Novel Writer

七井湊

第1話 Novel Writer

 十二月の微かな陽光がピンク色のカーテンの隙間から射し込んでいた。遠坂冬乃はハーフパンツ姿でベッドに横になり、自宅の〈ドローンポスト〉を覗いた。

 一日と経たず届いたその箱を開封し、中の衝緩材を〈輸送型クリーナー〉へ放り捨てた。箱の中に入っている自動文書作成ソフト〈Novel Writer〉を起動した。十七歳で痩せ型で、運動不足の冬乃の腕には、そのタッチパネルはずっしりと重く感じられた。


 セルフレジの完全導入により小売店の労働者は小数になり、ドローンの普及で衰退の一途を辿った。あらゆる店が潰れ、AIが終わらない掃除を続け、不具合の見つかったAIをAIが修復していた。冬乃の住む千葉県東凪市の商店街は廃墟の様相を呈していた。

 家に居ながら欲しいものは何でも手に入る通信販売技術は更に進化を続け、それに伴い運搬業者は仕事を失った。優れた科学の開発は愚かな人間の排除に繋がるんだよ、と冬乃の父は母と離婚する前に言っていた。冬乃は父こそ愚かな人間だと思っていたが、言う機会はなかった。


 ほとんど何でも手に入る環境ではあったものの、愛だけは不足していた。その空白を埋めるために〈Novel Writer〉の購入に至った。価格は普通の高校生では手の届かないものだったが、冬乃は普通の高校生ではなかった。冬乃の父は自動絵画作成ソフト〈Illust Drawer〉を開発・普及させた資産家だった。



 その業績は冬乃や彼女の母が一生働かずとも生きていけるほどの莫大な利益をもたらしたが、同時に離婚のきっかけでもあった。


 優れた科学の開発は愚かな人間の排除に繋がった。当然誹謗中傷もあった。俺らの仕事はお前のせいで奪われたんだ。

 検索エンジンと事件の関連性は調べ尽くされており、暴動は起こり得ない環境だったが、自分に悪意を募らせている人が大勢いることにストレスを感じないわけではなかった。だから父は逃げるべく海外へ飛び立った。

 もっとも、それは母をいなすための言い分だったし、見抜いた母は留まってほしいと懇願した。説得の材料として愛情と娘を引き合いに出したが、それもまた金のためだった。冬乃は二人の打算を感じ取った。父は二人の一生を養っても余るだけの金を置いて去った。


 「私の現実への失望と虚構への信頼は、それが原因なのかな」

 冬乃が第二次成長期を迎えた時分、彼女は〈Heart Pattern〉に訊ねた。親に愛されていたいという少女らしい希望の顕れだった。疑いなくして信用はない。しかし答えは残酷なものだった。私は必要とされていなかったんだ、と冬乃は落胆した。



 〈Novel Writer〉の他の創作ソフトには〈Song Maker〉〈Illust Drawer〉などがあったが、欠陥だらけの人生において、刹那的な美しい絵画よりも、短時的で感傷的な音楽よりも、架空の人生を求めていたのだ。


  ──主要人物の名前を入力してください。


 その指示に答えるのは時間を要した。ベッドの上で足をバタバタし、寝返りを繰り返し、ようやく自分の名前に決めた。

 恋愛対象の神谷祐一の名前は、小学生時代に気になっていた男の子のものだったから、いささか気恥ずかしさを覚えた。白い頬は紅潮していた。


 これでいい、と冬乃は自分に言い聞かせた。どれだけ現実が空疎でもいい。偽りの愛で満たすことができるなら。



 神谷祐一が同じように遠坂冬乃の名前を入力していたことは、この頃の冬乃には知る由もなかった。


第2話


 高校には春が終わる前に行かなくなった。学校は冬乃の求めていた世界とはあまりにもかけ離れていたので、失望と共にすぐに辞めた。あるべき姿と実際の差に耐えられなかったのだ。

 まず教室に馴染めなくなった冬乃は保健室に入り浸るようになった。しかし「なんでみんなと同じことをしないの?」という他者の視線が気になるあまり保健室にさえ馴染めなくなり、テディベア型心療ロボット〈Bear Warmer〉の常在するカウンセリング室に籠城するようになった。アロマの炊かれた個室で一人、テディベアを抱き締めた。あなたのことを大切に想ってるよ、他に何もいらないよ、と思いながら。両親が離婚したばかりの冬乃は、誰かに抱き締めてもらいたかった。しかしそれも父親譲りの虚無感からすぐに辞めた。自宅に引きこもるようになったのはそれからだった。


 AIの普及は世界に人間味を求めさせた。冬乃の求める教師の役割とは、個人の秘めたる魅力を引き出すもの、自分らしさを解放していいと教えることだった。担任の40代ほどの女性教師は前時代的でかつ、指摘されても変わらず、それどころか自分は正しい、信念を曲げるのは格好悪い、という頑固ささえ備わっていた。冬乃的に最も苦手なタイプだった。そして何より神谷祐一の不在が絶望的だったのである。

 ...

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 文書の作成が完了しました。

 〈Novel Writer〉の画面にはそう表示されていた。遠坂冬乃は出来上がった小説を早速読み始めた。




第3話 自己修復プログラム


 致命的なバグが発生しました。

 自己修復プログラムを起動しています。

 起動中

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 自己修復プログラムの起動が完了しました。

 

 致命的なバグが発生しました。

 自己修復プログラムを起動しています。

 起動中

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 新たな自動文書作成ソフト〈Story Teller〉が発売されたのは半年後のことだった。そしてちょうどその時期、〈Novel Writer〉に発生した不可解なバグの背景が明かされた。


 第四話 本を読む遠坂の横顔を覚えててさ


 俺だって馬鹿げた行いだって分かってるよ。

 神谷祐一は〈Novel Writer〉に

〈Song Maker〉〈Illust Drawer〉などもあったが、なぜそれを選んだのか。

十年前、二人は同じ組の小学一年生だった。窓際の席、電子書籍を輝いた目で読む冬乃の姿は、祐一の脳裏に焼きついていた。仏頂面の女の子が不意に見せる笑顔にやられてしまったのだ(普段の仏頂面は他者への不信感だったし、虚構への愛情も同じ原因だったのだが)。

 

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Novel Writer 七井湊 @nanaiminato

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