最期

 ピーピーピー……


 耳元で警告音が響く。それは小鳥のさえずりのような音だった。最期にアラームのような音を聞きたい人間がいる訳ないだろう。どうせならもっとましな音が良いと、少しいじらせてもらっていた。


 目の前に浮かぶ青い宝石。


 もう終わりが近い。この場所が、俺が求めていた場所だった。




『月が綺麗ですね』


 こいつはこんなときも空気をよむ気がないようだった。


「月なんかよりも地球の方がもっと綺麗だ」


 それは本心からの言葉だった。地球を初めて見たとき、それが他のどんなものよりも美しいと感じた。その美しさは何回見ても変わることがなかった。



『あなたの口から、一回も聞いたことがなかった』


『私はプログラムです。与えられた情報から学習して言葉を選びます』



 機械の調子がおかしいのだろうか。こいつは急に変なことを言いだした。



『でもそれ以外に命令されたプログラムがありました』



 これまでの口調とは全く違う。今までとは異なる人格がそこにいるようだった。



『あなたの口から、月が綺麗ですねと聞きたかった』



 またその言葉だ。嫌な記憶がよみがえる。たぶんそれを分かっててこの機械は言っているのだろう。



『ですが、先ほどの言葉で充分です』


『地球が綺麗ですね』



 今の言葉でようやく分かった。さっきの言葉はそんな意味で言ったのではないが。あいつはここまで分かっていて、俺を放置してくれたのか。本当にため息が出る。




 俺はあいつを見ていた。それはじっと睨みつけるように。でも同じように、あいつも俺を見ていたのだろう。あいつの目はどんなだっただろうか。睨むことに必死で、そんなことさえも俺には見えていなかった。


 今頃どこで何をしているのだろうか。


 あいつのことだ。きっと俺のことには呆れているのだろう。それでも受け止めてくれているのだろう。ほんとうに不器用な奴だ。

 俺が言えたことではないが……


『地球が綺麗ですね』


「あぁ、地球が綺麗だ」


 俺の言葉は届いただろうか。きっとあいつだけは、本当の意味で俺の言葉に共感できはしないだろうが。

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宙を漂う 雪鼠 @YukiNezumi

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