第2話後編



 季節は夏。蝉時雨が実に耳障りな、8月半ば。



 ○○県の都心よりいくらか離れ、他県との県境にある山間。中々に有名な長いトンネルを抜ければ港に出られ、新鮮な海産物を手に入れることが出来るその村……いや、今は市と呼ばれるようになった、その地にて。



 全国的にはほとんど知られてはいないが、この市に住まう者ならばほとんどの者が知っている、とある屋敷がある。


 大きさにして一番というわけではないが、誰もがその名を聞けば「ああ、あの……」とそちらに目を向けるぐらいに、良い意味でも悪い意味でも有名な屋敷であった。


 とはいえ、別にその屋敷の持ち主が大金持ちか……と問われれば、違う。いやまあ、貧乏かと問われればそれも違う。屋敷の親戚にはマンションを経営している者もいるが、せいぜいが小金持ちというやつで、金銭的な意味ではそう凄いというわけではない。


 屋敷の歴史……まあ、それはある。少なくとも百年以上は続いているとされている。しかし、それだけ。百年とはいえ、探せばその倍以上の歴史を持つ家屋は見つかる程度のモノ。


 むしろ、その間に何度か改築や増築を行ったのもあって、建造物としての歴史的価値は無いに等しいだろう。元々の原形すら留めていないのだから、むしろ歴史があるというのは詐称にあたるかもしれない。


 では、どうしてそんな屋敷が有名なのか?


 それは、その屋敷には『座敷童』が出るとされていて、実際にその姿を見たと証言する者がそれなりにいるからであった。


 では、その座敷童だが、どのような姿をしているのかというと、だ。


 肉眼ではその姿を確認出来ず(霊的存在であるゆえに当然だが)、あらゆる映像機器に映らないのと、姿を見られる者がみな年若いこともあって些か信憑性は欠くが、見えた者はみな口揃えて「女の子である」らしかった。


 また、細かい差異こそあれど、他に分かっていることが四つあった。


 一つ目は、この屋敷に住まう座敷童の名は『伊都姫』。常に派手な着物を身に纏っており、肩口を晒して着崩しているということ。言うなれば、映画や漫画などにおける花魁のような出で立ちであるというわけだ。


 二つ目は、ほとんど表情を変えない無表情らしく、静々と屋敷の中で過ごしているということ。時折物が無くなるといった悪戯をするらしいが、害意をもって行っているわけではないということ。


 三つ目は、前述したが座敷童を目に出来るのは子供の場合が多いが、全員が見えるわけではないということ。見える者も大人になるにつれて見えなくなり、だいたいその背丈を上回った辺りが境目であるらしい。


 そして、四つ目。それは、仮に伊都姫の姿を目にしたとしても、見えないフリをすること。ただし、伊都姫の方から姿を見せた場合は、見えないフリをしては駄目。


 これを破れば罰が当たるとされ、屋敷内では禁忌とされている……この、四つであった。


 ……何ともまあ、普通に考えれば失笑される内容である。この場所以外でこの話をしたら、そういう系統の話が好きなのねと流されていたことだろう。


 しかし、ここでは違う。実際にその姿を見たと証言する者は(真偽の程は別として)少数だが確かに存在しており、この『座敷童』の存在によって様々な恩恵を受けていると考えている者が多いのもまた、事実であった。


 ……座敷童を見ることが出来た翌日、商店街のくじで1等を当てたとかいないとか……まあ、それは置いといて。とにかく、何かしらの恩恵を得ていると感じている者がいるのは確かであった。


 特に、その屋敷の家長(その家族を含めて)は傍目からでも分かるぐらいに座敷童を大事にしていることでも有名であった。その逸話は大小様々に存在するが、その中でも特に知られているのが座敷童の為の専用部屋だ。


 驚くことに、何とこの屋敷の持ち主は居るのか居ないのかよく分からない(肉眼は当然の事、カメラにも写真にもその姿が映らない為)、座敷童の為に部屋を作っているのである。それも、最高級の畳や家具を置いたうえで、だ。


 事情を知らない者や、そういった話を一切信じない人からすれば何を血迷ったことをしているやつらかと、さぞ驚くことだろう。


 実際、その屋敷の噂は知っていても、座敷童の存在を信じていない者は多い。あの家には近寄るなと公言する口さがない者もいるし、お化け屋敷と揶揄してからかう者も少なからずいる。


 それは、その屋敷に連なる親戚筋であっても同じだ。いや、むしろ他人よりもはるかに身近に接するだけあって、より口汚く陰口を叩く者も多い。


 親戚筋であったとしても座敷童の姿が見ることが出来た者は多いわけではなく、それが逆に排斥へと気持ちを傾かせたのかもしれない。


 まあ、無理もないことだ。屋敷に住まう者や血の繋がりが近い親族であっても、全員が座敷童の姿を目にしたわけではない。中には、一度も目にすることが出来なかった者もいる。


