最終話 エピローグ~旅立ちと新たなる始まり~



「おはよー」

「はーい、おはよう」


 朝の畑仕事を終えたミナヅキは、シャワーを浴びてリビングに入ってきた。ちょうどアヤメが朝食の支度を終えたところであり、ミナヅキも席に座る。

 するとここで、いつもいるハズの二人がいないことに気づいた。


「ヤヨイとシオンは?」

「もうとっくに食べ終わったわよ」

「早いな」

「張り切ってるのよ。今日が旅立ちだからって」

「なるほど――いただきます」


 焼き立てのパンにバターを塗り、それを口いっぱいに頬張る。もっしゃもっしゃと咀嚼しながら、ミナヅキは物思いにふける。


(ヤヨイも十八歳か……気がついたら大きくなっちまったもんだなぁ)


 立派に成長した娘の外見は、やはり当時のアヤメを彷彿とさせる。

 サラサラの長い黒髪に抜群のスタイル、そして背の高さは、まさにそっくりとしか言えないだろう。

 しかしながら違う部分も多い。

 アヤメの肌は白いが、ヤヨイの肌は完全なる小麦色だった。幼い頃から畑仕事やら薬草採取やらで、外に出ることが多かったせいだ。

 本人もこの肌の色は普通に気に入っており、大人たちからは元気があっていいねと言われることも多く、尚更動きやすくなった印象を見せていた。

 紫外線による病気とかはない。むしろここ数年、風邪の一つも引いていない。

 冒険者ギルドに正式登録してからは、より活発な姿が目立ったほどだ。

 異性の知り合いも増えたが、どうにも女性として認識されることは少ない様子。それはそれでどうなのだとアヤメは頭を抱えたが、今更あーだこーだ言っても仕方がないと諦めていた。


(ヤヨイは冒険者として旅立ち、シオンはメドヴィーの学校で寮生活か……)


 十三歳を迎えたシオンは、やはり姉とは正反対という印象が強い。

 幼い頃は外で魔法の練習をすることが多かったが、年を重ねるごとに興味の傾向が変化しており、今では部屋で魔法の図鑑を読んだり調べ物をしたり、黙々と勉強するほうが楽しいようであった。

 冒険者というよりは研究者――かつてそう言われたことが、いよいよもって表面化してきた気がすると、ミナヅキとアヤメは感じていた。

 ――オレ、メドヴィー魔法学院に通いたい!

 シオンの口からハッキリとそう願い出ることも、前々から想像はしていた。

 自分の意志で決め、自分の言葉で両親に願い出るその姿。幼かった子供がいつの間にか大きくなっていたのだと、改めて感じさせる瞬間でもあった。

 ちなみにシオンの外見は、ミナヅキと殆ど瓜二つである。

 ミナヅキをより明るく子供っぽくした姿――アヤメは息子をそう評しており、それを聞いた知り合いも、確かにそれは言えていると同意していた。

 流石にミナヅキは実感が湧かず、首をかしげるばかりではあったが。


「あ、おとーさん。おはよー」


 バタバタとけたたましい音を立てながら、シオンがリビングに入ってくる。


「おう、おはよ。準備は終わったのか?」

「バッチリ!」

「そうか」


 ニカッと笑う息子に、ミナヅキもつられて笑みを浮かべる。

 思春期特有の背伸びこそ見られるが、他の同年代の子に比べると、幾分子供っぽさが目立つ。

 マイペースにやりたいことをやらせて育てたせいなのか、それともシオンの元々の性格によるモノなのかは分からない。しかしこれも、シオンらしくていいんじゃないかと、親としては思えてしまう。

