに見せるが、酷評されてしまう……。きっと、エーミールにもプライドがあったのだろう。


「……ごめんよ……酷い言い方をしてしまった、僕はただ、意地になっていたんだ……」

 思い出すように、呟く。


 酷評が出来るほど、エーミールの技術は素晴らしかった。採取に限らず、傷ついたはねを修復する方法までも心得ていた。


 そしてだんだんと、主人公が秘めていた、妬みや憎悪の感情は増していく。


 そんな中で、遂に事件が起こったのだ……先程本人が語った通り、主人公にクジャクヤママユの標本を奪われ、ポケットの中で壊されてしまったのだ。エーミールは、怒るでも悲しむでもなく、冷淡に言い放った。


「そうか、つまり君はそんなやつなんだな」と。


 エーミール本人が知っているのは、ここまでだろう。

 しかし物語にはもちろん、エーミールの知ることの出来なかった続きがある。


 目の前で確かめるようにページを捲っていた右手がピタリと止まった。唇をわずかに震わせて、落ち着かせるようにゆっくりと息を吸い込む。唇の隙間から出てきたのは、息ではなく悲痛な呟きだった。


「あぁ、僕が君の葛藤も知らずに、酷いことを言ってしまったから……」

 目の前のエーミールは、ゆっくりと本を閉じる。そして肩を震わせ、涙を流しながら、がっくりと項垂れる。こたつ布団に涙が落ちていく。


 項垂れるのには理由があった。


 エーミールにバッサリと切り捨てられた後、主人公は自分の収集した蝶の標本を、一つ残らず自らの指で粉々に潰していくのだ。償い切れないことがわかって、自分の気持ちと決別するために、熱情を注ぎ込んだ蝶を消したのだ。


 これが〝少年の日の思い出〟の全てだ。



「……エーミール。君の友達は、確かに許されないことをしたと思う。本当に酷いことをしてしまった」

 垂れる前髪からは、表情はわからなかった。ただ、悲しみに打ち拉がれて、泣いていることしかわからない。しかし、構わずに俺は言葉を続ける。

「でも君の言葉は、冷たく、深く、彼に刺さったんだ。償いさえもさせて貰えないと知って、彼は絶望したと思うよ」


 思い出し、重ねる。部長が〆切を守らない俺に、冷ややかに「もういい」と言い放った言葉の鋭さを。俺が全て悪いのだが、そこから何も償えないというのは、遣る瀬無く、一番辛いのだ。


「君は本で読むより、ずっと優しくて良い子だ。そして、せっかくここで一緒にこたつを囲めたんだ。……どうか彼を許してやって欲しい」

 気が付くと頭を下げていた。思えば中学生の頃に教科書でこの物語を読んだ時から、ずっと思っていたことだった。まさか、物語から飛び出してきた本人に、こうして頭を下げる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。

 こたつを挟んで、二人で頭を下げている。頭を下げている意味も違うし、俺たちは別の世界に住んでいる。おかしくて、不思議で仕方がなかった。


 しばらく鼻を啜った後に、エーミールは頭を上げる。ごしごしと両目を擦った後、ほのかに赤く潤んだ瞳で俺に言う。


「……もちろん。もちろんだよ」

 声がまだ、わずかに震えていた。


「ありがとう」


「僕こそ、こうして……少し狡いかもしれないけれど、彼の葛藤を知ることが出来て、本当に良かった……許してもらえるか不安だけど、ちゃんと彼に謝るよ」


「大丈夫だ。だって物語のタイトルは〝少年の日の思い出〟なんだから」


 きっと、ほろ苦くも大切にしまっていた思い出が、より良い思い出に書き換えられるのだ。俺たちの知らない、本の中の世界で、ひっそりと。


「お兄さんに会えて、こうして一緒に、暖かいこたつを囲めて……良かった」

 本に添えられたエーミールの右手は、ゆっくりと輪郭がぼやけていく。


「こたつを潜ってここに来た意味が、ようやくわかったよ」


「……さようなら」


 こたつには、俺と、梅昆布茶と〝少年の日の思い出〟。


 その思い出に加われたと思うと、とても誇らしく、心がぬくぬくと暖かくなるのだ。



 ガラガラと部室の扉を開けると、いつもの古い紙の匂いがする。珍しく早い時間に訪れたせいか、いつもより匂いを濃く感じた。


「あけましておめでとうございまぁす」

 新年最初の部室には、今来たばかりの俺と山田。後は部長だけで、他はまだ誰も来ていなかった。

 部長は奥の特等席で、いつものように眼鏡をかけて、分厚い本を読んでいた。


「……おめでとう」


 活字から目を離すことはなく、言葉だけを雑に宙に投げる。


 黒板に書かれた「短編集、寄稿〆切!」の文字。これを無視して、気怠げに携帯ゲームを始めるのが、俺のお決まりになっていた。しかし今日はいつもと違う。今日からは違う物語を描くのだ。


 俺は革鞄からファイルを取り出して、部長の席へと突き進む。席を立った瞬間から、部長と山田は俺を目で追っていた。

「……部長!」

 目の前に、背筋を伸ばして立つ。見上げる部長の目は、いつもより少しだけ大きいような気がした。


「いつも、すみませんでした! 短編、書いてきました!」

 御査収のほどお願い致します! そう言って、今まで呆れさせてしまった分を取り返すように、誠心誠意、深々と頭を下げてファイルを差し出す。


 しばらく頭を下げていると、部長が堪え切れない様子で、ふふふっと笑う。

「どうしたんだ急に。今日は槍でも降るのか?」

 困り顔だったが、ファイルを受け取ってもらえたので、俺は堪らず顔を上げる。部長は俺の顔を見るなり、うわっと声を上げた。


「……眼の下が真っ黒だ」


 そりゃそうだ。あの後、書き進めていた原稿用紙十二枚を破り捨てて、忘れないように必死に、一晩中書きなぐったのだから。

「……はい! 完徹で仕上げました! ノンフィクションの自信作です!」


 ファイルに収まった、十八枚と百四十四文字。

 これは俺が生まれ変わるきっかけとなり、蝶のように鮮やかに、思い出に残る物語。


〝コタツ・トリップ〟


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