 子供の内は見ることが出来たらしい者でも、10歳を超えた辺りで見られなくなるのがほとんど。より遠い血筋の者ならその姿を見られた者は皆無といっていいぐらいに少ないから、余計に気持ちが排斥に動くのも仕方ないことである。


 故に、良い意味でも、悪い意味でも、だ。有名ではあるが、誰からも愛されているというわけではなく、どちらかといえば遠巻きに見られているだけの……まあ、その程度の屋敷であった。


 さて、そんな屋敷には今、大勢の人々でごった返していた。近場の親戚もそうだが、息子に娘、孫も集まった頃からその総数は20人近いものとなっており、何ともまあ賑やかな有様となっていた。


 どうしてそうなったのかと言えば、答えは二つ。


 家長である爺さん(御年77歳)が喜寿を迎えたのを祝おうと、比較的近場の者が家族連れでやって来ている為。そして、夏休みも最中でありそう遠出もさせられないからという各々の思惑も重なったからであった。


 昼間はまだ集まるだけでそうでもなかったが、日が落ちるに連れて一人、また一人。合わせて一家族、また一家族と玄関に並べられる靴やら杖やらが増えるにつれ、庭先にて止められている車の数が増えるにつれ、徐々に騒がしさは増してゆく。


 それが18時を過ぎた頃になればもう、てんやわんや。近くに新鮮な海産物が取れるのもあって、各自が持ち寄ったお土産やら何やらを焚いたり焼いたり捌いたり。普段は静かな台所も、まるで多々良場のような熱気が渦巻いている。


 子供たちは子供たちで、騒がしい。遠くから来た子もゲームを通じて仲良くなったり、屋敷の噂は知っている幾人かの子供たちは探検と称して家の中や外をこれでもかと歩き回ったり、誰一人落ち着いている子はいない。


 さすがに幾つかの部屋は立ち入るべからずとされていたので、そういう騒ぎになることはなかった。けれども、親御さんたちの怒声が響いたのは一度や二度ではなく、相当騒がせたのは言うまでもない。


 そうして、日が暮れて19時半を回った頃。こういう時にしか使うことがない大きなテーブルを二つ並べて作られたそこに隙間なく並べられた、御馳走の数々。食事の前に手を合わせるその瞬間だけは静かになったが……後はまあ、ご覧の有様というやつであった。

 まあ、食べている間だけは暴れ回ることもないから、まだマシなのだろうが……さて、そのようにして大人たち、子供たちの笑い声やら何やらが響き渡る、その屋敷にて。

 色々な意味で曰くが付いている屋敷に住まうとされている座敷童だが、その、様々な意味で注目を浴び続けている、居るのか居ないのかよく分からない当の座敷童本人はというと、だ。


『……油虫滅ぶべし、慈悲など与えませぬ』


 かつて『拠り所』と定めた家屋から、大きな屋敷へと成るに至るまで百年と少し。女神の下より離れて久しい時を過ごした彼女は今、呪詛を吐くが如く油虫への怒りを露わにしていた。


 何故かといえば、答えは単純明快。何時まで経っても何時まで経っても己の転生先が油虫一択から変わらないからであった。つい先ほど術を使って確認したから余計に……話を戻そう。


 件の座敷童は、家の者からは『座敷童の部屋』とも呼ばれているその部屋の中央。日に焼けていない真新しい畳の上で足を崩しつつ、何時まで経っても逃れられない油虫の陰に、ぷかぷかと煙管の煙を燻らせていた。


 ……いや、まあ、あれだ。


 色々と内外から存在を疑われることも多いが、本当に座敷童はその屋敷にいた。名は、『伊都姫』。元人間(男)から修行を経て神の御許にて過ごし、紆余曲折を経て座敷童へと変質を遂げた、あの、伊都姫その者である。


 伊都姫の出で立ちは、噂の通り花魁を思わせる豪華絢爛な着物を着崩した格好だ。かつての女神が見たらはしたないと少々眉をしかめそうだが、特に伊都姫は気にすることなく……ぷかりと、煙を吹いた。


 仮に、霊的存在である伊都姫の姿を見ることが出来たなら、さぞ驚いて目を剥いたことだろう。そして、『力』を持つ霊的能力者が彼女を見ていたら、二重の意味で驚いたことだろう。


 何故なら単純にその見た目が、だ。見た目の幼さとは裏腹の恰好もそうだが、何よりも煙管一つ、仕草一つが堂に入っていて、饒舌にし難い不可思議な色気を見せていたのだから。


 加えて、驚くべきことに伊都姫からは、だ。霊視能力を持つ者ならば、その身より放たれている『力』が強大であることがすぐに分かってしまう。


 それは、うっすらと神格を感じ取れる程であり、何ゆえそのような存在が座敷童をしているのかと幾度となく首を傾げたことだろう。


 それぐらい、伊都姫のような存在は場違いなのだ。分かる者が見れば、この座敷童が然るべき所で然るべき御方として祭られるべき存在だと思い、勧請の儀式を願い出てもおかしくないぐらいで……まあ、いい。


