刺激的な人生を求めて私は「あくやくれいじょう」になる
柊月
刺激的な人生を求めて私は「あくやくれいじょう」になる
柔らかな日が差し、蝶が羽ばたき花が揺らめく長閑な昼過ぎの出来事。真紅の胸元の大きく開いたドレスを着こなした釣り目の令嬢が、取り巻きを侍らせながら、1人の美少女を追い詰めていた。
妖艶に微笑み、レースの美しい扇を広げた令嬢は、庇護欲を掻き立てる弱々しい表情の美少女を見て嬉々としていた。
「貴方、何をやっているのか自分でご存知なのかしら?」
「わ、私何かしてしまいましたでしょうか……?」
じりじりと迫る令嬢に、美少女はどんどん青ざめてゆく。
「あら、貴方ったら、自覚がないなんて。とんでもない悪女ね?ねぇ皆さん?」
「ええ、やはり教養がなってないわぁ」
「あら、嫌ねぇ。うふふふっ」
「「「うふふふふっ」」」
美少女は顔をくしゃりと歪めて今にも泣きそうだ。それを令嬢達は面白可笑しそうに口元をいやらしく緩ませる。
「い……一体私が何をしたと言うのですか……?」
その瞬間、令嬢は扇をパシャリと閉じて一切の表情を消した。その絶対零度の視線と迫力に、美少女は腰を抜かし、恐怖で涙を溢れさせる。
「貴方はわたくしの婚約者のフェルメル様と仲睦まじいようね。何様なのかしら?」
「ご……ごめんなさっ……!」
「わたくしがそれ如きで許すとでも?頭が湧いていらっしゃるの?」
「っ……!」
美しく口元に弧を描いた麗しい令嬢。しかしその瞬間乾いた音がその場に響いた。遅れてパサリと扇が乱雑に芝生の上に落ちる。
「あーら、失礼。扇がおちてしまったわ?うふふふ、ごめんあそばせ?」
「っふっ……っ……」
「汚らしい、涙なんて流して。わたくしはただ落としただけなのに」
いや、令嬢が美少女の顔を扇ではたいた後、後付けするように扇を故意に落としたのだ。おかげで美少女の顔は赤く腫れ、口の端が僅かに切れている。
「……まぁ今日はこの位にしておくわ。このままお説教していたってつまらないもの。では、次こうして会わないことを願っているわ」
「………はい」
๑▪๑▪๑▪๑
「ひゃっはー!たのしー!うふふふふ!!」
「ヴェローナ様、そろそろおやめになった方が宜しいのでは……?」
「いやよ!せっかく刺激的な人生が送れそうな人物に生まれられたのに、それを無駄にするような事は絶対に駄目!」
「えー………」
令嬢らしさの欠片もなくはしゃぎ回るのは、先程美少女を虐めていた彼女である。頬を膨らませて胸を張るヴェローナに、ヴェローナ付きの侍女アルミナは小さく抗議の声を上げた。
「……しかし……」
「アルミナ、いいのよ。本当は彼女に申し訳ないと思ってるわ。だけど私はこうするのが正解なの。ねっ?つまらない人生よりハプニングを起こした方が楽しくていいでしょう?」
「……はい」
ヴェローナが刺激的な事を求めるのには理由があった。ヴェローナは、あの少女を虐めることに大してはあまり意義を持っていない。その先―――断罪されることを楽しみにしているのだ。
ヴェローナは前世、いや、それより前の記憶もいくつか持っている特殊な人物だ。前世はこの国の子爵令嬢、その前は隣国の伯爵令嬢、その前は商人の娘、その前は……と。
その中でも1番古い記憶は、「にほん」という国にいた時のもの。その時は「おとめげーむ」にハマっていたようで、その時の用語がチラホラ頭に残っているだけであるが。
そこからが問題だ。
その次の記憶が、まさしく「おとめげーむ」の「あくやくれいじょう」だった時のものなのである。当時のヴェローナは「あくやくれいじょう」になって断罪されないように努力してきたのにも関わらず、「げーむのきょうせいりょく」が働いて、根も葉もない事を擦り付けられ処刑された。所謂濡れ衣である。
それを悲劇的に思った神様は、「幸せな人生を授けよう」と、まずは侯爵令嬢に転生した。
