第3話



 その日の夜。

 夕食は併設されている食堂に行けばあるらしいと白金から色々と聞いていたので、向かおうとしていたのだが……。

 

「……(ひそひそ)」

「……(ひそひそ)」


 思ったより、ジロジロと見られるのってキツいな……精神が想像以上にガリガリと削られる。

 どっかから噂が出回っているのかもしれない。

 

 それに、なんというか、女子が多いんだよな。

 割合で言ったら2対8くらいで女子だ。

 そのせいで、検分されているのはいい気がしない。誰だって知らないうちに見定められるのは嫌だろう。


「よっ、新入り!」

「わっ!」


 唐突に後ろから肩を組まれ、素っ頓狂な声をあげる。

 明るめの顔立ちをした男子だった。


「な、何だ……よ?」

「仲良くしてくれよな。俺、鉢巻はちまきって言うんだ。よろしく」

「お、おう……」


 中々に社交性の高いやつが現れた!


 食券機の方に並び、ゆっくりと待つ。

 時間帯が時間帯だからか中々に混んでいるみたいだ。


「お前って白金エリスに呼ばれたんだって? 噂になってるぜ」

「え、まぁな……」

「あのキワモノお嬢様に呼ばれるなんて、お前もついてるんだかついてないんだか」


 え? 初めて聞いたぞ。そんなの。

 だからあんなジロジロ見られてたのか。


 そう言ってるうちに、ようやく番がやってくる。

 学食だからかと見ていたが、かなりずっしりメニューが並んでいる。

 迷うな……。

 オレは豚汁定食、鉢巻は日替わり定食を注文。

 食券を渡すと、10秒足らずできた。


「うちは早さがウリなんだよな。あ、おばちゃん俺のご飯大盛りで頼むよー。お魚定食のー」

「はいよー」 


 どさっと日本昔話並の量のご飯がパンパンに詰められている。

 まじかよ。


 互いに席を探しつつ、向かい合う形で座ると、

 ニヤニヤしながら聞いてくる。


「そういや名前なんていうんだっけ?」

「吉浦だ」

「そっか、学校いつから行くんだって?」

「たぶん明日じゃないか? 一応荷解きは終わってるし」

「へぇ、何号室?」

「えーっと535だっけな」

「ぶふっ!?」


 オレが口にした瞬間、鉢巻が吹き出した。

 色々なものが飛び散る。


「ちょっ、おい!」

「あぁ、わりいわりい。それより535って……正気か?」

「勝手に決められただけなんだけど……なんかあるってか?」

「いや、だってそこ女子の階だぞ?」

「…………」

 

 …………は?


「はああああああああああああああああああ!?」


 思わずテーブルを叩きそうになったのをすんでのところでなんとかこらえる。


「いや、え? なんで?」

「俺に聞かれてもわかんねえよ。ま、あいつのやることはいろいろぶっ飛んでるからな。今さら、何しても驚かないさ」


 その言い草はちょっぴり寂しげに映った。

 そんなことはどうでもいい。

 なぜそんな女子部屋に……あたかも罰ゲームのような辱めを受けなきゃならないんだよ。


「ったく、キツすぎんだろ」

「まぁ、風呂とかは部屋にシャワールームついてるし問題ねえけど、廊下とかは出にくいかもな。飯とかはここで食えばいいが……」


 歯切れが悪い。何やらまだ隠してることがありそうな雰囲気だ。


「どうしたんだ?」

 

 鉢巻はちろちろと辺りを窺いながら、手でクイッと顔を寄せろと促してくる。


「……いや、あの学年の女子って実は結構えげつなくてさ」

「…………それはいじめとかそういう意味か?」

「ああ。前にあったのは部屋の前にソファーを置いて、出られなくするみたいなやつだったんだけど……警備員も巡回は夜とかしか来ないし、だから休日は出られないみたいな日が続いたりしたんだよ」


 鉢巻が鋭い表情で、オレの方を見つめながら忠告してくる。


「だから先に言っておく。とにかく気をつけろ。外に出るなら朝の6時くらいからがおすすめだ。うちでは外でラジオ体操が6時30分くらいから始まるからな。それより前に出ていかないと下手したら日中出られない」