 見る人が見れば腰を抜かすような状況になっているのを尻目に、当の伊都姫はぷかぷかと煙管の煙を燻らせている。けれども、現れている面持ちに、先ほど抱いていた怒りの色はなくなっていた。


 伊達に数百年、修行に明け暮れたわけではない。多少怒りに心身を燃え上がらせたとしても、心を平静に戻す術は心得ている。なので、ほんの数回煙草の煙を燻らせた頃にはもう、伊都姫の心は静まり返っていた。


『……そねぇけんど、賑やさや』


 しかし、静まり返ったからだろう。気が抜けるとついつい訛りが出てしまうのは、それだけ長く座敷童として過ごしたからか。ぽわっ、と楕円を描く煙をも震わせるかのように聞こえ伝わってくる喧騒に、伊都姫は目を向ける。


 正式に女神の御付となって働き始めた辺りから時間の流れが早くなったように感じてはいたが、座敷童となってからはそれが余計に顕著になった気がする。孫が出来たぞと騒いでいたかと思えば、もう……か。


 この家の者との付き合いは、かれこれ百五十年近い。こっちが勝手にやっていることなので感謝されるつもりはないが、わざわざ専用の個室を作ってくれているぐらいだ。きっと、好かれてはいるのだろう。


 親戚全員とまではいかないが、この家に住まう者や直系の者ぐらいの年齢や誕生日ぐらいは把握している。なので、すぐに伝わる喧騒の理由を察することが出来た。


『……そねぇなん、こにちでは数え年でないんさな』


 たしか、家長であるあの男……貫太郎だが、生まれた日が今日であったか。年齢は……そうだ、今日で喜寿か。視線をさ迷わせながら、伊都姫は家長である貫太郎のことを思い返す。


 伊都姫の記憶に浮かぶのは、どうしてもその者の子供時代である場合が多い。霊的存在である以上はこちらから眺めるばかりであるせいで、こちらを認識し、時には会話をする時代の方がより頭に残るからだ。


 ――そうか。あの鼻垂れの悪ガキ坊主がもう、そんな齢か。時が経つのは、ほんに早いさな。


 ほう、と吐かれた煙に混じるのは感傷か、あるいは別の思いか。それは伊都姫自身にも分からないことであったが、少しばかり寂しい気持ちになってしまうのは……抑えられなかった。


 ……これもまた、人ならざる存在故の感覚なのだろう。


 いずれは鬼籍に入るであろう者たちを名残惜しく想うことはあっても、それを悲しいことだとは思えない。誰しもが死への道を免れない以上は、誰しもに訪れる結末なのだと、そう思えてしまうから。


 しばしの間、伊都姫は何をするわけでもなく、何を言うわけでもなく、ぷかぷかと煙草を燻らせ続けたのであった。胸中より湧き出る、懐かしい光景に思いを馳せながら。




 ……。


 ……。


 …………しかしまあ、それはそれとして、だ。



 せっかく、喜寿まで生きたのだ。家の者たちがお祝いしているぐらいなのだから、こちらも何かしらしてやりたくなった。伊達に長い付き合いではないわけだし、こういう時ぐらいは何か送ってやりたいというものだ。


(……な、悩んさよぅ)


 けれども、だ。祝ってやりたいと思う反面、伊都姫には躊躇せざるを得ない理由があった。


 それは伊都姫の存在が家人に害をもたらすから……というわけではない。幸運をもたらす……というわけでもない。どちらも起きないからこそ、問題なのであった。


 ――と、いうのも、だ。


 座敷童となって久しい伊都姫だが……実の所、伝説や書物等で知られるような、福をもたらすといった『力』は伊都姫には備わっていない。


 つまり、座敷童がいるおかげで財が持てたという話は全くのデタラメで、伊都姫は何もしていないのである。


 だが、これがまた不思議な事に。何故そうなるのか伊都姫自身にも皆目見当が付かないが、伊都姫がこの部屋を出て何かをすると……決まって、騒動が起こる。


 そして、騒動が終わった後……何故か。本当に何故か、伊都姫が褒め称えられるという、『さすわら現象(伊都姫任命・さすがです座敷童様の略)』が、ほぼ100%に近い確立で発生するのである。


 断言しておくが、伊都姫は何もしていない。騒動云々を引き起こす気も首を突っ込む気もさらさらない。最後の最後に至るまで引き籠って様子を見るぐらいであり、敵意が無ければ積極的に放っておく主義と言っても過言ではない。


 なのに……なのに、だ。伊都姫がこの部屋を出れば最後、何事もなく部屋に戻れたことは一度としてない。


 ただ、春の日差しを浴びて近所の河川敷を歩いただけなのに、後日『伊都姫様が手を引いたおかげで子供が助かった』というわけが分からない話が広まったのは、伊都姫の記憶にも新しい出来事であった。