幸せだった。財務大臣である父と社交界の花と呼ばれた母の間に生まれたヴェローナは、2人からも使用人からも可愛がられ、公爵子息と恋に落ち、相思相愛の仲睦まじい関係を最後まで続ける事が出来た。
そんな普通の幸せが続けばいいと当時は思っていた。
でも、ヴェローナは思った。
神様が一気に自分を地獄に落とそうと企てているのではないか、と。
だから、今のうちに悪い事を消化しておこうではないか、と。
それに、普通の人生よりスリルな方が全然いい、と。
はい、ヴェローナはアホである。
ヴェローナは動き始めた。商人の娘に生まれた時は、お金の動きを詐称した。伯爵令嬢になった時はお金を必要以上に使った。子爵令嬢の時は、それこそ「あくやくれいじょう」の取り巻きになった。
しかし、いつまで経っても普通の人生しか送れない。
そこでヴェローナは神様に相談した。
『どうして私は普通の人生から脱出できないのですか?』
『それは君がいい事しかしてないからだよ』
ヴェローナは内心「はぁ?」と毒づいていた。
『どういう事でしょう……?私は不正もしたし、ムダ使いもしたし、虐めもしたわ』
『あぁー……だって君、不正をしたって言うけど、それ不正を直したことだし、ムダ使いっていうけど、その倍以上を君が稼いでたし、虐めっていうか、あれはちょっかいだよね。あの子、君達にちょっかい、というか絡まれて楽しそうだったよ』
『……えぇ………』
『はい、ドンマイ』
『………わ、わたし……』
『?』
『「あくやくれいじょう」になって断罪されてみたいのです!』
『はぁ?』
神様はポカンと口を開け、ヴェローナを信じられないという目で見た。
『……本気?』
『はい!!!』
『……はぁ、わかった。1回だけ「あくやくれいじょう」になる人生を授けよう。君は徳を積んでるから直ぐに戻してあげるから。特別だよ、特例。じゃあ、君は公爵家の令嬢に生まれる事にする。頑張ってねー(棒)』
というようなやり取りがあり、ヴェローナは今にも至るのだ。神様から「1度だけ」と言われているので、やりたい放題だ。ヴェローナは本気で刺激的な人生を送りたがっている。
「それに、断罪されたとしても処刑にはならないようにしてるわよ?」
「断罪されることが間違っております!わたくしはヴェローナ様は本当はお優しいのに、そうやって悪役を買って出る事に耐えられないのです!ううっっ」
「アルミナ……ありがとう。でも、ごめんなさい。明日で私は公爵家の人間では無くなるわ。今までありがとう」
ヴェローナは「あくやくれいじょう」だが、使用人に当たる所まで真似しなくても、と思っていた。だから、ヴェローナは使用人達に大切にして貰えた。アルミナには特に、だ。
「え……?……ヴェローナ、様……?」
「ふふっ、貴方達に会えなくなるのは少し寂しいわ。フェルメル殿下に愛してもらえなくても全然寂しくもなんともなかったのに、ね」
「えっと……それは少し違う気が……というか寧ろ溺愛……」
「え?何?どうしたの?アルミナ」
「いえっ!……必ず明日は屋敷にお戻りくださいね。わたくしはお待ちしていますから」
「………ありがとう」
ヴェローナの目頭は熱くなったが、それに気が付かないふりをしてベッドに潜った。ここで過ごす最後の夜。それにしてはぐっすりと直ぐに眠ることが出来た。
๑▪๑▪๑▪๑
ヴェローナは侍女に囲まれ、夜会の準備をする。今日でこのキツイコルセットともお別れだ。ヴェローナの婚約者である、この国の第1王子フェルメルの瞳の色―――水色のドレスを身に纏い宝石で飾られた彼女はとても美しい。その出来栄えは侍女らが鼻を広げて興奮するほどだ。
そしてヴェローナは、誰のエスコートも無く会場に―――行くはずだった。
―――何故ここにフェルメル殿下がいらっしゃるのかしら?
