第4話 変身

アカリさんのあれがどういう意味の行動だったのか、未だに理解できない。その後、アカリさんとの関係に変化は無く、時折あれは夢だったのではないかとさえ思える。


「内緒ね」


アカリさんの声が耳元で聞こえる気がして、頬が高揚するのがわかる。トオルに見られまいと、「僕」は顔を逸らした。


「あのさ……カズ……」


トオルの声で「僕」の心は、現実に戻ってきた。


相沢アイザワさんと、なんかあった?」


トオルに動揺を悟られまいと、平静なフリをする。


「…なんかって…何も無いけど…なんで?」

「うん?……やっぱ、何でも無い」


重くなった空気を吹き飛ばす様に、トオルは笑った。「僕」は、嘘をつくのが下手だ。長い付き合いのトオルのことだ、きっと気がついたに違い無い。


「トオル?」


呼びかけて、顔を覗き込む。トオルと眼が合う。トオルは一瞬、驚いた様な顔をして視線を上に向けた。


「…何でも無いって」


鼻の下を腕で擦りながら、トオルが言う。恥ずかしがってる時のトオルの癖だ。こんな時、トオルは多くを語ろとしない。トオルは「僕」に視線を戻して、笑った。いつもの明るい笑顔。


「…ごめん、変なこと聞いた」

「うん」


トオルはそれ以上、アカリさんのことについて聞こうとも話そうともしなかった。トオルはいつものトオルで、馬鹿話して家路に着いた。遠ざかるトオルの背中に、チクリと胸が痛む。それでも、アカリさんのことは言えなかった。


夏は慌ただしく過ぎていった。「僕」は9月のコンクールに向けて、バタバタと夏休みを過ごした。休暇中にトオル達とも何度か遊びに行った。アカリさんは、「絵の進み具合を見たい」と何度か美術室にも来たけれど、特に何事も無く過ぎ去っていった。


秋を迎える頃「僕」は、1人パニクっていて、周りを気にする余裕何か無かった。元々、発育の遅い方だったけれど…急速に身体に変化が訪れ、自分自身の変化に一杯一杯だった。

胸が痛み、自分の腕が当たるだけでも激痛が走る。ただの成長痛で両親は心配したが、喜んでもいた。身体は大きくなってもそれらしい成長が無かったのだから、当然だろう。


胸が膨らみ、腰にくびれができる。「僕」の身体はに急激に女性体へと変身していった。


鏡を見るたびに、自己嫌悪に陥った。

こんなの自分じゃない。

嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!


どんなに足掻いても、変化は止められ無かった。周りの同級生達の態度も、同じ頃から変わっていった。よく話していた男子達、会話をしていても目線が合わない。目線を辿る迄も無く、胸を見られていることに直ぐに気が付いた。制服の前ボタンが張ち切れそうなほどに胸は膨らんでいたのだから、仕方が無かったかも知れないけど…。見られていることに耐えられず、胸が目立たないように猫背で歩くようになった。トオル達にも同じように見られるのが嫌で、距離を置くようになった。トオルが時折、遊びに誘ってくれたけれど、部活や勉強を理由に断り続けた。


中学2年3年は受験や何やとバタバタして、あっと言う間に月日過ぎていったように思う。

部活は、3年の9月のコンクールを持って引退。アカリさんとは何かと話す仲になり、将来とか進路とかよく話してた。トオルとは互いの進学先さえ伝えず、卒業式を迎えた。


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蒼く淀んだ水底で 山 海 @yunkana---5xo

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