 ……そりゃあまあ、伊都姫は相当な『力』を持つ。軽い福ぐらいなら、伊都姫にも引き寄せることは出来るし、手を貸したことはある。明らかな悪意を持って近づく者を追い払うことも出来るし、夢を通じて危険を家人に知らせることも出来る。悪霊だって、煙管で一刀両断だ。


 しかし、それだけだ。福を引き寄せるというのも、せいぜいが百円拾ったとか宝くじが当たった(上限1枚、3000円まで)ぐらいで、それも日頃の行いが良い……つまり、『徳を積んだ』者に限る。手を貸したというのも、せいぜい心の迷いを祓った程度のこと。


 御伽噺などに出てくるような、蔵が立つような富なんてもたらす『力』は伊都姫にはない。というか、そのようなことが出来る存在なんて、もはや天上神……天照大御神クラスの神でなければ不可能な芸当だ。


 なので、この屋敷……伊都姫(座敷童)に関わった者は皆大成したり福を得たりというのは、ただの偶然であり、家人たちの努力の賜物なのである。なのであるのだが……どうも、それを理解してくれない。


(どうするべきか……どうするべきか……!)


 うんうんうなりながら、時間にして20分程だろうか。


『……よし! 行きんさな!』


 そう覚悟を決めた伊都姫は、さてと、と座りっぱなしであった腰をあげた。ふわりと音もなく煙管が消えるに合わせて、伊都姫は部屋の外へとすり抜ける。


 伊都姫の部屋は、屋敷の中でも二階の最奥……つまり、用がなければまず人が入って来ない位置にある。たまたま開けっ放しになるということがない故に、万が一扉を開けて出る場所を見られたら、それだけで大騒ぎになってしまう。


 なので、部屋の外に出る時は(扉もそうだが)基本的に襖をすり抜けて出る。少々不作法だとは思うが、これも余計な騒動を起こさぬ為……まあ、慣れだ。


『とはいえ、何が良いんやら……とう、チャンバラで遊ぶん齢でんも……菓子でも見繕ってやるさんな』


 とてとて、と。聞こえてくる喧騒に耳を傾けながら、音もなく廊下を進み、階段を下りて、台所へと向かう。生活によってほんのり薄黒くなっている柱を横目に摩って、先へ行く。


 昨日も一昨日も見てきた己の家だが、不思議と懐かしさを覚えるのは屋敷内に広がる空気に当てられたのだろう。先へ進めば進むほど、喧騒がより大きくなってゆくのが分かる。


 こういう時に集まる部屋は、分かっている。屋敷自体が広いとはいえ、一か所に十数人が集まれる部屋なんて、一つしかないからだ。たまたま障子の一つが空いていたので、通りがてら覗いてみれば……やはり、宴会が行われていた。


 既に数十分程が経っているのだろう。幾つかの皿はもう残り少なく、空の酒瓶が幾つも部屋の端に置かれている。幾人かの顔も酒気が回っているのか赤く、何人かの子供たちは臭いを嫌がったのか、少しばかり離れた位置に集まっていた。


 そして、赤ら顔の者の中には……今日の主役である貫太郎の姿があった。


 普段は寡黙であまりこういう騒ぎには参加しないが、さすがに今日は別なのだろう。伊都姫の知る彼に良く似た別人かと思えるぐらいに饒舌で、子供の話やら世間話やらを語り合っていた。



 ……小さく、なりんさなぁ。



 その姿を見て、伊都姫はああ、とため息を零した。今の今まで気にも留めていなかったが、やはり時の流れを実感する。一家の大黒柱となっていたあの男が今や、老人だ。


 部屋に入って傍に寄れば、なおのこと月日の経過を実感する。


 悪ガキではあったが精悍で、弱い者苛めだけは絶対にしなかった。昔、まだ己が人の男であった時にいた友人に似ていたから、ついつい他の者よりも親切にしてやったのが、まるで昨日の事のよう……ん?



 ――ざわり、と。



 背筋を走る怖気に振り返る。見れば、貫太郎より6人程人を挟んだ先。ちょうど合わせたテーブルの境目辺りに腰を下ろしている若い男に、伊都姫の視線が吸い寄せられた。


 記憶が確かなら、貫太郎の孫娘の入り婿として親戚に加わった男だ。以前、挨拶にここを訪れた時に感じ取った限りでは、可もなく不可もないという感じで気にも留めていなかったが……しかし、これは。


『ん~、参った』


 これは困ったぞと、伊都姫は唸り声をあげた。


 というのも、別にこの男が何かをしたというわけではない。『座敷童』という存在が持つ『邪な気配を見抜くセンサー』が、彼に対して反応を示したからだ。


 何が困るって、このセンサー。伊都姫自身が言うのも何だが、全く当てにならないからだ。感覚的に『邪な気配』というのは分かるが、だから何だというのが正直な気持ちなのである。