 これも子供に対する親としての甘さなのか――ミナヅキは少し考えるが、答えは思い浮かばなかった。


「……ねーちゃんは?」


 シオンがキョロキョロとリビングを見渡す。どうやら部屋にもいないらしい。すると食器を洗い終わったアヤメが、キッチンから戻ってきた。


「さっきお父さんと入れ違いで庭に行ったみたいよ。旅立ち前に、畑を見ておこうと思ったんじゃない?」

「ふーん、そっか。じゃあオレも見てくる」


 シオンは再びリビングを飛び出し、玄関の扉が開く音が聞こえた。少しだけ外を駆ける音が聞こえるのを確認したアヤメは、思わずほくそ笑む。


「出発の朝なのに、騒がしいのは変わらないわね」

「いつもどおりでいいじゃないか」

「確かに」


 そしてアヤメも席に着き、夫婦二人でコーヒーを飲む。子供たちの旅立ち前のせいだろうか――その静けさはどこか不思議さを感じてならなかった。



 ◇ ◇ ◇



 その頃、ヤヨイは庭の畑を見て回っていた。

 今日は旅立ちなんだからと、両親から手伝いは遠慮させられた。このまま畑を見ずに家を出るのは忍びないと思ったのだ。


「今日でお別れかぁ」


 住み慣れた実家から旅立つ――前々から決めていたことではあったが、いざその日が来ると、妙に寂しさがこみ上げてくる。

 本当はこうして見て回ることもしないほうが良いのだろう。最後だからという気持ちを乗せれば乗せるほど、別れが惜しくなる。

 それでもヤヨイは、庭の畑と調合場だけは見ておきたかった。

 父と二人で過ごしてきた場所は、一生自分の胸に刻み込んでおきたいから。いつか帰ってきた時、ガラリと変わっている部分があるかもしれないから。


「ねーちゃーん」


 シオンがパタパタと駆けてきた。


「やっぱりここにいたんだ」

「うん。旅立つ前に見ておきたかったからね」


 そして姉弟二人で並び立ち、改めて畑を見渡す。


「小さい頃は、よく二人でここに来たよね。アンタはスライムと遊んでたけど」

「だって畑仕事に興味なかったし」

「やればよかったのに。結構楽しいわよ?」

「嫌だね」


 今更なやり取り。しかしお互いに、妙な心地が良さを感じていた。

 恐らく姉弟としての仲は良いほうなのだろう。少なくとも周りからは、よく言われていた。

 兄弟姉妹がそれほど仲良くないのが普通――それを聞いた際、ヤヨイとシオンはむしろ驚いたほうだった。

 とはいえ、二人は仲良しを自負したことなどない。

 仲が良いか否かを考えたことすらない、といったほうが正しいかもしれない。

 年も離れており、性別も違い、更には興味の対象も正反対ときている。それでいてマイペースな部分が似ているなど、変なところで共通もしていた。

 要は互いが互いに対して、あまり干渉しなかった。それが割と思春期にありがちなギスギスした関係を作り上げずに済んだのかもしれない。

 少なくともヤヨイは、そう思っていた。


「ねーちゃんは、どんな旅にするか決めてるの?」

「そうねぇ」


 突如シオンからそう聞かれ、ヤヨイはひとまず考えていたことを挙げてみる。


「とりあえず、アンタを見送りがてらメドヴィーまで一緒に行って……あとは気ままにってところかな?」

「つまりノープランってことか」

「簡単に言えばね」


 軽く呆れた視線を向けるシオンに、ヤヨイは肩をすくめる。


「とりあえず旅をしながら、色んな薬草を使った調合をしていきたいかな。どこか新しい拠点を作って、パパみたいに自分の工房を持つのもいいかも」

「でも旅って簡単に言えるけど、実際はかなり大変だって話も聞いてるよ?」

「心配しなくても野営の経験はあるし、狩りの仕方も解体含めて知ってるから、なんとかなるわよ。小型の魔物なら、あたし一人でも仕留められるし」

「いや、そこは別に心配してないんだけど」

「なによぉ!」


 素っ気ないシオンに軽く声を荒げるヤヨイ。成長とともに現れてきた姉弟のありふれた姿の一つであった。


「アンタこそ寮生活ちゃんとしなさいよ? ラステカと違って、のんびりできないことも多いと思うし」

「うん。まぁ、なんとかするよ」

「気楽なもんねぇ……まぁ、シオンらしいけどさ」

「ねーちゃんだって似たようなもんじゃん」

「……だね」


 実のところ、ヤヨイもシオンに対してはあまり心配していない。我が道を行く気質ながら、なんとなくやることはやってしまうタイプでもあるからだ。

 それに今年のメドヴィー学院入学者には、シオンの知り合いも何人かいる。

 リュドミラの双子娘たちも、その中に含まれていた。

 入学試験に付き添いで行った際も、久々の再会を喜び合っていた。その際に互いの母親は恋愛感情を期待していたようだったが、あいにく当の本人たちにその傾向は見られなかった。