「やぁ、ローナ。今日もとても綺麗だね」
「……ご機嫌麗しゅう、殿下。殿下はどうしてこちらに……?」
「やだなぁ。いつもは『フェル』って愛称で呼んでくれるのに。それに夜会に行くのにパートナーをエスコートしないなんて事ある?」
「……いえ。よろしくお願いします、殿下」
ヴェローナはぐっと言葉に詰まった。外では「あくやくれいじょう」になりきる為に、フェルメルに我儘を遠慮なく言って擦り寄っていたのだ。しかし、今日フェルメルが来た事に驚いて素が出てしまった。失態だったとヴェローナは臍を噛む。
どうせ今日でフェルメルとはおさらばだと思っているヴェローナは、馬車の中で話を振られても、一線を引いて当たり障りのない返しをする。フェルメルはそんなヴェローナの態度に含み笑いを浮かべた。
๑▪๑▪๑▪๑
煌めくシャンデリア。
その光を受けて反射する令嬢や夫人の宝石や、色とりどりのドレスが目に映る。
―――ここが私の最後の舞台なのね。
もはや感動すら覚える。
両親や使用人に会えなくなる事に未練がないとは嘘になるが、自分が選んだ未来だと割り切る彼女の表情は晴れやかである。
「ちょっと、離れるよ。その場から動かないでね?」
天使の笑みを向けたフェルメルは、ヴェローナから手を離し、既に会場に入っていた美少女の方に歩いていった。ヴェローナはちゃんと理解していた。自分が逃げないようにしたのだと。
「国王陛下、王妃陛下のご入場!」
貴族らが頭を垂れる。流れるたおやかな音楽と擦れる衣服の音のみで、その他一切の音は聴こえなかった。ヴェローナの心臓はドクリドクリと大きく波打ち、冷や汗が止まらなくなっていた。覚悟はしていたが恐怖は一応感じるようだ。
「面をあげよ。今宵の夜会は王妃が力を入れて準備をしたものだ。存分に楽しんでくれたまえ」
「国王様、王妃様、聞いてくださいませ!!」
国王の挨拶の途中で、あの美少女が瞳を潤ませて嘆願する。それに対し、周りの者は眉を顰めて怪訝な顔を浮かべた。当然ヴェローナもだ。国王の話を遮るなど言語道断であり、不敬にも程がある。国王も王妃も、その隣に並ぶフェルメルも、表情は変わらなかった。
「………君は?」
「えっと、私はシェリーです!」
これには国王と王妃も嫌悪感を出した。挨拶で貴族の娘が家名を名乗らないのはありえないのだ。不敬のオンパレードに聴衆はヒソヒソと噂話をし始める。フェルメルから何やら耳打ちをされると、国王は立派な顎髭を撫でながら何度か頷いた。
「ポルテア男爵の所のシェリー嬢か。何ゆえ私に?」
「はい!実は、私……ヴェローナ様に虐めを受けていたのです!」
「ヴェローナ嬢から……?」
ザッと視線がヴェローナに集まる。
―――あぁ、始まったのね。
ヴェローナはニタリとそれはそれは美しい微笑みを浮かべた。薔薇を背負ったような、華やかな笑み。彼女は自分が1番美しく見える角度を知っている。
「陛下、発言しても宜しいでしょうか?」
「構わん」
「ありがとうございます」
ヴェローナのヒールの音がホールに響く。ヴェローナは涙を浮かべてフルフルと震える美少女―――シェリーの目の前で止まった。シェリーの「ひっく」という涙を堪える音が聴こえるだけで、お互いに何も喋ろうとはしない。
が、痺れを切らしたヴェローナが、ため息を着いた後、手本のような優雅な貴族の礼をする。
「初めまして。シルヴェスター公爵が娘、ヴェローナでございます」
「はい、知ってますが……?」
其の瞬間、また貴族達が小さな声で悪口を言い合う。
社交場で「初めまして」の時は挨拶をするのが礼儀というもので、身分の低いものから先に、というのもまたルールである。
が、いつまで経ってもシェリーはヴェローナに挨拶はせず、ヴェローナの方から挨拶をさせ、尚且つ上から目線な態度に、周囲はゴミを見るような目でシェリーを見た。
「わたくしは貴方様を虐めた覚えはありませんわ」
「嘘です!私を扇で殴ったり、池に突き飛ばしたり、教科書を破いたりしていました!本当です王様!信じてください!」
「まぁ………わたくしがやったという証拠はございまして……?酷いわ……」
さぁ、存分に断罪されるのよ。
そしてみっともなく足掻くの。
わくわくと胸を踊らせるヴェローナは、口元に手をやり、しおらしく目を伏せる。その仕草に誰もがほうっと溜息を零した。
「あります!マルクス君もセドリック君もフェルメル君も、私の味方をしてくれました!」
その発言にしんと皆が口を噤み、疑心暗鬼な目をそれぞれに向ける。ある者は宰相の息子のマルクスに、ある者は騎士団長の子息セドリックに、ある者は第1王子でありヴェローナの婚約者であるフェルメルに。
「陛下、発言宜しいでしょうか」
「うむ」