 言うなれば、欲望駄々漏れな相手に反応するセンサーだ。それ自体が好転するか、あるいは逆に働くか。実は、伊都姫自身にも分かっていないことである。


 とりあえず、ビンビン反応するやつは追い返すようにしている。何か知らんが今の所それで上手いこと事が運ぶみたいなので……というのが、伊都姫の基本方針であった。


『まあ、思うてるんは、大目に見んしょう』


 酒に酔って気が荒くなっているのか、それとも仄暗い欲望を抱えているのか。座敷童としては少々引っ掛かるものはあったが、放って置くことにした。


 この場より追い出してやるのは簡単だが、せっかくの祝いの席。下手に騒動となって台無しになってしまえば、貫太郎があまりに気の毒だ。


 少なくとも、表だって何かをしようとしない限りは監視する程度に留めて置くことに決めると、伊都姫はさっさと場を離れ、台所へと向かった。


 途中、何人かの家人とすれ違う……が、誰も伊都姫に気付いた様子はない。伊都姫の姿を捉えやすい子供たちですら、気づいた者は一人もいない。


 まあ、意図して姿を隠しているのだから仕方がないことである。と、同時に、例えそうでなかったとしても気付けないのは当然な話であった。


 何せ、『座敷童』とは元来、表だって姿を見せる存在ではない。感受性の高い子供ですら感知が難しく、大人では気配すら感じ取れないだろう。そのうえ、その子供にすら見つからないように、伊都姫は意図的に『力』を抑えて己を隠している。


 だから、気付けなくて当たり前なのだ。例え霊視能力を持つ者であっても、初見で伊都姫を捉えるのは至難の業だろう。大人しく一か所に留まっていれば別だが、こうして歩き回るだけで誰も伊都姫を見つけることは出来ないのであった。


 ちなみに、仮に見つけたとしても、あえて見えないフリをするという仕来りが家人にあるということを伊都姫は知らなかったりする……が、まあそれはそれとして。


 さあ、台所へと到着した伊都姫であったが、さてさて何を作ろうかと首を傾げた。


 幸いにも、台所には人の気配はない。既に一通り作業を終えた後なのだろう。しかし、それも一時だけのこと。何かの拍子に誰かがこっちに来たとしても、何ら不思議なことではない。


 なので、極力ささっと出来るやつが良い。調理器具も下手に使うと後々騒ぎになったりする……というか、なった事があるから、それらもあまり使わない方向でいきたい。


『……金平糖で、いきさんな』


 しばし熟考した後、決めた。そうなれば、後は早い。この家の誰よりもこの家の全てを熟知している伊都姫は、手早く材料を揃えると、それらに向かって掌を広げた。


 途端、不思議な事が起こった。封が成されている材料それらが独りでに開いたかと思えば、ふわりふわりと螺旋を描いて集まり始める。とろりと解けて混ざり合う材料は瞬く間に形を変え……ものの十数秒程で、金平糖が完成していた。


 次いで、伊都姫が手を振るえば、虚空より浮き出るように現れたのは、桜花の刺繍があしらわれた、淡い桃色の絹布。出来たばかりの金平糖をするすると包んでやれば、もう完成であった。


 さすが半分は神様なだけある。人力で作れば職人の手であっても数週間は掛かる工程が、もののすぐだ。並み居る神様が知れば、舌打ちと陰口の一つも零されそうな事を涼しい顔でやってのけた伊都姫は、さて、と材料等を元の場所に戻すと、踵を翻して台所を出た。


 ……渡すにしても、今は酔っているし止めておこう。終わった後、寝静まった夜分にでも枕元に置いてやれば良い。


 そう判断した伊都姫は、ひとまず贈り物を袖の中に仕舞う。未だ変わらず騒ぎっぱなしの酒の席を横目に見やりながら、さっさと己の自室へと……戻ろうと、したのだが。


『……?』


 階段を上った辺りで、違和感に伊都姫は目を瞬かせた。何故なら、自室の部屋の襖が少しばかり開いているのが見えたからだ。


 出る時に閉め忘れた……ということはない。基本的に、伊都姫は部屋を離れる際は襖をすり抜ける。家の者の誰かが入ったのだろうが、ある種神聖な部屋として扱われている自室に誰かが不用意に入るとは考えにくい。


 日に一度、貫太郎の奥方が供え物を運んで来るから、多分奥方が閉め忘れたのだろうが……珍しい事だ。まあ大方、酒に酔った誰かが部屋に入ったのだろうか……やれやれ。


 そうなら、酔っ払いに問うても無駄かと、伊都姫は我知らずため息を零す。


 目出度い席とはいえ、困ったものだ。まあ、これもまた酒には付き物みたいなもの。万が一粗相をされては堪らぬと、伊都姫はそっと隙間より中を覗き……おや、と目を瞬かせた。


 室内には、予想していた通り供え物が置かれていた。小さなちゃぶ台の上には塩焼された立派な鯛が皿に盛られ、傍には徳利と御猪口に箸が用意され、ちゃぶ台の傍には真新しい一升瓶があった。