 それを少し残念がる母親たちの脇で、ヤヨイは苦笑していた。

 まぁ、それもらしいといえばらしいかもね、と。


「シオンは魔力研究者を目指す感じ?」

「今のところはね」


 魔法よりも魔力そのものに興味を抱いているシオン。この数年で魔力の流れが読める力も伸びており、魔力の有無と色に加えて、そのものが持つ魔力の大きさを判別することもできるようになっていた。

 その成長はギルドマスターであるソウイチも認めており、将来はギルドの鑑定師も目指せそうだと言われていた。


「学校行ってるうちに、なんか他にやりたいこと見つけるかもしれないけど」

「それならそれでいいんじゃない? そのための学校でもあるでしょ?」

「……そっか」


 姉の言葉を聞いて、シオンは妙に納得する。そんな弟の反応を、ヤヨイは小さく笑みを浮かべながら見ていた。


「ヤヨイー、シオーン。そろそろ出発の時間よー!」

「はーい!」


 勝手口の扉から声をかけるアヤメに、シオンが振り向きながら返事をした。


「行こうぜ、ねーちゃん」

「うん」


 シオンが真っ先に家に向かって駆け出し、それに続いてアヤメも戻ろうとする。しかしその前に、もう一度だけ畑のほうを振り向いた。


「――またね」


 そしてヤヨイも、畑に背を向けて歩き出す。完全に別れを告げた彼女は、もう振り返ることはしなかった。



 ◇ ◇ ◇



 フレッド王都の船着き場は、今日も盛大に賑わっていた。

 冒険者や観光客、そして旅立つ学生の姿も、チラホラと見られる。まさに季節だなぁと思わせられる光景でもあった。


「二人とも、準備はいいな?」


 メドヴィー行きの高速船を前に、ミナヅキが子供たちに最終確認をする。二人とも笑顔で強く頷いていた。


「まぁ、お前さんたちなら、多少何かあってもなんとかするだろ」

「元気でやりなさいね。お母さんたちが望んでいるのは、それだけだから」


 流石に別れ際を感じているのか、アヤメも名残惜しそうであった。しかしヤヨイもシオンも、これからのことが楽しみで仕方がないらしく、どこまでもワクワクした表情を浮かべていた。


「分かってるって。落ち着いたら連絡するよ」

「冬休みには帰ってくるから」


 明るく笑いながら言う子供たちに、アヤメも力が抜けたようにため息をつく。どこまでもブレない子たちだと思いながら。


「ヤヨイも連絡だけじゃなくて、たまには帰ってきなさいね? なんなら彼氏とか結婚相手とか、そーゆーの連れてきても構わないから」

「……どしたのママ? 突然そんなこと言って」


 真剣に目を丸くするヤヨイに、アヤメは深いため息をつく。


「言いたくもなるわよ。年頃なのに男の子の気配が全くないんだから」

「そんなこと言われてもなぁ……考えたことなかったかも」


 それが心からの言葉であることは、アヤメもよく分かってしまう。だからこそ改めて深いため息が出てしまった。


「アンタって子は……どこまでお父さんに似れば気が済むんだか」

『いや、それどーゆー意味よ?』


 父と娘の言葉が見事なまでにシンクロする。それに対してシオンは、思わず吹き出してしまうのだった。

 その時――


「メドヴィー学院都市行きの高速船は、間もなく出航しまーす!」


 乗船員の声が聞こえ、周りの人々が慌てて動き出す。無論それは、ヤヨイとシオンも例外ではない。


「ヤバッ、早く乗らないと。パパ、ママ、それじゃあね!」

「じゃあオレも、行ってきまーす!」


 ヤヨイとシオンが慌てて荷物を抱え、タラップを駆け上がっていく。


「気をつけてなー」

「行ってらっしゃーい」


 ミナヅキとアヤメは声をかけつつ、タラップから少し離れた位置に移動する。ちょうど船のデッキが真正面にある場所であった。

 乗り込んだ子供たちも、ちょうど船着き場を見下ろせる位置にやってくる。

 ――ボオオオオォォォーーーッ!!