「わ、分かった」


 しっかりと鉢巻からのアドバイスを飲み込み、頭の中に叩き込む。

 当然思うことは色々あるが、まずは先に、今週末をどう乗り切っていくかを考えておくべきだろうな。

 飯を食べ終えて、部屋へ戻る道すがら。


「あぁ、そういえばあとひとつ」


 ふと鉢巻が何かを思い出したように呟く。


「Leading Roomの先生はお薦めだぜ。中々に美人だからな」


 何やら変な事を言い残して、オレは鉢巻という今日知り合った男と別れたのだった。



---



「――えーっと、吉浦六斗です。よろしく」


 自己紹介をするのは久々で緊張したものの、

 無心モードに切り替えて、何とかやり過ごした。


「「「……」」」


 流石に育ちのいい子が多いからか、茶々を入れてくるみたいなのはなかった。

 でもやっぱりどこか、敬遠されているというか、拒絶されているような感じがする。

 気のせいかもしれないけど……。


「それじゃ窓側にある奥の席に」

「わかりました」


 オレが席へ向かうと、


 ――がんっ!


「……」

「ぷふっ」


 確実に、足を出された。

 コケてはいないものの、軽く躓きかけたので、多方からくすくすと不快な笑い声が耳に入ってくる。


「どうしたんだ?」

「いや、何でもない。机に引っかかっただけだ」


 片岡先生が不思議そうに聞いてくるも、さとられないよう振る舞う。

 ここで面倒なことを言っても厄介だ。何人か仲間もいるみたいだしな。

 とりあえず足を出してきたやつの顔は覚えたので後で復讐することを誓い、オレはおとなしく席に座った。



---



 4限目を終えて、昼休み。

 当然こんな空気の中で教室で食べる訳にもいかないので、(そもそも飯もない)購買部の方へ。

 新入りはハブられる運命なのだろう。


 あらかじめ渡された伝説の黒いプラスチック製のカードでサンドイッチを買い、人気のない場所を探す。


 中庭と校舎の合間らへんにいい芝生地帯の場所があったので、そこに腰掛ける。


「ふぅ……」


 1人というのは落ち着く。

 何にも考えなくていいからな。

 暖かい太陽を浴びながらサンドイッチを頬張るのも悪くない。


 ――ガサゴソッ。


「……ん?」


 何か近くから音が聞こえてきた。

 ちょうどそばにはまだ土地を開拓していないのか、森林地帯がどこまでも続いている。

 そんな大きくはないだろうが、獣なんかもいるかもしれない。


「……はふー! 疲れたー!」


 茂みの中から現れたのは、女子生徒だった。

 背はちっこく、肩口までかかった赤色の髪と碧色の瞳が特徴的。ひと目見ただけでか弱いそうなそんなイメージを抱いた。


「え?」


 ようやくあっちも気付いたのか、目が合う。


「あ、こんにちは!」

「ども……」

 

 軽く挨拶。

 あんま関わりたくねえんだけど……。

 ぱっぱと服についた草なんかを払いながら、こっちに近づいてくる。


「もしかしてご飯中ですか?」

「そうだよ」

「よかったらこれ食べますか?」


 そういって、スーパーの袋を掲げる。中には山菜やらキノコやら木の実が入っていた。


「採れたてですよ?」

「遠慮しておく……」

「え?」


 露骨に不思議そうな顔を向けてくるが、オレは面倒なので視線をそらして流す。

 ……あぁ、今日も太陽あったけえな。オレの身体にビタミンDが生成されていくのを感じる。


「これ食べますか?」


 ん? なんかおかしい。あれ、もしかしてループしてね?


「いや、いらないから食べていいぞ。グミの実なんて苦いだけだろ」

「あ、食べるんですか? それじゃどうぞどうぞ」

「言ってねえよ! ……っておい、勝手に服の上のせんな!」


 結局、捨てるのももったいないのに食べることにした。

 苦く、なんともいえない味が口内に広がっていく。


「お前、昼休みに木の実なんか拾ってたのか?」

「いいえ違います。朝からずっとです」


 もっと最悪じゃねーか。


「私、授業はあんまり出なくてもいいですから」

「へぇ……」


 なんか変わったヤツだな。

 ついさっきここに拉致られたオレが言えたことじゃないかもしらんが。


「それじゃオレは戻るから。じゃあな」


 そうしてオレはちょっと不思議な昼休みを過ごしたのだった。

 
















 

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