 そこだけを見れば予想通りだが、予想していなかったのが一つ……いや、一人。酒が注がれている御猪口へ今にも口づけんとしている、7つか8つかの……見慣れぬ男の子がそこにいった。



 ――考えるよりも前に、伊都姫は『力』を飛ばす。視線と共に放たれたそれは、寸分の狂いもなく御猪へと命中し、酒をその位置に固定した。



「……あれ?」


 傾けたのに、中身が零れない。そんな不可思議な現象に首を傾げた男の子を他所に、伊都姫は後ろ手で襖を締める。


 同時に、伊都姫はあえて『実体化』して……こつん、と何処からともなく取り出した煙管で、「――いたっ!?」男の子の頭を叩いた。


「悪さんすぅんば、悪うおの子さな」

「え……お姉ちゃん、だれ?」

「悪うおの子さな」

「あう、痛い痛い、止めて」


 それまで自分以外誰もいなかった部屋に、いきなり他人が現れれば子供でなくても驚くだろう。けれども、伊都姫の知ったことではない。手早く男の子の手から御猪口を取り上げた伊都姫は、二度三度と頭を叩く。


 これには堪らず、男の子は飛び出すように伊都姫の横を抜けて出入り口へと向かう……が、駄目。既に伊都姫によって封じられたそこは固く、男の子の力ではビクともしない状態になっていた。


 これには男の子も心底驚いたようで、傍目にも慌てた様子で力を入れているのが見て取れる。しかし、それでも無理だ。それが分かっている伊都姫は、男の子とは対称的にとても落ち着いた様子で居住まいを正すと、男の子へと手招きをした。


「悪うおの子さな、こちなはれ、こちなはれ」

「お、お姉ちゃん、だれ?」

「何もしんせん。こちなはれ、こちなはれ」

「……うん」


 無表情ながら、敵意はないと感じ取ったのか。それとも、悪戯がばれた事を叱られると思ったのか。幾分か居心地悪そうに伊都姫の傍にて腰を下ろした……のを見て、さて、と伊都姫もそちらに向き直った。


(……ああ、あやつの曾孫か。道理で波長が似ていると思うたんば、ほんに、あんの悪ガキ坊主の血筋は次から次へと悪さんばかりするんさな)


 改めて自己紹介をして、男の子……名は翔太というらしい。


 その正体が分かった伊都姫は、堪らんと言わんばかりに深々とため息を零した。「ご、御免なさい」途端、ぴくりと肩を震わせる翔太を見て、違う違うと男の子の頭を撫でてやる。


 別に、伊都姫は怒るつもりはなかった。元服も済ませていない子供のやることだし、このぐらいの男の子なんぞ好奇心に足を生やしたようなもの。これぐらい、可愛いものだ。


 大方、美味そうに酒を飲む大人連中の姿に興味を抱いて、自分も飲んでみようと思ったのだろう。ここに居るのも、おそらくは供え物を運ぶ奥方の姿を見て思いついたから……と、いったところか。ますます、怒る気にはなれない。


 まあでも、注意はしておかねばならない。甘酒ならまだしも、この歳で清酒は早すぎる。親御さんには黙っておくから、大人になってから呑みなさいと言い聞かせれば、翔太は首を傾げながらも頷いて了承した。


 そうすればもう、伊都姫としても十分だ。


 そう思って、もう行って良いぞと促してやる……が、翔太は動かなかった。どうしたと尋ねれば、戻りたくないと零した。何故かと問えば、居場所がないと理由を話してくれた。


 ああ、なるほど。翔太の話に、思わず伊都姫は苦笑する。仕方ないとはいえ、こういう場ではよくあるアレだ。大人組にも子ども組にも入れない不器用な子が一番退屈する、アレだ。

 それでなければ、子供とはいえ誰にも見咎められずにここに来られるわけがない。これは起こるべくして起こった事だなと粗方納得した伊都姫は、それでは、と翔太の相手をすることにした。


 まあ……相手をするといっても、ゲームやら何やらはもっていない伊都姫が出来る事なんて、そう多くはない。お手製の御手玉やらカルタやら、あるいはチャンバラごっこぐらいだが、それでも翔太は退屈することなく終始笑顔であった……と。


(……そろそろ、お時間さな)


 ばたばたと、屋敷内より感じ取った慌ただしい気配。この子の不在に気づいた親が、探し始めているのだろう。あまり心配させるのも何だと思った伊都姫は、これで終いだと翔太を返してやることにした。


「わたすに会うたんば、内緒さな。ええかえ、誰にもお話んばなりんさな」

「内緒……うん、分かった。でも、何で?」

「ええがら。ほら、甘いのやるんさな、約束守るんさ」

「うん、約束。お姉ちゃん、遊んでくれてありがとう」


 少しばかり嫌がった翔太も、親が探していると言えばそちらに意識が向いたのだろう。最後に頭を下げて、幾分か慌てた様子で部屋を飛び出して行った……のを見送った伊都姫は、扉を閉めると同時に実体化を解く。