 けたたましい汽笛とともに高速船が動き出す。シオンとヤヨイは、笑顔で大きく手を振っていた。

 勿論、ミナヅキとアヤメも手を振り返す。

 自分たちの元から子供たちが巣立つ。それを存分に噛み締めながら。

 やがて船は遠く小さくなり――完全に見えなくなった。


「行っちゃったわね」

「あぁ」


 少し寂しそうな笑みを浮かべながら、夫婦二人で海を見つめる。


「子供たちが生まれてからは、なんかマジであっという間だった気がするよ」

「そうね。気がついたらもうアラフォーよ、私たち」

「そーいやそうだな」


 すっかりオジサンやオバサンになってしまったミナヅキとアヤメ。しかしこうして二人だけで笑い合っていると、まるで昔に戻った気分になってしまう。

 異世界に駆け落ちしてきて、子供を産み育て、今しがた巣立ちを見送った。しかし決して、これで終わりなどではない。

 自分たちのペースで歩き続ける――それは決して変わることはないのだから。


「ねぇ、ミナヅキ。折角子育ても一区切りついたことだし――」


 アヤメは下から覗き込むようにして、子供のような明るい笑みで見上げる。


「今の家を改造して、喫茶店でも始めてみない?」

「……またいきなりだな」

「ふふっ、実は前々から考えてたのよねぇ♪」


 呆気にとられるミナヅキに対し、アヤメはどこまでも楽しそうであった。


「あの石窯、私たち二人だけだと持て余しちゃうでしょ? だったら、それを利用したお店でも開いたらどうかなーってね」

「んー、まぁ確かに案としては悪くないと思うが……」


 しかしやはり、いきなり過ぎて判断しかねるのが正直なところであった。そんなミナヅキに追い打ちをかけるかの如く、アヤメは更に提案する。


「ミナヅキのポーションジュースも出したらどう? 人気出ると思うわよ?」

「そうかなぁ……」


 確かに冒険者相手なら需要はあるかもしれない。たまに工房やギルドで余り物や試作品を分け与えた際、喜んでもらえることが多かった。

 しかし一般の客人に対してはどうだろうか――そう考えてみたが、やってみなければ分からないとも思えてくる。


「まぁ、いいんじゃないか? とりあえずやってみるってことでよ」

「流石ミナヅキ、そう言ってくれると思ってたわ♪」


 彼女の頭では、もう既に自宅の大規模リフォーム姿が浮かんでいる。早く実行したくて仕方がなかった。

 そんなウズウズしている妻の楽しそうな姿に、ミナヅキは苦笑していた。


「ひとまず、ギルドと工房に立ち寄って、このことを相談してみようぜ。俺たちだけじゃ絶対に出来っこないからな」

「そうね。工房の人たち、協力してくれるといいけど」


 二人は歩き出しながら話す。ミナヅキは前を向いたまま、フッと小さく笑った。


「大丈夫だろ。アイツらはノリがいい。アヤメもよく知ってるだろ?」

「確かに」


 アヤメも頷きながら小さく笑う。思えば石窯のときもそうだった。こちらが何かを言う隙すらないほどに。

 これから工房で巻き起こるであろうお祭りレベルの騒ぎを想像しながら、ミナヅキは空を仰いだ。


「また騒がしくなりそうだな」

「えぇ。私たちも楽しくやっていきましょ♪」

「――そうだな」


 ミナヅキとアヤメは、クスクスと笑いながら歩いていく。

 ここからまた、新たに始まるスローライフ。再び夫婦二人となった彼らの、自由気ままなのんびりとした生活。

 それはまだまだ――遠い先まで終わりそうにない。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

本作のストーリーは、これにて完結となります。

連載開始から約十ヶ月間。なんとか書き切りました!

ここまで当作品にお付き合いくださった皆様。本当に感謝しております。

ありがとうございました<(_ _)>

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駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ 壬黎ハルキ @mirei_haruki

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