ミスティルテイン

「ヤドリギさん、俺の家にも来たよ。頭下げて今までの事を謝って、ソーマの助けになってやってくれって、お願いしてった……。まさかあの人もソーマだったなんて、後でお前から聞いてマジで驚いたぜ」


 霧島が懐かしそうに目を細めて呟いた。

 頼もしい部員達は各々ビラを持って、もう勧誘に向かっていた。


「……僕も、ヤドリギを救うきっかけの一つが霧島だったって聞いて、驚いたよ」


「ははは、不思議なもんだよな。俺はそんな事した覚えもないのに、その行動が今の俺達やこの部活の、一つの礎になってるなんてな」


「そうだな……」


 タイムパラドックスという言葉がある。過去に行って何かの行動をした時に、それが未来に及ぼす影響によって発生する矛盾等を指す。

 例えば、過去に行き自分を産む前の親を殺した場合、自分の存在は消滅するのか、自分は存在しながらも親が殺された時間軸が元の世界とは別に分岐するのか――といった感じだ。


 ヤドリギの行動で無限ループが断ち切られた事によって、未来の神や絶望の世界から来た老人は、この時間軸の未来から消滅したのか、それとも別の並行世界で今も世界の管理を続けているのかは分からない。

 どちらにせよ、この世界の未来がどうなるのかなんて、誰にも知り得ない。それは僕達の行動によって、絶望にも希望にも、どんな方向にも変化する曖昧で未確定なものだからだ。


「人類を統治する神でも、それを貫く刃でもない。お前はただの、一人の人間だ」


 ヤドリギは僕にこう言った。ただの一人の人間に、未来が分かる訳も、世界を救える訳もない。でも、ただの一人の人間だからこそ、隣の人間と手を取って、信頼して協力して、その繋いだ手が作る輪を、少しずつでも世界中に広げていくことだって出来る。


「さて、想い出に浸ってちょっとサボっちまったな。俺らも行こうぜ?」


「ああ、行こう」


 僕達はそれぞれビラを持って、部室を出た。学内での顔が広い霧島は、友人や知り合いの生徒を勧誘してくるらしい。僕は学校を出て、人通りの多い街中でビラを配る事にした。



 ヤドリギは、僕にその全ての知識と技術を継承した後、姿を見せなくなった。未来が変わった事で存在が消滅したのか、今もどこかで未来からの刺客と戦っているのか、僕にはやはり分からない。

 それでも、彼が残したものは、絶望を乗り越え見つけ出した答えは、大切なものを守ろうとする意思は、僕の中に確かに息づいている。僕が宝物にしているあのボロボロのノートの中にもだ。


「世界から犯罪や戦争を根絶するための活動を行っています! ご協力お願いします!」


 『困難を克服する』という花言葉を持った、ヤドリギの小さな花のマークが入ったビラを配りながら、通りを歩く人に呼び掛けた。校外での呼び掛けは今までも何度かしていたが、大抵は無視されるか、ビラを受け取ってもすぐに捨てられることが大半だった。それでも、たまに真剣に読んでくれたり、話を聞いてくれる人もいる。僕達のWebサイトへのアクセスも、少しずつ増えてきている。


 その歩幅は僅かでしかなくても、その速度は緩やかでも、それでも僕たちは前に進み続けている。


「世界平和のための活動? すごいねぇ。ちょっと見せてよ」


 一人の小柄な女性が近寄り、ビラを受け取ってくれた。


「あ、ここの学校! 私、次の春からここに赴任するんだよ!」


 女性は嬉しそうに笑って言った。


「そうなんですか。じゃあ僕たちの教師になるかもしれないんですね」


「そうだねぇ、奇遇だね……。うー、高校の時のお腹の怪我がなければもう一年早く入る予定だったのになぁ」


「え……?」


 女性は笑顔で話しているのに、何故か涙を零していた。


「まったく、俺が守るって言っておきながら、こんな所で何油売ってるのかと思ったのに、世界を守ってるなんて言われたら怒るに怒れないじゃん」


「もしかして……あなたは……」


 僕には使命がある。それは、誰かから押し付けられたものでもなく、意味を理解しないまま嫌々やっているのでもなく――


 過去二万回の僕から託され、誇りを持って受け継いだ、何よりも大切な約束だ。


「うん。ひさしぶりだね、上凪、総真くん……」


 優しく笑った女性の頬に流れる涙が、太陽の光に照らされてクリスタルのように煌めいた。


「ああ……ひさしぶり……内川、有希……」


 ヤドリギから渡されたボロボロのノートの一ページ目には、怨恨の言葉を打ち消すような大きな×印と、その上から力強い文字でこう書かれていた。



   内川と世界を守る!



 それが、僕の使命。僕が僕と交わした約束。僕の、生きる意味だ。

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Mistilteinn 青海野 灰 @blueseafield

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