『……おの子のやる事、おの子の言う事。何も、起こらんさ、起こらんさ……起こらんさな……』


 ――と、同時に、伊都姫は己に言い聞かせるようにそう呟くと、深々とため息を零した。子供の相手をするのは何年ぶりかだが、別に疲れたわけではない。


 こちらとしても楽しかったが、以前にも似たようなことがあった際、それが原因で物凄く気まずい事態になったことを思い出してしまって憂鬱になった……というのが溜め息の理由であった。


 誰が悪いというわけではない。しかし、こういうことが起こると非常に困るのだ。


 これでまた、翔太が何かをして、それが仮に良い結果をもたらしたとして、だ。巡り巡って『座敷童のおかげである』という結論を出されると、もう伊都姫としては申し訳なくて仕方がないのだ。


 伊都姫としてはもう、こうして部屋を用意してくれるだけで十分だし、毎日わざわざ御供えをしてくれるだけで十二分。どうか、どうか、何も起きませんように……そう願いつつ、伊都姫は日課の座禅と瞑想を始めようと――ん?



『……邪な気配んば、強うなりんさな』



 問題事かと伊都姫は身体を起こした。もしや翔太の話を聞いてこっちに来るのかと思ったが、どうにも伝わってくる気配からは、そう感じ取れない。


 これは……あの時の男が、何かをしようとしているのだろうか。


 まだ危惧する程ではないが、気にはなる。少し様子を見ておくべきかと腰をあげた伊都姫は、のそのそと階段を下りてざわめきが聞こえる酒の席へと向かい……ああ、と呆れ顔になった。


 料理は一通り下げられた後なのだろう。前回通り掛けた時にはあった皿の大部分は既に片付けられたようで、テーブルも離されていた。


 そして、そのテーブルの片方に、今日の主役である貫太郎と、その息子と娘がいて。テーブルを挟むように件の男が座っていて隣にはそいつの奥さんが座っていた。


 何が起こったのかと周囲のざわめきに耳を傾ければ、だ。詳細は分からないが、どうやらあの男が重要な話し合い……というか、商談か。商談を、貫太郎に持ちかけたようであった。


 こんな酒の席によくもまあ……伊都姫ならずとも、周囲の者たちも同様に考えているのだろう。大なり小なり件の男に対する視線は厳しく、隣に座る奥さんは実に居心地悪そうであった。


 対して、件の男は気にした様子もなく綺麗にされたテーブルの上に数冊の冊子を広げている。貫太郎へと投げかける言葉はどれも熱が入っていているが、酒に酔った末での行動……というような雰囲気ではない。おそらく、計画的な行動なのだろうということは察せられた。


 ……とりあえず、貫太郎がどうするかは置いといて、だ。


 はてさて、何を話しているのやら。気になって広げられている冊子を覗いてみるが、『あ~、ん~、こなんばさはり分かりんせん』全く分からなかった。


 冊子には建物の写真があるが、分かるのはそれだけだ。じっくり読み解けば分かるのかもしれないが、唯一広げられているそれもその場にいる者の手に取られ、もう分からない。


 もしかして、貫太郎の財産でも狙って……男の顔を見やった伊都姫は、それも違うと判断した。伊都姫の見た所、そこまでの悪意を男からは感じ取れないからだ。


 こうなればもう、伊都姫にはお手上げだ。というか、下手に何かしてまた巡り巡って『さすがです座敷童様(略して:さすわら)』にされては堪らん。あるいは、『許して座敷童様(略して:ゆるわら)』にされても困る。


 こういう時……下手に長居すればまた自分のせいにされる。百五十年という長過ぎる経験からそれを察した伊都姫は、さっさと部屋に引きこもって座禅でもしようかと――。



「おじちゃん、駄目だよ。お姉ちゃんが怒っているよ」



 ――思っていたが、駄目。



 徐々に悪い意味で高まりつつあった場の空気に飛び込む、幼い声。嫌に思えてしまうぐらいに聞き覚えのあったその声に、伊都姫はその場にガチリと足を止めた。


 ……。


 ……。


 …………何だろう、物凄く嫌な予感がする。何故だか、似たような経験をこれまで何度かしたような気が……うん、目を逸らすのは止めよう。


『…………ああ、うん。やはり、見えてんさな』


 このまま何事も無かったかのように戻ろうとも思ったが、無理だ。泣きそうになっている翔太と視線が合ったうえで逃げる図太さが、伊都姫にはなかった。


 まあ、そうかもしれないなあとは思っていた。波長が貫太郎と似ていたし、あの齢だ。己の姿が見えたとしても不思議ではない。おそらく、この場に居合わせた己を見て、反射的に話してしまったのだろう。


 だから仕方ない、仕方ないのだ。翔太は間違ったことは言っていない。あの子にとって、怒っているように見えただけ。今は意図的に隠れたので見えないから、もうこれは仕方ない。