フェルメルは薄らと笑みを浮かべながら前に出て、ヴェローナの隣に並び、ぐいっと腰を引いた。ヴェローナは「は?」と目を丸くしてフェルメルを見る。
「シェリー嬢、私は君が虐めを受けているところを見た事もありませんし、味方をした覚えもありませんよ?嘘を吐くのはやめてください」
「そ、そんな!!マルクス君とセドリック君!」
「どうなんだ、マルクス、セドリック」
「はっ。私も彼女に賛同してはおりませんし、ヴェローナ嬢が虐める所も目撃した事はありません」
「え……?」
「私も同じく」
「え、ちょっ………マルクス君達!!!どういう事よ?!」
シェリーは憤慨しながら文句を口にして地団駄を踏んだ。
ヴェローナは動揺を隠すのみで精一杯だった。こんな展開は想定外だったのだ。扇で顔を叩いたのも、池に落としたのも、教科書をダメにしたのも、全てヴェローナ自身がやった事だった。
どれも国外追放レベルの虐めに留めたから、目撃されてもなんの問題もなかったが、一応余計な目撃者を減らすために人通りの少ない校舎裏で行っていた。だから目撃者は少なからずいるのだ。
マルクスもセドリックもフェルメルも目撃者の1人であった。
だが、今はどうか。
誰もがシェリーを睨んでいる。
動揺を落ち着かせたヴェローナは、渦中に飛び入りたいという思いを段々に膨らませていた。そして哀愁を帯びた艶やかな笑みで、国王の前に出ると、ドレスをふわりと浮き上がらせながら膝を折った。
「国王陛下、王妃陛下。この度のこの騒ぎは紛れもなくわたくしの不注意でございます。申し訳ございません」
「いいやヴェローナ嬢」
「そうよ?ヴェローナちゃん」
「いえ……わたくしはこの騒ぎの責任を持ってフェルメル殿下の婚約者を辞退させて頂きたく存じます……本当に申し訳ございませんでした」
ヴェローナは、悪役路線は失敗したと見切りをつけて、逆手にとり悲劇の「ひろいん」路線に踏み切った。ほろりと綺麗な涙を流し震える彼女は、シェリーとは大違いだ。
国王も王妃も困惑し、互いに顔を見合わせる。
「ローナ」
ヴェローナを抱き寄せ、低く耳元で囁いたのは、いつになく真剣な表情のフェルメルだった。そして周りに聴こえるような音量で言葉を紡ぐ。
「シェリー嬢。君はありもしない罪を私の婚約者に被せ、ここまでに彼女を追い詰めた。それに、君には私を敬称なしで呼ぶ事を許してはいない。不敬だ」
「何を言ってるの……?フェルメル君……」
「聞こえなかったか?不敬だ」
「………ぐっ……マルクス君……」
助けをこう様に上目遣いでマルクスを見、そして腕に縋るシェリー。マルクスは、そんなシェリーの手を乱雑に払い、冷めた目で見下ろした。
「いつ私を『君』付けで呼んでいいと言ったんだ?」
「え………じゃ、じゃあ……セドリッ「許可してないよ?」……っ!」
シェリーは3人ともに拒絶され、周りから蔑むような目に晒され、ヴェローナをギロリと見る。
「陛下、ローナはショックで混乱しているようなので、下がらせて頂いても宜しいでしょうか」
「あぁ。しっかり頼むぞ」
「ヴェローナちゃん、大丈夫。任せてね?」
「シェリー嬢の処分はお任せ致します」
それじゃあ行こうかローナ、と、ヴェローナを横抱きにし颯爽と真ん中を歩くフェルメル。貴族達はササッと道を譲り、令嬢らは頬を染めて2人を見ていた。
ヴェローナは断罪される事を達成出来なかった悔しさと、それでも刺激的な展開を築けた事への満足感とが入り交じり、なんとも言えない感情が渦めいていた。
どうしてこうなったのか、理解出来ない部分も多くあり、ヴェローナ自身今の展開が実に意味不明なのだ。
王族専用の休憩室に降ろされたヴェローナはフェルメルを見る。その瞳には戸惑いが僅かに浮かんでおり、フェルメルはニンマリと口元を引き上げる。
「ねぇローナ。大変だったんだよ、私は」
「………?」
「君があの子を一生懸命構ってるから、その証拠を消すのが物凄く大変だったんだ」
「………っ?!?!?!」
ジリジリと近づくフェルメルに怖くなったヴェローナは壁際に逃げる。が、直ぐにフェルメルに追いつかれ、腕と腕の間に閉じ込められた。
「どう……して……?」
目を白黒させているヴェローナの耳に唇をピタリと寄せて、フェルメルは囁く。
「―――――――――――――」
ヴェローナはその刹那に意識を一気に飛ばした。その身体を抱き込んだフェルメルの笑顔は、ヴェローナが毎回人生を始める時に見た彼のものによく似ていた。
『私からは離れられない。だから絶対に悪役になりたいとか言っちゃ駄目だからね?絶対に私からは逆らえないんだから……。ね?♡私の愛しい人』
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