僕の借金ライフ

浅木草太

七年前①



 僕は今借金まみれだ。

 どのくらいあるのか。何社あるのか。冷静に数えてみれば分かることなのだけど、考えたくない。思考が完全に逃げに陥っている。

 僕は、自分自身に怯えている。自分が何者で、何がどうしてどうなった。この困窮の原因は一体なんなのか。


「しにたい」


 部屋の中一人、小さくそうこぼす。言葉は発せられて、すぐに消える。呼吸は浅くなり、歯が当たる音がする。そんなに寒くもないのに、全身が震えてしまっているのだ。

 思い出してみよう、どうしてこんなことになったのか。

 幸いと言っていいのか、今日は土曜日。月曜日まであと四十時間ほど。時間だけはたくさんある。

 過去を省みることで、今後の対策とか、色々と見えてくるはず。実際はもう手遅れかもしれないけれど、手遅れなりに対処できることもあるかもしれない。いや、きっとある。いや、きっとじゃなくて、必ず。

 時間は連続している。今の自分は過去の自分の結晶だ。



 七年前の四月。

 当時の僕は、某医療法人の事務員として採用されたばかりの、右も左も分からない新人だった。

 浮ついた気分で受けていた新人研修が終わっても、しばらくは自分のこれから担当する仕事に関係する規程文書を熟読するよう命じられただけで、いつ実務が始まるんだろう、と気がはやっていた頃だった。


「浅木君、旅費の計算よろしくね!」


 僕の上司にあたる立花係長から、突然そう言われて、出張届を渡された。旅費というのは、職員が業務上の理由で遠方に出張した時に支給する費用、というのは分かっていた。だけど、計算なんてしたことがない。これが、初めての仕事だった。


「人になんでも訊けるのは一年目だけだからね! 分からないことがあったら訊きなよ!」


 そう言われても……って感じだった。

 この職場で旅費計算を担当していた前任者は、僕と入れ替わるように退職していた。立花係長にしても、この四月に転勤してきたばかりで、ド新人の僕の目から見ても明らかに忙しそうにしてるのが伝わってきた。電話もひっきりなしに鳴っていたし、僕の仕事のことなんて訊きにくいなぁ、と思っていた。

 自分である程度はなんとかしないと--まずは手を出してみよう、と思った。幸いにして、過去の旅費計算のデータは手元にあったし、今回の出張の行き先も過去に実績のある場所だったので、データの流用でなんとかなりそうだった。

 データを作成して印刷し、立花係長に見て頂いた。


「うん、いいんじゃない、これで。あとは決裁回して」

「ケッサイ?」

「あぁ、ハンコをもらうことだよ。そこに置いていて。後で俺が回しとくから」


 どうやら、とりあえずはこれで良いらしい。

 聞く言葉聞く言葉が未知だ、と思った。決裁なんて言葉、生きていてこれまで知る機会がなかった。きっと、これからもこんなことがたくさん起きるんだろうな……


 この時点では、まだ、僕に借金はなかった。

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