 何せ、どういうことかと親から叱責されているのだ。まだ十にも至っていない子供なら、致し方ない。場が騒然となり、先ほどまで満ちていた空気が一変し始め、何やら幾人かの者が慌てた様子で室内を見回しているが……仕方ないのだ。


 こういう場でなかったら、もう少し遊んでも良かったんだけどなあ……彼方へと現実逃避していた伊都姫であったが、泣きそうになっている翔太を前に我を取り戻す。とりあえず、自分が怒っていないことを翔太に伝えたかった……のだが。


「翔坊……おめえ、誰かを見たんか?」

「え、あ、その……時代劇みたいな着物を着た、お姉ちゃん」

「――っ! 見たんか!? 本当に伊都姫様を見たんか!?」

「お、親父! 相手は子供だぞ!」

「……っ、すまん。翔坊、怖がらせてすまんな……そうやな、その着物を見たお姉ちゃんを見たんやな?」

「……見たよ」

「そのお姉ちゃんは今、ここにおるか?」

「……ううん、いない。さっきはいたけど、いなくなっちゃった」


 室内を見回す翔太。その時にはもう伊都姫は完全に姿を消しているので、例え波長が合ってももうその姿を見るのは無理であった。


「それなら、何時や? 最初に会うたんは何時で、何処で見たんや? 怒らんから、正直に言うんや」


 余計な邪魔(貫太郎)が入った。見れば、ほんのり酒で赤らんだ顔の貫太郎が、翔太の前にどっかりと腰を下ろした。合わせて、その場にいる全員の視線が翔太へと注がれた。


「あの……二階の奥の、婆ちゃんがおっきな魚を持って行った部屋で見た」

「――入ったんか。それで、何があったんや?」

「…………」

「怒らんから、言うんや。でえじょうぶ。俺の目の黒い内は、お前が怒られるようなことは、お前の母ちゃんにはさせん。だから、正直に言うんや」

「……お酒、飲んでみたくて。ちょっとだけ飲もうとしたら、お姉ちゃんに止められた。子供が飲むのは早いって……」

「そうか……それで? なんか怒られたか? それとも何か言われたか?」

「ううん、何も。お姉ちゃん優しくて、色々と遊んでくれたよ」


 貫太郎としては怖がらせるつもりはないのだが、若い頃は色々と馬鹿をやらかしたやつだ。訛りもあってか普段からキツイ口調であり、初見の人は怒っていると勘違いしてしまうことが多い。


 特に、酒が入ってれば余計に。それは、孫である翔太相手とて例外ではなく、質問が続くにつれて語尾が荒くなり始め、最後には思わずといった様子で翔太は身を竦ませてしまった。


 こうなると、下手にこれ以上刺激すると泣き出すのが子供というやつだ。目に見えて居心地悪そうにする翔太を見て、傍で控えていた翔太の両親がまあまあと二人を引き離す。


 さすがに貫太郎も妻に怒られて少し冷静になったのか、「怖がらせてすまんな、翔坊」申し訳なさそうに翔太へ頭を下げると……思い出したように、件の男へと向き直った。


「すまんな、この件は無しだ」

「――えっ!? あ、あの、でもさっきまで乗り気で……」

「伊都姫様が怒っているのなら、それがどれだけうまい話であろうとあまり良い結果にはならん。でなければ、わざわざ出て来たりはせん……さあ、この話はここで終いだ」


 そういうと、貫太郎は男の抵抗を遮ってずばっと話を打ち切った。それを見て、彼の息子娘たちも察したのだろう。あるいは、貫太郎の気性を知っているからなのか。


 この場にいる誰もが、もう男の言葉には耳を貸さなかった。例え男が縋り付くように話を続けようとしても、貫太郎の「――くどい!」一喝を前に、すごすごと引き下がる他なく、怒りを隠そうともしない男の妻によって、引きずられるようにしてその場を後にしたのであった。



 ……。


 ……。


 …………同じく、誰にも気付かれないようにこっそり自室へと戻った伊都姫はと言うと、だ。


『……何もしなんさな、わたすは何もしなんさな、しなんさったらばしてんさな』


 とにかく、今回も己は何もしていないし、怒ってもいない。それを伝える為に夢見(伊都姫のような霊的存在が、夢を通じて対話を行う術のこと)を行うことを決めていた。


 ちなみに、現時点で伊都姫が行った夢見の回数は91回。しかし、術のキレが悪いのか受ける側が悪いのかは不明だが、今の所は伊都姫の意図が完全に伝わったことは一度としてない。


 全て不本意な形で曲解され、最終的には『さすがです座敷童(略して:さすわら)』になっているのは、けして伊都姫の術が未熟だからではないことを、ここに記しておく。



 ――ただ、お祝いに金平糖を作る為に部屋を出ただけなのに、これだよ。



 そう拗ねた次の日、伊都姫は連続失敗率92回を記録し、また新たな伝説を作ってしまうのであった。



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勘違いされっぱなしのTSロリ花魁さん 葛城2号 @KATSURAGI2GOU

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