ヒトゴロシ
菜花
私は人を殺しました
私は人を殺したことがあります。
といっても、刃物で刺したとか毒を飲ませたとかそういうのはありません。
精神的に人を殺したことがあるんです。
あれは私が中二病真っ盛りの頃、私はとあるサイトに通いまくっていました。
そこでは私の好きなアニメの、特に私の推しのキャラの美麗ファンアートがたくさんあったんです。天国でした。
管理人の方も気さくでノリが良くて突然のリクエストなんかにも快く応じてくれて……ただ一つのことを除いて、完璧でした。
私もこんな作者になりたいとまで一時は思っていたのに。
私はその人を殺しました。
その管理人さんは、推しのキャラの公式彼女――A子としましょう――そのA子が大嫌いでした。
推しにA子は相応しくないと度々呟いていました。
確かにA子は最初は推しの信念を馬鹿にしたり、推しの戦いをわざと邪魔したりと正直とても好感を持てるキャラではありません。でもそれでいて推しと結ばれるために生まれたキャラです。
戦いの中で深まっていく絆。
管理人さんは「A子のコマだけ黒塗りにしてやりたい」 と呟くこともありました。
私ですか?
今は違う……といっても信じられないでしょうけど、最初は管理人さんの言うことに同意していました。
推しが好きだから、無条件で横から奪っていくようなA子は嫌いだったんです。
だからファンアート内で惨めな役なA子を笑ってたりもしてました。
けれど、風向きが変わったんです。
ジャンル内外から「A子に対する女の嫉妬怖すぎw」 と批判されたり嘲笑されるようになったんです。
私や管理人さん以外にも嫌ってる人は大勢いて、その中でも過激派が原作者の呟きだかブログだかに「A子はいらないキャラだから殺せ」 と書いたとか。
それでその発言元の人の過去発言を遡ると……アニメの中の人までA子と同一視して「殺してやりたい」 とかあって、それで炎上したんですよね。
はっきり言って、A子のsageネタはジャンル界隈で常態化していました。そして私はそれを普通だと思っていたので疑問に思うことはありませんでした。
けど外からはっきり「異常だ、おかしい」 と突き付けられて、単純な私は「確かに」 と思いました。
一度おかしいと思って見ると、A子の出てる話っていわゆるヘイト創作って言ってもいいくらい扱いが悪いと気づいたんです。
騒ぎになってるし、管理人さんはどうするんだろう? と私はその発言を注視していましたが……。
「外の人があーだこーだうるさい。A子なんて魅力無いキャラの扱いなんてこんなもんでしょ。普段関わらない人まで正義厨ぶって大げさにして」
私はその時初めて、管理人さんに負の感情が湧いたのでしょう。
どんな騒ぎも時間が経てば落ち着きます。
管理人さんは変わらない更新率で美麗絵を訪問者達に見せてくれました。
ただその中に出てくるA子の扱いは、前より悪くなったと思います。
推しのリコーダーを舐めるA子とか、推しの私物を盗んだのがバレて他キャラから糾弾されるA子とか。もちろん原作ではそんなことするキャラではありません。
他の訪問者には受けてたようだし、管理人さんも楽しんで描いているというのが伝わってくる絵でしたけど……私はあの騒ぎ以降、A子にそういうことをさせる創作に疑問を感じていました。
そして出来れば見たくはないと思いました。
A子なんて出さなくても推しを愛でるファンアートなんていくらでも可能なのに、どうしてわざわざそういう話を書くんだろう? と疑問が止まりませんでした。
私自身クラスで一人でいることが多い陰キャだったというのもあり、何だかA子が一方的に苛められているように見えて段々可哀想になってきたのです。
A子なんか出さなくてもいいじゃないですか、貴方のA子に対する扱いは見てられません。
生憎口が回る方ではない私は、管理人に自分の気持ちを伝えることは出来ませんでした。ついでに頭も悪いので上の台詞をマイルドに言い換えることが出来なくてやっぱり黙っていました。
そしてある日、決定的なことが起こりました。
A子のグッズが発売決定となったのです。不人気なのは事実なので今までそういう話は無かったのですが、その時やっとそうなったのでした。他のキャラよりだいぶ遅れて。
私はA子のことは可哀想とは思っていましたが、嫌いなキャラであるというのは変わっていないので、まあ好きな人に買ってもらえたらいいんじゃないくらいの考えでした。
でも管理人さんは違いました。
「私のサイトに来ている皆さんなら、当然不買するでしょう? あんなの買うくらいならゴミでも買った方がマシですよ。監修中の画像見たけど、あれ明らかに出来よくないしお金の無駄。私達で全キャラ売り上げワースト達成させましょうよ。そんで笑ってやりましょう! お前なんかいらないキャラだって(笑)」
気がついたら私は管理人を罵倒するメッセージを送っていました。
「公式から出ているグッズを不買しろって? 原作者の前で同じ事を言えるんですか? 貴方のやってることは立派な営業妨害だ! 前から思ってたけどファンアートもA子をいかに惨めに描くかばかり最近は力が入って気持ち悪い! 推しのファンは名乗ってもいいけど原作ファンとは名乗らないで! あんたみたいな人がそう言ったらジャンルが廃れる!」
返信は必ず行う管理人さんでしたが、さすがにそのメッセージの返信はありませんでした。
その後、管理人さんはしばらく普通に更新していました。空元気だったのかもしれません。
半年くらいコンスタントに更新して……ある日ぷっつりサイトが消えました。
半年も続いたのだから、私のせいではないはず……と思いたいのですけど、明らかに変な消え方でしたからね。きっと……。
……とにかく、その件はそれで終わったのですが、何にでも報いってくるんですよね。
ネットの海でこんな言葉を目にしました。
「ネタパクリは窃盗、自演行為は詐欺、作者潰しは殺人だ。軽く考えているやつらは多いけど、いつか罰が当たるよ」
管理人さんは、時間が経つほど後悔したのでしょうか。後悔したから、最後は理想の二次創作者として振る舞った。その姿はキリスト教で死ぬ前に全ての罪の懺悔をする信徒に似ているような気がしました。
そして私も、時間が経てばたつほどこれからの長い人生で後悔するのかもしれません。
何も言わなければそのまま楽しく創作活動出来たであろう人をファンも大勢いた人を、突発的な怒りに任せて殺したのだと。
ヒトゴロシ 菜花 @rikuto
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